54 ミーアとミレイア
一方場所は変わって同じ頃、グラール聖王国レン・シャファルではエイワード商会のミーアが、珍しく母親でもあるミレイアと一緒に商いに来ていた。
今は街の門前で検査待ちの状態であった。
「やはり素晴らしいものですね、これは。レン・シャファルまで来ても体が痛くないのですから」
ミレイアは撫でまわして馬車を褒めた。
そう、今回ミーアは早速サモンから譲り受けた馬車を使ってレン・シャファルまで来ていた。
というか、ミレイアから駄々をこねられて馬車を使わされたというのが事実だ。
ミレイアは亡き父親の後を受けて商会を引き継いだ。
商会の会頭は入り婿のオベリアだが、ミレイアはそれまでのやり方を国内向けではなく商会の方針を交易に転換させた張本人であった。
元々の才覚もあったのだろう。
夫であり会頭のオベリアとの息も合い、ほんの数年でヴァンクローネ帝国側にも支店を持て来るくらいまで商会を成長させたほどの女傑であった。
「母様、いつまでも頬ずりしないでください、汚れてしまいますわ」
「まあ、私の肌はまだまだピチピチなのよ。あなたのような小娘なんかにも負けないくらいにね」
「何がピチピチなもんですか。母様もお年を考えてくださいね。服だってそんなに体の線を強調したものをお選びになって。お客様にはずかしいですわ」
ミレイアの白いブラウスのようなシャツに皮のパンツ姿にミーアは抗議の声をあげた。
ミレイアの年齢は40を越えたものの、同世代の女性に比べれば5歳は若く見られるだろう。
その上、出るところは出るスタイルのため、いい寄ってくる者もいる。
「あなたこそ、そのやぼったいふわふわした服とスカートだからお子様に見えるのよ。娘ながら成長の遅さは誰に似たのかしら」
「どこを見ているんですか!」
ミレイアの体形批判に顔を赤らめ、胸を隠すミーアであった。
今回の出張はもちろんサモンとの約束だったニヨン村へ専門商会もしくは工房を作ることだ。
もちろんそれにはニヨン村を含んだ領地を治めているダルマシオ・エスコバル伯爵を取り込む必要があった。
そのためにサモンからはサンプルとして“虫よけ香”をもらって馬車に積み込んである。
しかもミーアには守護天使がついている。
ミーアは今回の交渉には確信を持って臨むことができた。
すでにダルマシオ伯爵には面会の承諾を得ている。
あとはどれだけの費用に抑えるかという問題だけだ。
一方、ミレイアのほうはもちろんこの馬車の旅がしたかったのは大きいが、それにかこつけて商談もしに来た。
相手は聖王国では装飾工房と呼ばれるアクセサリなどの細かい作業が得意な工房だ。
本拠地のアン・カアミルでもなくはないがレベルがここほど高くないので、聖王国で装飾品といえばレン・シャファルと聖都が有名だった。
そのレン・シャファルの装飾工房への要件といえば、先日サモンから受け取ったガラスペンである。
もちろんこのままでも価値が高いが、これにもう少し価値を高めようと相談に来たのだ。
そのままのガラスペンは今のだとそれなりの値段で取引できるが、ミレイアはこの先このペンが普及すると考えていた。
ミーアがこれを持ち帰った時、どれほどミレイアが喜んだことか。
興奮して勇んでサモンに会いに行くと言い出した時は、ミーアと夫オベリアが押しとどめたほどだ。
その後このまま売るのも良いが、貴族用に持ち手の部分を加工して差別化を図り、付加価値をつけておこうということになったのだ。
これがミレイアの目的であった。
レン・シャファルの街に入ったミーア一行は0,そのまま装飾工房が数件並ぶうちの一軒へと寄った。
その装飾工房でもガラスペンは皆の絶賛を受けつつ、その加工を引き受けてもらえたようだった。
ミーアはそばで交渉を見ていたが、ミレイアの交渉はガラスペンを相手に見せびらかせ、競争心を煽りに煽った交渉だった。
それを終わらせるとそのままレン・シャファル支店に向かう。
その途中顔なじみの店で昼食をとろうと立ち寄った。
中は昼時ということもあり混んではいたが、ここの2階には個室もありそちらへ移動する。
たわいのない話をしながら食事が終わる頃、下の1階が騒がしくなってきた。
そのうち怒鳴り声がして、物がぶつかる音がした。
物騒な様子を悟ったミーア達は部屋を出て1階を覗くと、1人の眼帯をした男が真ん中にたっており、そのまわりに5人くらいの人が倒れていた。
その立っていた男がミーアに気づいたように一瞬視線だけを向けたが、男はすぐに店から出ていった。
ミーア達は下に降り、店主に事情を聴いた。
すると眼帯をした男が一人食事をとっていた時、このあたりでも癖のある者達が話しかけてこうなったらしい。
店の中はテーブルがひっくり返り、椅子が壊れ、壁には血の色か料理の色かわからない色がちりばめられ、入店時とは様変わりしていた。
倒れた5人も皆腕をおられるか肩を外されるかをしており、痛々しい姿であった。
顔見知りであるミレイアは店主に慰めを言って、いくばかりかの見舞金を渡して店を後にした。
「世の中にはひどい人もいるものね。そこまでやる必要があったのかしらね」
「いえ、母様。世の中にはあれ以上のことをされるお方はいくらでもおりますわ」
ミーアはサモンの周りにいる者達を垣間見てきた。
これ以上のことを成せる者達ばかりだということを目の当たりにしてきたのだ。
むしろ命があるだけでも幸運だ。
かくいう自分にも守護者がついている。
それもこの街一つ滅ぼせるような力を持った守護者が。
そんなこともあり、ミーアはあの場で落ち着いていられたのだろう。
“まあ、この娘はどんな方とお知り合いになったのかしらね”
ミレイアはそんな娘の成長をうれしくも思う。
これまでだったらあのような場面では泣き叫んでいたミーアだったが、今回は平然と受け止めていた様子に母親は感心していた。
そんなこともあり、その日は支店に泊まり、翌日ダルマシオ伯爵に会いに“カルス・レーク”に旅立った。




