57 守護精霊スカーシャ
ニヨンの村への道のりはおよそ30km。
馬車で行けば半日も掛かりはしない。
夕方には村に入ることができ、宿屋の確保もできた。
翌朝にはミーア達は村長の所まで行き、嫌忌薬や工房の話を伝えた。
すでにダルマシオ伯爵には話が通っているため、すんなり話自体は了承してもらえ、フランの木が生い茂っている森も案内してもらえた。
これで土地と材料の確保に一応目途をつけたが、肝心の人員体制がまだだった。
そのあたりは結局キーとなる大森林の技術者次第なので一度こちらに来てもらうしかない。
そこで馬車の中に戻り、スカーシャを呼ぶ。
スカーシャはサモンにつけてもらった護衛兼連絡係のシスターズだ。
戦えて歩く携帯電話といったところだ。
スカーシャは常時アニソトロフィ・シールドを展開しているため姿は見えない。
いまだにミーアさえも姿をみてはいない。
ただシスターズなのでニケと同じ容姿をしていることは予想していた。
「スカーシャさん、傍にいますか?」
“はい、外ですが感度良好です”
スカーシャの感情のない声がミーアの頭の中で揺れた。
これまでにも何度か会話はしていたのでわかってはいたが、毎回体が小刻みに震える。
これは指向性マイクと骨伝導を使った共振波伝達装置によって会話を可能としているためだ。
「ではサモンさんと連絡はとれますか?」
“はい、お待ちください”
しばらくしてサモンの声が聞こえる。
“やあ、しばらくぶりだね。順調かい?”
「はい、おかげさまで。今はニヨンの村にいます」
“へえ~、さすがに早いなあ。もうそんな所にいるんだ。ということは伯爵のほうも大丈夫なようだね”
「はい、サモンさんの予定通りに運んでいます。大きなお話なので信用されないかと思いましたけど、大森林のお名前を出したらすぐでした。ですのでいずれこちらにいらっしゃるのかなと思って」
“へ~、意外とうちの名前って使えるんだね。まあ、下見もしておきたいし、工房の立ち上げにはうちの者が行かないといけないとは思っているよ”
「はい、ですのでそのあたりの日程を決めておかなければと……」
“なるほどね。じゃあ、一回下見にそちらへ行くか。その帰りに伯爵との話も詰めようか。ただ、大陸協会のこともあるから1か月後になるかな”
「わかりました。では伯爵のほうへもそのように伝えておきます」
“スカーシャとはうまくやってるの? 最初はそっけないけど、話しているうちに会話になってくるかもよ。ニケも最近一言多くなってきたし”
「へぇ~、そういうものなんですか。わかりました、せめて身内の者だけには紹介しておきます。そうしないと一人でしゃべっているように見えるので」
“あはは、そうだね”
「それじゃあ、帰りに伯爵の所に戻って1か月後くらいにサモンさんが来ることを伝えておきます」
“ああ、よろしく”
連絡が終わった後ミーアは一息つく。
大きな商いの一歩を踏み出した余韻に浸ったのだ。
「スカーシャさん、ありがとう」
返事がなかったので、スカーシャが聞いていたかはわからないがそれに文句を言うわけでもなく、外にいるミレイアを呼んでニヨンの村を後にした。
ニヨンの村を出て5,6km進んだあたりでスカーシャの声が突然頭に響く。
“ミーア、100m前方に先ほどから6人の人種が待ち構えています。先ほどから動きがありません。待ち伏せの可能性があります。馬車を止めたほうがいいでしょう。あなたが”危害“を加えられそうな場合はこちらで対処します “
声を聴いたミーアはスカーシャの言葉を疑うこともなくすぐに馬車を止めさせた。
ドアを開け、身を乗り出して確認する。
目を細めても見るが、さすがに100mも先では難しそうだ。
そんなミーアの行動にミレイアも驚くが、護衛の冒険者達も驚いていた。
「どうされたんですか、ミーアさん」
冒険者の一人が、馬を寄せて話しかけてきた。
ミーアは素直に先ほどのお告げを口にする。
「ええ、え~と、ですね。この先に何かがいるような気がするんですよ」
「そうなんですか? ではちょっと見てきましょう」
ミーアが止めるのも聞かず、護衛の一人が駆け出してしまう。
するとやはり50mほど冒険者が行くと森の中から矢が飛んできた。
護衛は矢を受けたようで、馬から落ちた。
落ちた護衛はまだ動いているが、腕を抑えて倒れたままだ。
それを見て他の2人が、臨戦態勢をとる。
倒れている護衛に近づけば、また攻撃をされるのだろう。
人質を取られた形だ。
迂闊には動けない。
膠着状態となるが、やがて森の中から馬に乗った冒険者風の者達が現れた。
近づかないのに業を煮やし出てきたのだろう。
「おい、どこぞの商会だということはわかっている。こいつを救いたければ荷物を置いていけ」
なぜミーア達が商会と知れたかはわからないが、強盗であることには違いはないようだ。
それにしてもつくづく強盗に縁があるのに嫌気がさすミーアだった。
当然この場合はまだいくらかは距離もあるので商人ならば逃げの一手だ。
ミーア達が倒れた護衛を見捨てて逃げても非難はされないだろう。
当然ミレイアもそうなると思っていたからこそ、あえて何も言わなかった。
「わかりました、荷物はお渡しします。ですのでその方を解放してください」
だがミーアの判断はミレイアの思惑とはかけ離れていた。
複数の支店を持つ商会の意地もあるが、ミーアには秘策があった。
「母様、私には守護精霊がついてますので心配しないでください。絶対に大丈夫ですから」
そう言い残しミーアはミレイアが止めるのも聞かず馬車を降り、護衛にはミレイアを守るようにと指示し、盗賊のほうへと一人で歩いていく。
めずらしくミレイアが泣き叫ぶようにミーアの名を呼ぶが、振り向きもせずそのまま進んでいった。
「スカーシャさん、護衛さんは生きてますか?」
“はい、ダメージは腕の傷と脳震盪です”
「守っていただけますね?」
“はい、攻撃を受けた場合は排除いたします”
ミーアはその言葉を聞いてさらに落ち着いてきた。
盗賊が剣を抜き、矢じりを向けられた状況でも、まるで本当に守護精霊に守られている気分だった。
「おい、お嬢ちゃん、荷物を置いて行けといったんだ。こっちに来る必要はねえ」
「どうしてですか? 荷物を渡せばこの方を解放成されるんですよね。こちらが渡すと申し上げたのですから開放してもらいませんと」
「ふざけるんじゃねえよ、差し出せって言ってんだよ!」
逆上した盗賊の一人が弓を引き絞り、威嚇のつもりで放とうとして矢を放とうした瞬間だった。
”ボフッ“
鈍い音が鳴り、逆上した盗賊が後方へと吹き飛ばされた。
盗賊の仲間は何が起こったのかわからない。
目の前の娘は予備動作もなかった。
そのため周りをキョロキョロと見渡す。
「お前、魔術師か? 商人じゃなかったのか」
強盗のリーダー格らしき男が睨みながら尋ねる。
「いいえ、ただの商人ですよ」
笑顔で答えたミーアに強盗のリーダー格は逆上し、憤怒の形相となった。
「やっちまえ!」
強盗のリーダー格がそういった瞬間。
”ボフッ“、”ボフッ“、”ボフッ“、”ボフッ“、”ボフッ“
一瞬にして鈍い音が連続して鳴り響いた。
“応”と呼応した仲間全員が吹き飛ばされたようだった。
全員が後方によだれを垂らして伸びていた。
“フウ”とため息をつき、強盗一味が倒れているのを確認すると馬車や護衛を呼んだ。
ミレイアは泣きながらミーアにすがりつき、無事を喜ぶ
護衛の二人は仲間を救ってくれたことを喜び、礼を言って仲間の手当てをした。
倒れた強盗達は護衛に言って縄で縛っておいて行くことにした。
もちろん立て看板をして。
こうしておけばあとでダルマシオ伯爵に伝えても配下の者達がわかりやすいだろう。
ちなみにこの強盗達は“カルス・レーク”で泊まった際に、護衛達に絡んできた者達であることがわかった。
護衛達が近づいて確認したところそれがわかったのだ。
そのため自分達の行動が雇い主に迷惑をかけたと知ると、何ともバツの悪い顔をして謝罪をした。
とんだ災難に見舞われたわけだが、結局このことが原因で 後にエイワード商会は“魔女の商会”と噂されるようになったのである。
おかげでわざわざエイワード商会を襲う輩は減ったという副産物もあったようだ。
その後は無事に“カルス・レーク”にたどり着き、ダルマシオ伯爵に強盗とサモンの件を伝えることができたのだった。




