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68 伯爵邸に推参

“エアワゴン”は“リ・ニーザ川”を滑るように疾走する。

空は薄っすらと明るさは残っているが、すでに辺りは暗くなりかけていた。

そんな視界が悪い中でもニケのコントロールする“エアワゴン”は危なげなくコントロールされていた。


船の中では一応これまでの経過をミーア、サモン間で情報交換を行っており、ダルマシオ伯爵への対応を取り決めていた。

同行しているザラタン司祭はこれまで体験したことのない速度で流れる光景に目を回したようで当初は船の隅でうずくまっていた。

しかし周りが暗くなり見えなくなった頃には体調も戻り、皆の話に聞き入っていた。


「お、元気になったようだね」


それに気づいてサモンが声を掛けた。


「はい、ご心配をおかけしてすいませんでした」


「いや、心配はしてはいないけど、そこらへんに吐かないでね」


「え!?」


「うそうそ。本当に吐かないだけでも大したものだよ。乗り物が苦手な体質なんだね」


「はあ、確かにそうかもしれませんね……」


「ところでカルス・レークの教区の司教か司祭に知り合いはいるの?」


「いえ、特に親しい者はいなかったと思います。ただ、大概の司教クラスなら名前は把握していますので、何かしらのお力にはなれるとは思います。カルス・レークの教区の司教は確かトーレ・アニア司教という方だったと思います」


もちろん力仕事などではなく、情報という意味でだ。


「そうか。で、そのトーレ・アニア司教について何か知っていることは?」


「そうですね、セテファン派閥の司教ですが、特にこれといって経歴はないと思いましたが、以前シー・ガル教区のほうで司祭をしていた時に、慈善事業の分野で成果を出したということぐらいでしょうか。その実績を買われてカルス・レーク教区の司教に就任したと記憶していますね。詳しい話は分かりませんが」


「いや、それだけでも大したものだよ。ということは新人の司教ということか。力を入れすぎて妙な奴に唆されたってところなのかな? ……まあ、言ってみればわかることか」


「ところで先ほどからの話……、所々聞きなれない言葉が聞こえたので内容は理解できていませんが、カルス・レーク領内の村に何かの生産拠点を作りたいのでダルマシオ伯爵の所に話に行くということでよろしいのですか?」


「まあ、そんなところだ。大事な時期なので伯爵にあまりちょっかいをかけてほしくないんだよね。だからそれもケリをつけるつもりさ。まとめてね」


サモンが言わんとしていることはザラタンにもよくわかる。

だが同じ教会の者と知って責めているわけでもないこともサモンの表情からも見て取れた。

それになぜカルス・レーク教区が塩と銀の流通量を増やそうとしているのかが気になった。


「わかりました。私も一応本部所属の身ですので、如何様にもお使い下さって結構です」


ザラタンも一応教会本部所属の司祭の身分である。

それなりに役職であることは間違いないので、その名を使えばある程度トーレ・アニア司教への牽制にはなると思い、そう願い出たのだ。

だが、相手はサモンであった。


「まあ、必要になったら力を借りるよ。でも、屁理屈をこねるようなら黙らせるまでさ」


カラカラと笑いながら平然と言ってのけるサモンにザラタンは唖然とした。

“なんで大事にせずに解決する方法があるのに……”と思いかけたそのとき、ザラタンは我に返る。


“鋼の大森林の主だった”


そう思い返すと、周りの者も同様にカラカラと笑っているのを見て、この場にいる者がすべて大森林主義とでもいうべき思考に染まっていることを改めてザラタンは感じた。


“エアワゴン”は道中速度を落とす区間もあったが、特に問題もなく時間は過ぎていき、1時間半ほど “リ・ニーザ川を下ったところでカルス・レーク付近に上陸できた。

一行は遠くに見える街明かりを頼りに用心しながら進む。


ニケのおかげで魔獣には合わずとも足元は暗いので慎重さは必要だ。

特にこのようなことに不慣れなミーアやパルもいるのでゆっくりと目指した。


やがて街の城門にたどり着きミーアが先頭に立って交渉する。

夜に訪れた一行を初め警備の者は問答無用で断り相手にもしてもらえなかったが、サモンの名前を口にしたとたん慌てて門が開かれた。

その後、詰め所でしばらく待たされたあと3台の馬車がやってきて城まで送ってくれた。


ダルマシオ伯爵の館に着くと伯爵本人が外に出ていて出迎えてくれた。

どうやら先触れが出ていたようだ。


「こんなに早いお越しとは予期していませんでしたが、あらかじめ警固番に知らせておいて幸いでした」


真っ先に顔を知っているミーアに近寄り挨拶をした。


「こんな夜分に申し訳ございません伯爵。こちらがサモン様です」


ミーアは腰を折り、挨拶と同時にサモンを紹介した。

ダルマシオ伯爵は、特別な風格を纏っているわけでもないそこらの冒険者と変わらぬ姿の男が紹介され一瞬間が空いた。


「どうも、悪いね伯爵。こんな夜分に。伯爵の相談事を王子から聞いたんで急遽こちらへ伺った次第だ。ミーアは責めないでやってくれ」


「そのようなことまでお知りになるとは……」


「いや、偶然にもこちらの知人が、伯爵の送り出した騎士に頼まれて王子まで手紙を届けたっていう縁もあってね。まあ、そちらの騎士は残念だったみたいだけどね」


手紙を託した騎士の最後を聞き、やや肩を落とす。

一抹の懸念はあったがダルマシオ伯爵は、戻らぬことを聞き予想はしていたがそこまでするとは思ってもいなかった。


「なんと……、やはり手を打たれていたか。戻らぬのを心配はしていたのですが……。それにしても何たる奇縁。サモン様にまで伝わるとは」


「サモンでいいよ。話しにくいから」


「はあ、左様ですか。……ではサモン殿、とりあえず中へご案内しましょう」



すでに夕食の時間帯ではあったが、ダルマシオ伯爵は嫌な顔一つせず、サモン達は少し広めの部屋に通された。


「まずは夜分に訪れたことを先に詫びておこうと思う」


先にサモンが非常識な訪問に対する詫びを告げた。

ケイバンなどその他の者は、名前だけ告げて簡単に会釈をした。


「いえいえ、頭をお上げいただきたい。鋼の大森林の主殿でよかったですかな? 今、軽い食事なども用意させますので、少々お待ちいただきたい」


執事に呼び、軽食の用意を言いつける。


「ああ、押し掛けておいてこれはすまない」


「いえ、お気遣いは無用。……ならば急にサモン殿がこちらに参ったわけはシュナイト殿下に送った手紙が理由ですかな?」


「それは半分くらいだね。あとの半分はこちらの都合とでも言えばいいかな」


「と、いうと“ニヨンの村”の件ですかな?」

サモンが直接動くとなるとそれしかない。


「そうなるね。ニヨン村に生産拠点を気づけなければこちらの予定が狂うことになってしまう。そこで生産される予定の商品を楽しみにしている者もいるしね」


生産拠点の設立にはダルマシオ伯爵の許可がいることはもちろん、その協力も必要なのだ。

その伯爵がトラブルに巻き込まれそうなのであれば、予定に支障が出るのは避けたいのでサモンとしても黙ってはいられない。


「なるほど、利害の一致と?」


「ああ、その通りさ。それにうちの者もすでに関りを持ってしまったようなのでね」


サモンは、やおら離れた席についていたソルに視線を移す。

そのソルが口を開く。


「ああ、俺がそちらの騎士を看取って第一皇子に届けた。俺が着いたときにはすでにやられた後だった。敵も取れずに申し訳ない」


ソルは本当に悔しそうに俯いて詫びを入れた。


「まあ、そういうわけでこちらとしても早急に会って、話を進めておこうと思ってね。迷惑になるのも承知で来たんだ」


「しかし、式典は今日までだったと思ったのだが、一体どうやって? 転移の禁術でも使われたのか?」


「まあ、そのようなものかな。ところでその後は教会の動きはどうなんだい?」


説明しても長くなるだろうし話がそれてしまうので、サモンは早速本題に入った。


「ええ、あれ以来プロイスの姿は見ていないが、ロレンティア方面からの商隊が多くなってきているようだ。このままでは街の外で検問のために商隊が溢れることになる」


ここ数日商隊の数が増え城門の検問所では騒ぎが増えている。

やたら荷物を積んだ商隊が増えて銀製品や塩を持ち込もうとしていた。

しかし、今は持ち込む量には制限がかけられ事前に許可がなければ入れない状態だ。

ただ、だからといって城壁の周りにたむろされても困る。

実害があるわけではないが、まるでコンビニの前でたむろする者達のように無言の威圧がある。


「教会からの圧力とでも?」


「いや、そうはっきりとは……。本音を漏らせばそうなのだろう。ただ証拠もなしに教会を非難するわけにもゆかぬのでな」


そう言ってダルマシオ伯爵は苛立つ心を抑えようとしているのか、唇を噛み締めた。


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