59 シャニッサ出立前のひとコマ
丁度ミーアが“カルス・レーク”を発った頃、サモンはというとアレクサでの落成式や完成祝賀会を終え、大森林に戻ってきていた。次はシャニッサの競技所での落成式や完成祝賀会だ。
「これでひとまず区切りはついたな、サモン」
「ああ、ひとまずね。だけど次はシャニッサのほうだし、ここの大陸協会もあるからね。またあそこの王子が皇帝みたいに何か言ってこなければいいんだけれど」
大陸協会会長室でサモンはケイバンに愚痴をこぼしていた。
ケイバンには日常的にニケや他のシスターズ達を通して連絡しているため、カイエスの南リーグのことなどは伝えてある。
「しかし、カイエスはリーグが成立するほどチームができるのかね?」
「おそらくね。意外と帝国はまとまっているから皇帝が指示すればいけるんじゃないかな」
「確かにな。聖王国とは違って纏まり感はあるな。それにファイナ(綿花)の件や鉱石の件もあるから大きく経済が動き出す。そうなればアレクサの様子を知った貴族どもも便乗したがるかもしれんな。それによからぬ奴も寄って来るしな」
今のところ、帝国内でのビックプロジェクトはファイナや鉱石だが、新たに南リーグの設立が加わることによって大きく経済が動き出す。
そういった時期にアレクサのような広告や宣伝といった手法が売り上げアップにつながることが知れれば、南リーグの価値も上がり、これを利用しようと貴族たちも放ってはおかないだろう。
ただ選手層の形成には大森林でさえまだであるのだから、時間はかかるだろう。
こちらのリーグでも高額な収入が見込める冒険者はサッカーなどには見向きもしないが、せめてB級クラスの収入まで上がれば、命の心配がないサッカー選手の成り手も増えるだろうと予測している。
だからアレクサの落成式での賑わいは、サモンにとっては希望をもてるものだった。
「それにあの調子だと皇帝がチームを作るかもしれないよ」
「ははっ、可能性が高いな。ふむ、ひょっとするとこちらよりチームが増えるかもしれんぞ。貴族は見栄で食っているようなものだからな」
「まあ、それは別にいいよ。向こうに任せるさ。それよりも一時的にではあるけれど、こっちに研修で選手を受け入れなければならいんだ。それに審判もだなあ」
「審判はどのみち養成はしなければいけなかったし、1年もあれば大丈夫だろ。こちらでの試合も始まるし、丁度良いじゃないか」
「まあ、そのあたりはね時間もあることだしかまわないのだけれど、問題は靴のほうさ」
「靴に問題でもあるのか?」
「いや、今でもマリオやキコが頑張ってくれているけど、これ以上となると生産が間に合わないかもしれないんだよな」
「おっ、そうか。南リーグが加わればもっと靴が必要になるから職人が足りなくなるのか」
「そうだよ」
「いや、それは困るぞ。最近冒険者の間でもあの頑丈な靴が流行りだしてるんだ。やはり不整地面での踏ん張りが効くから特にアタッカータイプからの要望が来ているって聞いたぞ」
「まあ。いずれはそうなるだろうとは思っていたからこそ、ミーアにお願いしてニヨンの村を抑えてもらってたんだけど。こりゃあ、急がないとやばいかもしれないな。それにボールもか。すっかり忘れていたよ」
「前に言っていた型枠を作って3種類ぐらいのサイズで作れば早いってのは、どうなったんだ?」
「足の形が人種と同じならいけるんだけどね。まだ話を進めていないんだ。ラテックスの件が片付いてからと思っていたしね。だからラテックスは確保できそうだから進めないとね」
「そうだな、そうしてもらわんとミリスのほうに怒鳴り込む奴が出てくるぞ」
「ああ、それはまずいな。まだギルドマスターに就任したばかりだしな」
「いや、そっちの心配じゃないさ。怒鳴り込んだ奴がのされることを心配しているのさ」
「ああ、なるほど」
ミリスはケイバンに着き従う形で大森林にやってきたが、ケイバンの副官のような役割を演じてきたため冒険者達にあまり実力を知られていない。
ケイバンの手前、我慢するべきところは我慢するが、キレると限度を知らない元傭兵なのだ。シスレィの面々でさえミリスを“姉さま”と呼ぶくらいだ。
ギルド内で下請けともいえる冒険者をのしてしまっては問題となってしまうだろう。
そうならないためにも話を詰めなければいけなくなった。
「それとシャニッサへの同行はケイバンもね」
「そういや俺は顔合わせもまだだったなあ。しかたないか、同行の件は了解した。フェヴィスキング(妖精の囁き)とフォートピュート(砦の槍)のほうはすでに向こうに入っているはずだ」
フェヴィスキング(妖精の囁き)は大森林所属のサッカーチームだ。
フォートピュート(砦の槍)はシャニッサ出身のメンバーが多く、今後はシャニッサに所属することになる。
シャニッサには現在新たに発足したというチームが一つあるが、そちらについて正式に発表されるのは落成式後のようだ。
「まあ、早く地元でしたかっただろうな。それに初めて地元での晴れ舞台だし」
「ああ、そうだな。ところで式の後はどうなっている?」
「ああ、特には何も言ってきていないけど、どうせウォルケンのように何かしらの要望があるんじゃないかな。こっちもニヨン村の件があるからある程度話は聞かないとね」
「まあ、そうだろうな。ただ聖王国は王が病臥中だ。そのためキナ臭い話も出ている。巻き込まれないよう気をつけたほうがいいぞ」
「ああ、わかっているさ。だけどむしろ巻き込んでもらったほうが案外スッキリするかもな」
「おいおい、物騒なことを考えるなよ。そういうところはソルに似ているな」
大抵誰かに似ているなどと揶揄されるときは悪いほうの意味である。
ソルとはケイバンの腐れ縁の友の名前である。
もちろんサモンも知っていた。
まじめなケイバンとは正反対な性格でいい加減で陽気だがどこか謎めいた雰囲気のある男だ。
腕もかなり立つ傭兵ということしかわからないが、ミリス曰く“自分より腕が立つ上に小狡いが女に弱い” とのことだった。
要は女にだらしない傭兵というわけだ。
そういう男と一緒にされたサモンは一応異を唱える。
「いや、ソルほど女の尻を追っかけてはいないぞ」
確かにサモンはたまに娼館に出かけるぐらいで、普段は目で追うことはない。
ソルの場合は目で追うどころか、すぐにセクハラをして殴られているイメージしかない。
「いや、そっちではない。手っ取り早く物事を片付けようとして、結果大事になっているんじゃないのか?」」
「なんで? 話が早く進んでいいじゃないか」
「まあ、悪くはないが後先考えずにやられてはたまったものではないな」
サモンにとっては記憶にないが、実際には周りの者が、特にニケやケイバン達がおこなっていた。
学校や協会の件などがいい例だ。
話を決めるのは早いが結局は丸投げとなり、他の者が段取りや根回しなどに追われるのだ。
まあ、それでもサモンからの恩恵が大きいことから、誰も文句は言わずに協力はしてもらえるのだが。
その後も少々ケイバンのお小言と出発に備えた打ち合わせをし、次の日にシャニッサに向けて旅立った。




