69 聖ブラームスの日
「プロイス殿。行商人どもを外に野営をさせて大丈夫なのですか?」
シマール司祭が弱々しい声でプロイスに声を掛けた。
「なに、あと2・3日もすれば伯爵も根負けして通しますよ」
「バルトロ司教の言葉とはいえ、伯爵相手に強硬策に出るなんてこと、エカテリナ教皇は存じているんでしょうな」
「そのはずですがね。私は司祭に伝えることをたのまれただけなんで。上からの命令なんですから従うしかないのでは?」
「それはそうだが……。銀にせよ塩にせよ、そんなに集めてどうするというのか? 私にはさっぱり理解できない」
「さあ?……。私にもさっぱりですな」
プロイスの表情はその言葉とは裏腹に微妙にニヤついたものとなっていた。
そのとき二人が話していた部屋に聖職者らしからぬ者が入ってきてプロイスに耳打ちをした。
話を聞き終わるとプロイスはシマール司祭に向かいなおす。
「今夜何者かが伯爵の館に10名ほど招き入れられたみたいですな。冒険者風の者達のようですな」
「冒険者風とな? まさか商人達を追い払ったりはしないでしょうな?」
「なにをいっているんですか。それこそ好都合ではないですか。“神への奉仕を妨害するだけでなく、まっとうに生きている民達を追い払うとは!”といって糾弾すればいいじゃないですか」
「むむ、それはそうだが、伯爵との対立が大きくなるのではないか? 目的は銀製品と塩の通過であろう?」
「ええ、、そうですよ。でもこのままじゃ大切なお役目も果たせなくなるのではないでしょうか」
「それはそうなのだが……」
なかなか煮え切らないシマール司祭に業を煮やしたのか、プロイスも苛立ってきた。
ここは外で待っている行商人達でも煽って騒ぎを大きくするかと動こうとしたとき、一人の僧侶が部屋に入ってきて来客を告げた。
シマール司祭は、これ幸いとばかりに相手の名も聞かずに会うことを告げた。
プロイスは“まだ話は終わっていない”とばかりに引き留めるが、シマール司祭はそそくさと行ってしまった。
もはやプロイスは先ほどの策を決行するほかはないと判断し、出ていくことにした。
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「さて、今日はどのようなお話ですかな。ザラタン司祭」
シマール司祭のほうは先ほどの難しい話題から逃れられたこともあり、表情は安堵に満ちた表情だ。
対面したその相手が本教区所属とはいえ、同じ同僚ということであればなおさらだ。
まあ、その両脇には冒険者風のいかつい男や商人風の娘もいたが、今のシマール司祭にとってはどうでもよいことだ。
「はあ、先日妙な噂を聞いたもので伺ったのですが、この教区とプロイスという商人がなにやら銀や塩の専売品を大量に持ち込もうとしていると聞きましたもので、その真贋を確かめに……」
本来ならばザラタン司祭も表立って動くことは避けたい。
ただこの中でシマール司祭が話しやすいといえば、同僚であるザラタンだろうということになった。
そのため、あまり乗り気ではないので声に力はない。
「バルトロ司教から“レン・シャファル向けの商隊の通過を速やかにするように”というの指示で伯爵様にお願いをしているだけですよ。荷の中に銀製の物や塩などがあるために話し合いが難航していると聞いていますが」
「“難航”とは……、なかなかお上手ですね。伯爵の言葉でははっきりと断ったと言ってましたよ。それに市場が不安定になるから予め決められた者のみが、持ち込めるともおっしゃってましたよ。それでも“難航”ということになるのですかな。シマール司祭?」
「いや、しかしそもそも銀や塩などは我々の管理下において市場に流れるということはないでしょう。“聖ブラームス”の日に祭典を開くための準備と聞いておりますが?」
「ふむ、“聖ブラームス”の祭典か」
シマール司祭の言葉を聞いて意外と納得してしまうザラタン司祭だった。
理由は確かに話を聞いた記憶はあったからだ。
だがザラタン自身は本教区付きなので、あまり関心がなく、本教区のほうでも一地方教区の祭典ぐらいにしか思っていないための温度差だった。
同席していたケイバンやミリス、ミーアも理解はしているようだった。
サモンだけが我関せずな顔をしていた。
聖ブラームスはオブトレファー西方教会が広がりだした頃の聖人の名前である。
飢饉があった時期にブラームスが3人の子ども達に銀杯を持たせて、聖王国の西側、今のレン・シャファル以西を巡り歩き、雨を降らせて飢饉を脱したという言い伝えがあった。
このことによりそれ以降、レン・シャファル以西におけるオブトレファー西方教会の権威は高まった。
それに加えてこの時の3人の子どもが、その後それぞれが大司教にまで上り詰めたことからブラームスの亡くなった日を“聖ブラームスの日”と称して祭典をおこなったそうだ。
長い間戦争などのため途切れてはいたが、今回復活させるらしい。
「はい、そのために大量の銀が必要になるようです」
「だが、塩は何に使うのだ?」
「大きな催しものですから食事などにも使うでしょうし、儀式などにも使われるのでは?」
確かに銀と塩は聖職者にとっては欠かせないものだ。
だがそこまで必要かという懸念もザラタン司祭には浮かぶ。
今のところ何ら確証もないので、あまり追及はできなかった。
「はあ、確かにそうですね。一応事情は分かりました。ですがこれは教会側の理屈ですからね。伯爵は聖王の部下でもあるので、迂闊に事を構えることは自重したほうがよろしいと思いますよ」
「ええ、わかっていますとも。聖人の祭典のために諍いを起こすなど本末転倒ですので」
ザラタン司祭はシマール司祭の言葉を聞いて、これまでの経緯も踏まえもう一度自分からダルマシオ伯爵に助言をすることに決めた。
そのままザラタン司祭は席を立ち、自分のほうでもダルマシオ伯爵に掛け合うことを告げて部屋を後にした。
もちろんサモン達も一緒に。
サモン達は教会を出てニケやモデナ達と合流した。
ソルは朝からおらず、またもやどこ吹く風だったのでここにはいない。
「やあ、待たせたね」
モデナ達に待たせたことをサモンは詫びた。
「主殿、裏から聖職者ではない者が出ていったみたいですよ、マリーゼから報告が」
モデナ達シスレィはニケとともに教会付近の探索についていた。
プロイスの動きはニケからも連絡がきており、その後の足取りも追跡中だ。
「ああ、知っている。来る前からいたからね。俺達と入れ替わりみたいだったね。どんな感じだった?」
「聖職者でも商人でもないですね。あの雰囲気は……、恐らく冒険者でいえばそれなりの手練れかと感じましたね」
モデナの変わりにマリーゼが応えた。
サモンやニケにはそういうことまでは知り得ない。
そういった部分ではやはり頼りになる。
「ほっときますか?」
なぜか目を輝かせてモデナはサモンに問う。
「いや、西の城門に向かっているから、トラブルでも起こす気かもしれないね。モデナ一苦労だけど揉めそうなら割って入ってほしいけれど頼めるかな?おそらくソルも行っているから大丈夫だと思うけれど。商隊の人数が多いから、抑えるなら君たちのほうが適任だろ?」
モデナの言うように放置でもよかったが、向かった先が外にたむろしている行商人達の所だ。
それは安易に推測できる行動でしかない。
ならば騒ぎになる前に止めるほかはない。
妙に目が輝いていたのは気になったサモンだが、どうせ運動不足なのだろうと気にはしなかった。
「はい、わかりました。ではお先に」
そう言い残してモデナ達シスレィは踵を返し、走っていった。
「相変わらず素早いな。それにやけに機嫌がいいな」
サモンがケイバンに問いかけると肩をバンバンと叩かれ、“たまにはそういう日もあるのさ”と言われた。
サモンはなぜか見下されたような気もしたが、気持ちを切り替えてダルマシオ伯爵の館へと歩を進めた。




