66 旅のお供の追加
「さて、今日は無事に落成式も終え、残すところ明日の式典のみとなった。サモンや他の者達とも胸襟を開いて話すこともできた。おかげで実りの多い時間を過ごせたことをありがたく思う。これはささやかな礼だ。存分に味わってくれ」
そういってシュナイトは杯を掲げ、皆もそれに追随した。
ここは先ほどの会議室とは別の大会議場。
シュナイトが会議後に食事を運ばせ、皆を持て成そうと用意をしたらしい。
警護役であるボイゲン聖騎士団長達以外は席についていた。
テーブルの上には所狭しと料理が置かれ、この世界の料理が全部出てきたのではないかというくらいの種類だった。
多くは肉料理だが、サラダや揚げ物(素揚げのようなもの)もあるし煮込み料理もあった。
まあ、元々この世界の料理をこれほどの種類を見たことがなく、意外と多い種類に土地が変われば食べ物も違うのだなとサモンは感心した。
皆、初めは酒などの飲み物でのどを潤し、徐々に目の前の大皿から取り皿に移して味わいだしていく。
サモンも皆をまねて取り皿から肉を口に運ぼうとするとシュナイトが声を掛けてきた。
「サモンよ、今日までありがとう。今言わねば今度いつまた言える機会があるかわからんのでな。礼を言わせてもらう」
「ああ、別に気にすることはないよ。こちらの事情もあったし、したくてしたんだから。そっちこそ長い間ここに居座っていてよかったのか? 王子といえば王都にいるもんだろうに」
「はは、確かにそういうものだろうな。でも無理やりにでも外に出たおかげで君だけではなく街の皆にも出会えた。城に籠るよりよほど有意義さ」
「まあ、そう思えたなら良い決断だってことかな。俺も5年間籠ってたしね」
「そういえばそうだな。何をしてたんだい?」
「なあに、この大陸のことを調べてたんだよ。何かを始めるためにはここに何があって、何が使えるのかを知らないとどうしたらいいかわからないからね。だから調べるのに5年かかったんだ」
「調べるのに5年か、随分時間をかけたなあ。……いや、この大陸のことを隅々までなら早いくらいか。すごいな。……それで何をするのか決めたのかい?」
「ああ、初めはこの大陸をまっさらにしようとも思ったけど……」
サモンの場違いで物騒な言葉を聞いていた近くにいた協議会のイオなどは吹き出し、ボイゲン聖騎士団長は顔を緊張させた。
シュナイトだけは本気にしておらず、平然と聞き流している。
二つの国に競技場まで建てていることを踏まえ、これまでのサモンの言動を考えれば、あり得ない話だとシュナイトは判断している。
「国家間の戦争をできなくすることにした」
途中をサモンは省いたが、最終的な目標としてはそういうことだ。
「戦争をできなくするとは……まあ、今もサモン達が大森林に居座っているかぎりはあそこでは争いにならないな」
「そうだね、アレクサ・シャニッサ間ではね。だけれど、やろうと思えば他のルートでもできるんだろ?」
「ああ、そう通りだ。ただそれでは戦略的旨味が少ないし、端と端だからなあ。戦力を集中できないし兵站が持たぬだろうよ」
過去に西北のロレンティア付近や、南のバーナボーン付近でも先端が開かれたことはあった。
実際に戦闘は起こったが、兵站が伸びることや戦略的な理由で大規模戦闘には至っていなかった。
「そうだろうね。だからうちがあそこに居座っていてもいいけれど、100年先はわからないからね」
「お、意外だな。不死化と思っていたが」
「おいおい、いくら何でも俺だってそこらのオッサンと変わらない人種なんだぜ。人を何だと思っているんだよ」
「魔人とは言わないが、それに近い者だと思ってたよ」
「まあ、ニケはわからんがね」
サモンは指し示し、シュナイトが横目でニケを見た。
ニケは表情がないためその思考を読むことはできないが、この忠実な姿に、主人が死ねば生き返らせるくらいのことはするかもしれないなとシュナイトは思う。
「ふむ、そうか。ならばそのために外に出てきたのだな。それなら私と同じだ。私もこの世を知るために外に出てきた。何をすべきかを知るために」
「そうか、何か見つかったかい?」
「まあ、まだはっきりとはな……。だが城に籠っているだけでは何かを変えることはできないことはわかった。それに大森林が敵でもないこともな。いやそれ以上に友になり得る者であることがな」
「ああ、それだけ得たものがあればここへ来た甲斐があったというものだろ?」
「ああ、まったくだ」
そこには屈託ないシュナイトの笑顔があった。
王子として生まれ、王族としての規律に縛られて日々を過ごしてきた男が、この辺境ともいえる街で飾る必要のない男に出会えたのだ。
その男はその気になればこの大陸ごと吹き飛ばしかねない力を持つが、自分は普通の人種だなどと本気で言う。
これには笑わずにはいられなかった。
「だけれど気をつけておきなよ。外に出ればそれなりに危険だからね、昼間のこともあるし」
「ああ、わかってはいるよ。私の評判でも落としたかったのだろう。あわよくば命までもとね」
「わかっているならこれ以上は言わないが、俺としてもせっかくダルマシオ伯爵の件で断りを入れたのにそっちが死んだんじゃ面倒くさいだろ。せめて既成事実ができるまでは元気でいてもらわないとね」
「まったく、なんて男だ。せめて他に言い方はないのかね。ま、せいぜい長生きしてみるさ。それに次に聖都にも協会を開いてリーグを作るという目標もできたからな」
「なんか言うことが、引退したじいさんみたいだな。まあ、そうしてくれ」
「ところで明日はすぐに発つのかい?」
「ああ、なんでだ。一つ提案なんだが彼も連れていってあげてほしいそうなんだ」
そういってシュナイトが指示したのは、テーブルの一番端に座っていたザラタンだ。
「実は多少なりともダルマシオ伯爵の力にはなっておきたいのさ。丁度彼も聖王都に帰るだけのようだし、ついでに私の使者になってもらおうかと思ってね」
いつの間にそんな話を進めていたのかわからないが、サモンにとっては別に困ることはないので気軽に受け入れた。
「食事の心配はいらないけど、馬車がいっぱいなんでね。馬に乗れるならかまわないよ」
「なら、話は早い。おそらく大丈夫だろう。なら決まりだ」
シュナイトはそう言ってフィライピとザラタンに軽い仕草で合図を送った。
「それに向こうの司祭が絡んでくれば役に立つかもしれないな」
ニヤっと歯を見せ笑うシュナイトは“トラブルに巻き込まれろ”とでも言いたげな悪戯めいた表情に見えたのだった。




