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53 商人の資格

“服を今よりも安く・多く売る”はサバスやクルトも聞き逃せないワードであった。


「へ、陛……ウォルケン殿、今のはどういうことでしょうか?」

「そ、そうです。我々にも機会はあるんでしょうか?」


2人が慌てるのも無理はない、商売に関わる話がこぼれたのだから。

それに衣類の取引量は言わずと知れたグラント商会が最も得意としているところで、シェアは4割以上となっていた。

次いで多いのはクルト商会で2割、ベイヤード商会は1割程度となっていた。

これは商会の力もあるが、綿の原産地がカイエス付近に集中していることもあった。

逆にクルト商会の得意なものは小麦や鉱石などがあり、ベイヤード商会は海産物や輸入品などがあげられた。


どの商会も地勢的な条件が絡み、それぞれの分野を伸ばして成長してきた商会ではあるが、これは帝国内向けの需要を背景に伸びただけであって、今や帝国内のシェアを取り合っている状況であった。


クルト商会やベイヤード商会は帝国と聖王国の国境付近ということもあり、できれば聖王国や他の国との交易に力を注ぎたかったのだ。

そのためには他国との競争力を高める必要があるのだが、帝国の品物は特別に競争力があるとは言えず、他の大陸や国までの運搬費を考えると今までは積極な交易は控えていた。

ただ衣類や布であれば軽くて多く積め、賞味期限もないため交易に適した商品であった。


ただこれまでは手工芸品であり、量も揃わないため注目されてはいなかったが、ウォルケンの言葉はそれを打破する神の囁きにも匹敵した。


「まあ、まて。これはまだ構想の段階なのだ。ただ端的にいえばファイナの生産量を上げて、布製品の市場価格を下げようとする試みだ。これはサモンの力に頼るしかない。それを先ほどサモンが了承してくれた段階だ。ただこれがうまくいくようであれば、管理する組織の立ち上げが必要となるだろう」


「わざわざ作る必要性があるのですか?」


「当然だ。大量に出回るとなれば、市場価格が不安定になりかねん。安売り合戦にでもなれば、たちまちお主達や農家がつぶれてしまうぞ。だからそうならないよう量や質を管理する組織が必要なのだ。お前たちが心配するようなグラントに一括して任すというような話ではない」


意外とまじめに考えてる皇帝であった。

意表を突いたまともな理由にサバスやクルトも唸っていた。

サモンも、ウォルケンが市場価格や質の調整役として別組織の立ち上げまで考えているとは思わなかった。


「そういう理由でポリーヌにその組織の立ち上げを任せたいと思ったのだが、どうだ」


当の本人は先ほどから呆けていたが、再びウォルケンから声が掛けられたことにより正気に戻った。


「大変ありがたいお話だとは思いますが、それは辞退させていただきたいと思います」


さっきの勢いとは異なる返事にサバスやクルトが声を上げる。

ウォルケンも同様にだ。


「「おい」」


「どうしてだ。さきほどは“商会を辞めてでも“と熱く語ったではないか」


「いえ、それはサッカーチームの話でして……」


3方向から攻められポリーヌはうつむいてしまう。

サッカーチームの立ち上げであれば自分でも伝手を辿ればと思っていたが、さすがにファイナに関連した組織の立ち上げまでとなると話が大きすぎる。

さすがにそこまでの自信はない。


そんな様子を見かねてサモンが助け舟を出した。


「まあまあ、ウォルケン、そんなに焦らなくてもいいさ。俺のほうも帰って相談しなければならないし、時間はある。彼女だって今は商会の支店長なのだから、持ち帰ってまずはチームことを相談したいだろうし、今は保留ってことでいいんじゃないか」


「うぬ、確かに急ぎすぎたな。これはすまかった。戻ってブレアに報告もあるだろうから、この件も一緒に相談するといい。良い返事を待っておる」


「は、はい、ありがとうございます」


「それとサバスやクルトもそれぞれ組織に1人送ってもらえぬか。そうすればバランスもとれて良い組織となるだろう」


人事的な配慮もおこなえるのだが、急ぎすぎるきらいもある。

どうも普段の行動と考えにギャップがありすぎて困った皇帝である。

それにしてもサモンにとっても悩ましい日となった。

今日だけでサッカー協会の新たな設置と布製品組合の設立が決まってしまった。

のちにサッカー協会の新たな設置については、リーグ制になることから南リーグとなる。

一応期間的には半年はもらっているのだから、時間に余裕はあるものの人材不足は否めない。

とりあえず、ここはあしたも式典があるのでお開きとなった。


これまでの取引以上に大きな話となった部屋をサバスが出るとスターリアとマーカスが待っていた。


「お疲れ様です、随分お時間がかかったようで。シャニッサには早馬を……」


歩きながらスターリアが話しかける。

だがサバスの歩みがなぜか早い。

不機嫌なのかと思ったがそうではないようだ。


2回の城壁への空中回廊に出るとサバスは大きく深呼吸をした。

外は日も傾き、相変わらず出店はあるが隅に片付けられていた。

それでもポツリポツリと人がみられる。

今日の余韻に浸っているのだろう。


先に出ていたクルトも連れの者と風に当たっているようだ。

スターリアは二人の顔を見比べ、どちらも大きな取引の後のような表情を不思議に思う。


「どうされたんですか?」


「なに、商人としてあの場にいれたことを感謝しているんだよ」


「「?」」


「スターリア、マーカス、お主達がもし陛下からそれぞれ新しい商会を立ち上げろと言われたら何と答える?」


「そんな……そんなすぐには答えられませんわ。わたくしにはベイヤード商会がありますし、そのおかげで知り合えた人たちもいますし……」


「私も同じですね。ベイヤード商会があってこその私だと思いますので」


「そうだな、それが普通だな。……だがそこまでだな……」


サバスの不思議な物言いに困惑する2人だが、このあとサバスの話を聞いて驚愕した。

サッカーチームの話もそうだが、これからの帝国の流通に変革をもたらすような話に衝撃を受けたようだ。

だがスターリアはさらにポリーヌの言葉に衝撃を受けたようだ。


「ポリーヌがそんなことを……」


スターリアと同様にマーカスも驚いているが声が出ない。

スターリアには、ポリーヌは支店長ではあるが、ブレア会頭や本店の命令に逆らえずに振り回される姿しか思い出せないのだが。


そして再び歩き出す、今度はゆっくりと。

だがサバスにとって今その足は軽いように思われた。

落ち着いてみると時代が変わるそんな予感さえし始めた。


クルトとすれ違いざまに挨拶をかわす。

クルトも同じように思っているのかもしれない。

さっきまでの疲れた顔が今では普段の顔に戻っていた。


そのころやっとポリーヌも空中回廊に姿を現した。

足を止めてサバスは振り返って彼女を見たが、やはり憔悴していた。

彼女のこれからのことを思うと気の毒だが、何の力にもなれないだろう。

彼女自身が乗り切らなければならないのだから。


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