62 フィライピとザラタン
「しかし本当に来るとは思いませんでしたね。フィライピ司教」
「まあ、そんな風に言うものではないよ、ザラタン司祭。そういうあなたこそたまには司祭らしくしたほうが良いのではないかな?」
フィライピ司教は笑いながらザラタン司祭を諭す。
「はあ、これでも神の御心を広めることで忙しいのですよ」
「神の御心ですか。どこで、どなたに広めているのか。……まあ、聞きはしませんがね。あまり無茶をしてはいけませんよ」
フィライピ司教はザラタン司祭へと顔を向けることはせず、競技場のスタンドに用意された関係者席からフィールドのほうに顔を向けたまま話し続けた。
今は落成式の直前だ。
すでにスタンドや向かいの芝生の観客席は人でいっぱいであった。
「しかし、あなたがここへ来るということは何か愉快なことが?」
「いやあ、確信があるわけではないのでけど、顔見知りがこちらへ来ていると聞きましたので」
何気ない会話だが、2人の周りには他の者もいるため、差しさわりのない言葉を使って会話をしている。
まあそれ以上に騒がしいわけではあったが。
内容的には、“ザラタン司祭がここシャニッサの競技場まで出向くとは、教会か国の不穏な動きでも察知してきたのかい? “という問いに対して、”狙っていた対象者がこちらに来たという情報を掴んだので“ということだ。
そうこんな会話をしているということは、ザラタン司祭は教会の秘密警察のようなもの、スヤタルカ(聖なる手)に属しているのだ。
フィライピ司教はシャニッサ教区の司教であるが、ザラタン司祭の若き日における導き手という繋がりであった。
スヤタルカ(聖なる手)はエカテリーナ教皇直属の自浄組織。
つまり粛清実行部隊だ。
「まあ、こんな機会でもあることだしね。聖都も何やら賑やかなようだからどこぞの誰かの取り巻きが来るかもしれないと?」
「まあ、そんなとこです」
「そうですか。まあ、しっかりおやりなさい。ただひとつ老婆心ながら注意をしておきましょう」
いつもなら自分達の仕事に口を出さないフィライピ司教のはずがめずらしく苦言があるとの申し出に、ついフィライピ司教へと顔を向けてしまう。
「はは、何も驚くことではありませんよ。この街の要人の間ではあたりまえのことですから」
「一体何を……サ、サモン。主のことですか?」
「ええ、サモン殿には絶対に手を出してはいけませんよ」
いままさにフィールド内では落成式の始まりを告げる挨拶のために第1王子を含めたサッカー協会関係者が集まっていた。
その中にはもちろんニケを除いたサモン一行が混ざっていた。
それを目配せだけでフィライピ司教がザラタン司祭に促した。
「は、はあ。もとよりそのようなことは考えていませんが」
初めて見るサモンの姿はザラタン司祭には到底脅威になるようには見えない。
その周りにいる者達、シスレィやケイバン達のほうがよっぽど脅威に思えるザラタン司祭だったが、フィライピ司教がそんな心情を読んだかのように小さく笑った。
「あなたでもそのような反応ですか。まあ、かくいう私も初めはそうでしたけどね。ですが彼が5年前にかの地にやってきた災厄ですよ」
「まあ、それはわかっているつまりなんですが、実際この目で見ると疑いたくなるんですよ。例えこの競技場とかいう奴を作ったとしても」
「まあ、そうでしょうね。私も同様です。しかし、彼には目に見えない天使様が付いているのですよ。今は見えませんが、おそらく今もそばに付いているのでしょう。それも複数、……そんな方たちを相手にできますか?恐らくこちらが行動に移すそばから対処されるでしょう。意外とこの会話も聞いているかもしれませんよ」
フィライピ司教の根拠のない推測は大筋では当たっている。
だがその推論もまったく根拠がないわけではない。
競技場建設時の様子を第1王子のはからいで見学したとき、魔素の使用も感知することなく、白い魔人達が突然姿を現したりするところも目撃しているため、そのような推測にたどり着いたのだろう。
「はは、まさか。そんな神か精霊のようではありませんか」
「ふむ、いけませんね、ザラタン。仮にもあなたは司祭なのでしょう。神がこの世にあらわれないとでも? 神がこの世に顕現されて奇跡を起こされるからこそ、その導きを教え広める我らが疑ってどうするというのです?」
「彼が我らの神とでも?」
「まあ、そうではないと思いますが、意外と近い存在かもしれませんね」
ザラタン司祭はその何気ない言葉に凍り付いた。
自分の導き手だったころには、教会の邪魔になるものは即排除のリアリストだったように思えたフィライピ司教だったが、今はその彼が神を信じているようにも思えた。
「まあ、彼が神というのではありませんよ。単純に我々、……いや、この世界とは全くの異なった存在と、……言えばいいのでしょうかね。そんな風に感じただけですよ。だから我らは神の御心は知ることができないことと同じで、サモン殿は我らの理解で測ることはできない存在なのだということですよ。5年前の件といい、今回の件といい」
“5年前の件”というワードをフィライピ司教の口から漏れ出たことによりザラタン司祭は悟った。
フィライピ司教のこの変わりようは、荒野”アンファング“の戦を体験したのだと。
わずかに生き残った者達から伝え聞くにはこの世の物とは思えない殺戮だと聞いていた。
特に教会側が用意した勇者達が、瞬時に滅される様子を聞いたときにはこの世の終わりかと思えるほどの凄惨さだったという。
具体的には瞬時に強烈な光に溶ける者や細い光によって輪切りにされる者、突如体から鉄の杭が生えて串刺しにされる者など常人には直視できぬ光景だったという。
そして聖王国と教会はやっと認めたのだ。
触れてはならない存在があることを。
そこまでの犠牲を払ってやっと聖王国も帝国も戦う意思を捨てたのだ。
捨てざるを得ない存在を目の当たりにしたのだ。
それまで荒野”アンファング“の戦を大げさに風潮しているだけだと思っていたザラタン司祭は、やっと初めて信じることができた。
そしてやっとフィライピ司教の変わりようを納得できたのだった。
そんな話をしているといつの間にかフィールド中央で大きな声で挨拶が始まった。
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盛大な落成式も終わり、サモンが協会役員であり冒険者ギルドマスターのイオに声を掛けた。
「イオ、悪いんだが悪さをしようとした者が8名ほどいるんだが、どうする?」
式のはじめの頃、競技場から1kmほど離れた丘の上で、魔素を使用している者を感知したシスターズが魔法陣の使用開始を確認したため、その者達を打ち倒していた。
「おっ、おい、いつの間にそんなことを……」
「いや、警護が競技場の周りを固めているのは知っているが、さらにそれより遠方から魔法でもぶち込むつもりだったんじゃないか? 魔法陣の使用開始を確認してから抑えたんだが、こっちで処理するか? 一応生きて捉えたみたいだが、自害したようだが」
「こ、こらっ、そんな大事なことを、……いや、すまない、こちらが対処せねばならいことを。わかった、場所を教えてくれ。シャル伯爵に相談して引き取りに向かわせてもらう」
「ああ、わかった。場所はわかるよう狼煙でもあげとくよ」
「そうか。そうしてくれると助かるよ。では早速伯爵に伝えてこよう」
そう言い残すとイオはサモンのそばを離れた。
そんな様子を見て気になったのかシュナイト第1王子が寄って来る。
「どうした、何かトラブルか?」
「ああ、ちょっと不届き者がいてね。ちょっと懲らしめてやったよ」
「ふむ、それは手間をかけたな。一体何を?」
「さあ、目的まではわからないけど、大掛かりな魔法陣を組んでたようだね。だからこの競技場自体を狙ったのかもしれないよ」
サモン自身はシュナイトを狙っていたこと自体は確信していたが、シスターズの傍受した会話ログにはほとんど会話がなかったので、はっきりとはしていなかった。
「まったくこのような立派な建物を狙うなど、何が気に食わんのだ。大勢の領民は歓迎しているというのに」
「まあ、中にはひねくれた奴もいるってことさ。シュナイトも気をつけろよ」
サモンは軽く注意喚起をしてみるが、当の本人はどこ吹く風だ。
「ふむ、ご忠告は肝に銘じておこう。まあ、我が騎士団に抜かりはないがな」
“いや、足元しか見てないでしょ”とサモンは突っ込みを入れたくなるが、そこは黙っていることにした。
ここからは交渉の場が始まるのだろうとサモンは予感しながら、街の変化などを雑談しながら会議室へ向かって行った。




