63 王子のお願い 再び
「さて、みんな揃ったかな。……では、盛大な式典ご苦労であった。これで晴れてこの協会もスタートすることになった。今後とも皆よろしく頼む」
会議室に長い机が並べられ関係者12人が席に座り随員が壁際に並んでいた。
総勢20人ほどがいるわけだが、大会議室のためそれほど圧迫感はない。
「いや、正式にスタートするのは明日からだから」
「……うぉほん……、まあ、よいではないかサモン。ただの挨拶なんだから。それよりも君に紹介しておきたい者が来ている。そっちの3人だ。エイワード商会会頭のオベリアとオニキス商会会頭のフィップ、それとフローシュ商会レン・シャファル支店長のマージュだ。広告に協力をしてくれた者達だ」
長机の端に座っていた3名を指してシュナイトが紹介する。
彼らはエイワード商会を筆頭に広告へ参加してくれた者達だ。
そのあたりはミーアの力によるところもあるが、先行したアレクサの影響だろうとサモンは分析している。
エイワード商会会頭のオベリアはミーアの実父ということを聞いている。
あの感情の激しいミーアに似ても似つかない落ち着きっぷりと、寝ているんじゃないかというほどの細目はミーアの父親には思えない。
その隣に控えるオニキス商会会頭のフィップは細身でどこぞの貴族だといわれてもおかしくないほどの品のある風格だ。現代でいえば“銀行の頭取のような感じ“とサモンは思う。
フローシュ商会のマージュ支店長は谷間の空いたブラウスに皮のパンツという体型を強調した艶姿の女店長であった。
サモンは彼女を見たとき娼館”ブロムスター(花園)”のララを思い出す。
“ふん、今夜あたり再挑戦するかな”
などと思っているとニケからの通信で“精神的ダメージは必定と推測”とのメッセージ。
心身ともに安全を確保することがニケの使命であるための忠告であったが、そのメッセージにサモンはダメージを受け、ガックリとうなだれる。
その様子にフローシュ商会のマージュ支店長は自分が否定されたと思ったのか、少しきつい目になった。
それに気づいたまわりの者はそれぞれに感想を持つ。
“ふむ、マージュくらいでは落とせないのか”
“サモンの趣味はわからんな”
“サモン殿はひょっとして、ロ……?”
そんな皆の思いとは裏腹にシュナイトはマイペースだ。
「どうしたサモン、眠たいのか?」
「いや、大丈夫だ。それより各商会の協力には礼を言おう」
サモンは気を取り直して頭を下げた。
「ああ、私からも改めて礼を言おう。それでだが、サモン、こちらから一つ願いがあるのだがいいかな?」
「願いね。できることは協力するよ」
「ふむ、ありがたいことばだが、願いというのは例のソロバンの件だ。そこのオベリアから聞いたのだが、そちらで育てた子どもを将来エイワード商会のほうで引き取るという話になっていると聞いた。ソロバンというか計算に強い者を。それにこの前引き取っていった孤児達もいずれはこちらに戻し、こちらでも学校というか私塾というか、そういったものを画策していると聞いたが?」
「ああ、孤児達が人に教えられるくらいまで上達したら、こっちで学校を運営させるつもりだよ。まだ先だがね」
「ならば、それぞれの商会の者を数人で良いから大森林でソロバンを叩き込んでもらえないか?」
「う~ん、何人?」
サモンの問いに聞いて回れば合計で11人であることがわかった。
教室のほうはドーズ達と一緒にすれば何とかなるのは想像できたが、泊まり込む場所が不明であった。
「ケイバン、受け入れ可能かな?」
「教室のほうは何とかなるだろうが、寮が足りないな。宿で良ければ大丈夫だろ」
確かに寮のほうは子ども向けのため、余裕はない。
ただ各商会とも(いやエイワード商会は必要ではないのでオニキス商会とフローシュ商会になるが)普段大森林を訪れる際にも宿を利用していることもあるため、宿から通うことで話はついた。
「サモン願いばかりですまないが、ではそのように面倒をみてもらえればありがたい。それとこれは別の話なのだが、帝国では別に協会を立ち上げるという話を聞いたが?」
「ああ、その通りだよ。ただそれには理由があって向こうは帝都を中心とした範囲で望んでいるらしくてね。それだと対戦相手のチームの移動がしづらいってことで、別の協会というか“リーグ”としたんだ。そしてそれぞれのリーグの一番が、年に1回戦って帝国のトップを決めようってことになったんだ」
「ふむ、それではシャニッサに所属の“フォートピュート”やそのほかのチームはのけ者ってことかい?」
「まあ、そうなるね。帝国内限定だからね」
「むう、それでは“フォートピュート”達が哀れだな。であれば、聖王国としても黙っているわけにはいかないな。もちろんサモンも協力はしてもらえるのだろ?」
「ああ、そう言い出すと思っていたよ。そこまで言うってことはもう絵は描けているんだろうね」
「うむ、さすがはサモンだ。話が早くて助かる。こちらもシー・ガルを中心として“聖都リーグ”を発足させたい。チームの構成はまだわからないが、シー・ガルに競技場の建設を頼みたい」
「聖都ではなくてシー・ガルにかい?」
「ああ、本来なら聖都がいいのだが、それなりに安全で広い土地がなくてな。そこで割と聖都に近くて土地に余裕のある大きめの街といえばシー・ガルとなったわけだ」
聖都も比較的魔獣の出現が少ないが、少し行けば山や狩場があるため必ずしも安全ではない。
そのため海に近く平野も多いシー・ガルが選ばれたのだ。
「まあ、そちらがそれでいいというのであればかまわないけど、シュナイトの一存かい? 国の許可とかはいらないのか?」
「ああ、それなら心配ないすでに打診はした。父からの内諾は得ているよ」
「そうか、そこまで準備しているならかまわないよ。どうせ帝国も動くのは1年後だ。こちらもそのぐらいのスケジュールになるが、かまわないか?」
「ああ、それで結構」
すでにサモンのほうで予想はしていたので、シュナイトのやる気さえあれば断る理由はなかった。
ただそうなると靴やボールの増産がこれで必須となった。
そこでダルマシオ伯爵との取引の件をシュナイトが知っているか確認しておくこと必要があるが、すぐにミーアに聞けるわけでもなく、この場にいる父親がどこまで知っているかもわからない。
サモンは心を決め強引にでもシュナイトの内諾を得ることにした。
「たださあ、困ったことがあるんだよ」
サモンはわざと難しい顔をしてこぼす。
「ん? 何か問題でも?」
「ああ、チームや選手が増えるということは、道具が増えるってことなんだよ。そうなると今の体制だと厳しいかなあ」
「ん、一体何が足りないというのだ?」
そこでちょうどいいとばかりに皆の前でサモンは説明をする。
“フランの木”やその樹液のこと、それがボールの中や靴の底に使われてることなどだ。
そしてその“フランの木”がダマルシオ伯爵領のニ・ヨンの村にしかないことや、最近ダマルシオ伯爵と交渉して取引ができるようになったことまで説明した。
「でもその取引はここと帝国の分なので、“おそらく足りなくなるかなあ“ってことなんだよ」
「おいおい、それでは聖都の分がなくなるということか?」
「まあ、今のままでいけばね」
「聖王国の物なのに聖王国には使えぬとは何たる不条理。そこは何とかしてもらえないのかい?」
「まあ、単に取引量を多くすればいいだけだからね。ただダルマシオ伯爵がなんていうかだね。聖王国の分も合わせるとかなり大きな取引になるから、ダルマシオ伯爵も聖王国から睨まれたくないんじゃないかな」
つまりは他の者に茶々を入れさせないでくれという意思を示したのだ。
他の者が介入すれば材料の値段も不安定になるからだ。
「確かに鉱脈を発見したようなものだからな。国の者や他の貴族から嫉まれるやもしれんな」
「であれば、無用な誤解が生まれないよう事実確認をしたほうがいいんじゃないかい?」
「なるほど、いずれにせよ私の耳には届いたのだから“我”が検分せねばならないな。伯爵はどう思う?」
一応、シュナイトはサモンの意を汲み取ったように思える。
シュナイトが関係することによって他の力への牽制とし、介入を防ごうという意思を示したようだ。
続く伯爵も同様に理解を示した。
「はい、他の領地のことではありますが、“時間をかけて”しっかりと検分されることが望ましいかと考えます」
「ふむ、そうだな、確実に検分するには時間はかかるからな。“オーガス”、他にあるか?」
突如聞きなれない名前がシュナイトの口から吐き出された。
名前を呼ばれた者は席に座ったものではなく、背後に控えたボイゲン聖騎士団長の横にいる者だった。
「はい、先ほどの会話から“フランの木”の樹液というのは希少価値のある物のように思えます。ただそれを価値あるものに昇華するためには、鋼の大森林の技術力が必須と考えます。よって我が聖王国にとって樹液というものは自体は価値がなく、それ自体には国として税を求めることは不合理であると考えられます。ただしその希少性は“フランの木”自体にも認められ、“フランの木”の保護または管理を聖王国がする必要性は認められるかと思います。よってその保護または管理を領主であるダルマシオ伯爵に委ねることはなんら合理性を欠くものではないと推測します。といった答えでよろしいでしょうか?」
「うむ、十分じゃないか。どうだ、サモン、こいつが以前話した私に講釈を垂れた文官だよ。あのあとこっちに呼びつけたのさ。“庶民に教育をしている奴がいる“って教えたら文官やめて押し掛けてきたから俺自身で召し抱えた」
「なるほどね。じゃあ、オイゲン通りも君かい?」
「はい、“せめて税金を払えるくらいにはしてやれ“と言われたので、伯爵様にもお願いしてこの協会の清掃組合の範囲を街まで広げて雇用者を確保しました。それとそちらから賜りました印刷道具を利用して、教会や伯爵様にも資金をお出しいただいて勝負札の作成管理を行う印刷組合を立ち上げて雇用をしているところです。こちらのほうは将来熟練した職人が生まれれば新たな商売になるかもしれません」
「へえ、随分先を見据えてるんだなあ。いずれはどの商売にも必要なものになるよ。これはヒントだけどね」
「む、やはりそうですか。ぜひ、そ、その話をモガモガ……」
熱くなりすぎ身を乗り出してきたオーガスをシュナイトが手を上げ、ボイゲンが止めた。
正確には落としてしまったようだ。
オーガスは眠ったように静かになった。
「すまんな、また今度にしてくれ。こいつはそういう話をするときりがないのだ。まあ、こんな感じで“うざい”感じになる嫌いがあってね。そこを除けばかなり有能なんだ。そのおかげで街の中も以前より活気が出てきている気がするよ」
「そのようだな。この国で出会った者の中では初めてだな、提示した物の先を見据えた思考ができる者は。そのうち時間が出来たら相手をしようか」
「ああ、そうしてもらえると助かる。私相手では退屈なようだからな」
一旦話の区切りがついたところでオニキス商会のフィップ会頭が手を上げた。
「シュナイト殿下、先ほど商売に欠かせなくなる道具というのはなんのことでしょうか?」
まだ一般には知られていない道具であるため、フィップ会頭が知らぬのも無理はない。
「ああ、協会関係者以外は知る機会はないな。それは勝負札を大量に素早く作るための道具で“印刷”というのだそうだ」
「はぁ、それは大森林の主殿から託されたというものですな」
「ああ、そうだ。これまで聖王国にも本などはあったが、どれも人が手で書き写した物だ。そこで道具を使えば、まったく同じものがあっという間にできるということだ」
「ははぁ、なるほど。では写本が必要なくなるということになりますな。それも本が大量に出回るとなればその分価格も下げられるということですかな?」
印刷によって本の生産が安易にできることが、価格の低下となることに気づいたあたりはさすが商人というところだろう。
だがそこまでだ。
「まあ、それも一つの結果だけどね。でも何か忘れてないかい?」
「??」
フィップ会頭はそれ以外何があると言いたげな表情を作り、首を捻る。
元々この世界にない発想なので、焦らさずにヒントをサモンは示す。
「オーガス君が寝ているのは残念だけど、君達もすでに利用してもらっているよ。想定する物よりは大きいけど」
「利用している? 大きい? はっ、もしや広告のことを言っているのですか?」
「そうだよ。あの広告の利用価値はそのうち気づくと思うけど、さらにあれを本と同じぐらいの大きさにしたらどうだい?」
「いや、距離が遠ければみえないのでは?」
まあ、確かにそうである。
離れていては何が書いてるのか、文字が書いてあることさえわからないだろう。
「ああ、そうか。遠くから眺めるのではなくて、手に取って見てもらうんだよ」
「ん?……はあ、個人にアピールするということですかな?」
「まあ、しょうがないね、こちらでは馴染みがないからな。じゃあ、例えばフィップ、君のお店の自慢の商品を売りたいと思う場合どうする?」
「ええ、もちろんお客様に私どもの商品のポイントをご説明します。どこが良い点か、お客様に納得していただける値段で卸せるとかでしょうか? 要するにこちらを利用していただけるメリットをご紹介します」
「まあ、そうだよね。でもそれなら本の大きさの紙一つでも足りなくはないよね」
「!!」
「そう、手間が省けるよね。だけど本題はそこじゃないんだ。そうだね。じゃあ、例として他のお店よりも安いものがあるのに皆に知られていない場合ってあるよね。そういうときに説明や値段を書いてばらまいてしまえば、お客さんが集まると思わない?」
「か、紙をばらまくって……。確かに個人それぞれに向けてアピールできれば大きな効果は期待できますでしょう。だが、その紙自体のコストが大きいですよ。そんなことをすれば大きな赤字になってしまいます」
そうこの世界ではまだ紙は手漉きなのだ。
コストを考えればチラシという古典的な宣伝を思いつく者はいないのだろう。
紙はまだ割高な品物であった。
「もしその紙が安価になれば? 例えば銅貨1枚に対して本の大きさぐらいの紙で10枚とか?」
「「紙10枚が銅貨1枚ですと!」」
フィップ会頭はもとよりマージュ支店長まで声をあげて驚く。
それもそのはず、紙の値段は同じサイズで現在銅貨1枚となっている。
つまり現在の値段の10分の1になるわけだ。
「ま、もしもの話だけどね、今は。でもこれが現実になったらオーガスの言った将来は真実に近づくかもね」
サモンの言葉は広告業という業種を示唆しているのであって、まだ馴染みのない商売をいくらこの国でもトップの商人とはいえ、想像することはできないのだろう。
「まあ仮とはいえ、そのあたりはサモンが何とかしてくれるのだろう?」
「まあ、そのうちね。うちのほうでも必要なことだからね。うちで使う分は作れても大量となるとまた違うからね、材料から」
そう、小規模で使う分にはそこらへんで取った植物繊維で足りるが、大量となれば均一さが求められるため紙に適した限定された植物が大量に必要になる。
そのため、現在大量生産向けの植物の選定中であった。
そう急ぐことはないと考えていたので後回しにしていたのだ。
「もし可能になったらぜひこちらにも教えてもらえればありがたいな。その日を楽しみとしよう」
「ああ、可能な限りそうするよ。どのみちうちだけでは人手が足りないだろうからな」
「ふむ、感謝する。……ところでさきほどのダルマシオ伯爵の件だが、一つマージュ殿に確認したいことがあるのだが、いいかね?」
突然話を振られたフローシュ商会レン・シャファル支店長のマージュだったが、慌てるそぶりは見せずに返答をした。
「はい、何なりと殿下」
「そなたのフローシュ商会にプロイスという者の名に心当たりはあるまいか?」
それは返答に迷う質問であった。




