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52 ポリーヌの決意

これまでのウォルケンの話を仕方がないので、サモンが要約する。


「ウォルケンの話の趣旨としては、カイニスでもサッカーの試合を行いたいということだ。そのためには競技場と複数のチームが必要なんだ。それはわかるかな」


サモンの言葉に商会3人組は理解できたようで頷いた。

なぜかウォルケンも頷いていた。


「ただウォルケンの心配としては周囲の貴族達が、アレクサの成功を機に自分達でもその利益に絡みたいと出しゃばってくることを気にしているんだ。ウォルケン、それでいいかい?」


「ああ、そのとおりだ」


ウォルケンは頷くが自分が引き継ごうとしない。

“自分で説明しろよ”とも思ったが、こういう天才肌は相手もわかると思って説明の途中を省く傾向があるので聞き手はわかりづらい場合があるのだ。

そのため話がややこしくなる分、時間もかかるのだ。

だからサモンは自分でやれるとこまでは説明することにした。


「まあ、そういう背景もあって、そのまま貴族の主導で進めば、金に目が眩んだ貴族達はすべての収益を自分の懐に収めることになる。それを恐れているんだろ。ウォルケン?」


ウォルケンは頷くが、この時クルト商会の会頭クルトが手を上げた。


「横からすいません、クルトと言います。商人の端くれとしては、“主催者側に収益が帰属する”というお話はもっともだと思うのですが、なぜに恐れる必要があるのでしょうか。得た収益の一部は最終的に帝国にも納められるのではないでしょうか?」


「ああ、確かに最終的な目的が金目的ならそれでいいのかもしれないな。そうしようか、ウォルケン?」


「な、何を言っておる。この協会の目的は競技の維持と管理、それに街への還元だと聞いたからこそ、こうして積極的に参加しているのだ。それを金目当てで利用するような輩に任せるわけにいかん」


「でも競技場には……え~、広告でしたか。あの広告も結局は我々商人も利用しますし、金儲けに繋がるのではないですかな? その儲けた金はその商人の懐に入るわけですし」


「ああ、その広告から派生して儲けた金は別問題だよ。あくまでも協会自体の収益は広告を承認する費用が純粋に入るわけで、その先の収益は商会の努力への対価になるからね。それに協会の収益は、維持管理費など必要経費を除いた分が出資者に分配されるという仕組みだからね。このうち維持管理費の中身はこの街への還元分、つまりは教会への寄付や清掃組合の維持費、チームへの分配金などになるんだ。これは出資者への還元分は二の次だって意味なのさ」


「こちらの協会は慈善団体ということですか?」


「まあ、良い意味でいうとそうなるかな? 元々はサッカーがやりたい奴らが俺に作らせただけの組織だ。元から儲けなど度外視なんだよ。ただサッカーがこれからも長くやれればいいだけの話なんだ。そもそもこの競技場でさえ金に換算したらアレクサの街ごと買えるくらいじゃないの? だから大赤字だよね、まともにやれば」


この世界の技術力では、本来ならば小さい国を変えるぐらいだろう。


「まあ、そういうことだ。貴族連中がカイエスのサッカーを牛耳れば金もうけに走って、すぐに見向きもされなくなるのは目に見えている。だからこそお主たちの力が必要なのだ」


「はあ、なんとなく話は見えましたが、我々に具体的にどうしろと?」


皇帝直々に“お主たちの力が必要”といわれれば、この世界の人達にとっては殺し文句だ。

否と言えるわけはない。


「うむ、協会を設置するので参加を願いたい」


「協会に出資して役員になれと?」


「いや、そうではない。協会には……商業ギルドのマスターは……今はコンスタンツェ卿であったな。奴が参加するだろうからお主達にはチームの出資者になってもらいたいのだ。そうなれば着ている服に商会の名前を入れ放題だぞ」


“宣伝費が浮くぞ“ぐらいの露骨さこそなかったが、せめて大陸に名前が知れ渡るくらいにしてほしかった。


「別に自分が選手になってもいいし、指揮するのもいいよ。それに人気が出ればチームの服も売れたりもするな。そこらへんはチームのオーナー次第さ、腕の見せ所だよ」


サモンもここまできたらウォルケンを担ぐしかない。

3商会を煽りに入る。

とはいえ、言っていることはまんざら嘘ではない。

現に現代では関連グッズが売られているのだから。

ただこの世界ではそういった商売のやり方は行われておらず、生活水準を考えてもそういった物に掛ける余裕はないので、こちらからは提案はしない。

ただウォルケンやイングリッドには、管理する上でもそういったことが起こる可能性を伝える必要があるとサモンは感じていた。


「ということは選手……ですかな? その者達も自分達で選べると?」


「もちろんそうなるよ。ただ“選べる”のではなく、探すか勧誘することになる、実際には。それにカイエスではまだそんなに広まっていないだろうから、希望者を集めて半年くらいは育成しないといけないないな。その分の資金はかかるし、そうするにしても教えるコーチ役がいないんだよなあ」


これはサモンも失念していたが、まだどのチームもサモンが描くサッカーの形にはなっていない。

そのためコーチングができるものなどいないのが現状だ。

だからコーチを派遣したくてもできない実情がある。


「いや、そこらへんは何とか面倒をみてもらえないだろうか、サモンよ」


「そんなことをいわれてもなあ、アレクサでだって誰かに教わっているわけじゃないよ。ほとんど奴は見よう見まねだよ」


「それでは団子になってしまうではないか。ならば有望な者をここにしばらく寄越して学ばせることはどうだ、研修生として?」


「まあ、それなら現実的ではあるのだけれど……こっちの受け入れは可能なのかい、イングリッド?」


いきなり話を振られたイングリッドだがすぐに応えた。


「ええ、そうですね。こちらの3チームの内2チームはできたばかりなので、今のところ対応できそうなのは”レッドオライオン“ぐらいかと思うので、この場では申し上げられませんわ」


「そうだろうね。あとは大陸協会のほうで面倒をみるしかないかな」


現状を顧みたイングリッドの感想は正しい。

それに”レッドオライオン“への意向も聞かないといけない。

この場での回答は避けたいところだろう。

ならばいっそ大森林で面倒をみたほうが良いのかもしれない。


「うむ、それで十分だ。ならば半年後を見据えてカイエスにもサッカー協会を設立するとしよう」


「いや、ウォルケン、そう早まらないほうがいい。彼らの意思を確認しないと話は進まないぞ」


そうチームを託すのは、目の前にいる3商会の面々だ。

彼らがその気にならなければ、話は進まない。


「むう、そうであった。ならばこれまでの話を聞いてどうだ。話に乗る気になったか?」


ウォルケンははやる気持ちを咎められ、子どものように3商会に向かって尋ねる。



「はあ、これまでのお話だと、商会に例えれば、半年の間に我々が小さな商会を立ち上げ、“商品になる”従業員を雇えということでよろしいですね。その従業員の教育をこちらか、もしくは大森林のほうでお願いできると?」


「ああ、そういうことだ」


商人らしいサバスの例えにサモンは肯定をもって返した。

“商品になる”従業員とは言い得て妙であった。


「我々の利益として望めるのは名誉と服に名前を入れられることぐらいだと?」


「ああ、“今”確約できるのはそこまでだな」


そう、確約できる収穫はそのぐらいだ。

先にサモンが言った通りこれ以上は、“チームのオーナー次第で腕の見せ所”なのだ。

先見の目がある商人なら”今“の意味を理解できるはずだ。

商人としての器量を問われているのは、この場なのかもしれない。


しばしの沈黙の後、サバスが手を上げて発言した。


「ベイヤード商会は本店がロレンティアではありますが、カイエスにチームとやらを立ち上げましょう」

「よう、いうた」


「我がクルト商会もベナンザにて立ち上げましょう。ベイヤード商会に負けてはおられませぬ」


次はグラント商会のポリーヌに皆の注目が集まる。

しかし、ポリーヌはうつ向いたまま顔を上げられないでいた。

確かに他の会頭クラスの2人と違ってポリーヌはただの支店長にしか過ぎない。

決定権はないのだ。


皆が諦め、ウォルケンが言葉を掛けようとしたその時、ポリーヌが涙をためた目で訴えた。


「グラント商会の雇われ支店長ですが、是非とも参加させていただきたい。立ち上げます」

「おいおい、ポリーヌ、お主が無理をすることはないぞ。ブレアめにどやされるのではないのか?」


少し感情的な様子のポリーヌを見てクルトが諭した。

だが、さらにテンションが上がったのか、ポリーヌは立ち上がりさらに訴えた。


「いえ、わたくしも商人の端くれにございます。看板の件でも機を逃しました。もうあんな思いはしたくありません。だから必ず説得してみせます。……それでもだめならば商会を辞して、“わたくし”が立ち上げてみせます!」


帝国でも歴史的な瞬間に店の名前を掲げられなかったことが、よほど悔しかったのであろう。

これにはサモンを除いた全員が驚き言葉も出ない。

ただサモンだけが膝を叩いて、ポリーヌの心意気を褒めた。


「へぇ~、いいね。おもしろいね。“その意気や、よし”って感じだ。もしだめだったら俺に言ってよ。スティール商会が支援するからさ」


その言葉にウォルケンやイングリッドが微笑み、サバスやクルトが目を見開く。

スティール商会は誰もが知る大森林にある商会の名前だ。

他に支店は持たないが、大森林特有の商品を卸す窓口でもあるため、今やその影響は大きいものとなっている。

仮定の話だとしてもサバスやクルトが反応するのも無理はない。


「ならば我もその心意気を見込んで相談をしよう。本来ならブレアめに相談するところだったが、おらんのではしょうがない。ポリーヌと申したな、そなたはカイエスのファイナ(綿花)の事情に詳しいか」


「え、はい。3年ほど前までカイエスの本店におりましたので、いくらかは……」


「なら聞こう。ファイナの生産方法や流通経路はどうなっている? 知っていることを聞こう」


「はい、では……先にファイナの生産からですが……」


ポリーヌの説明によるとファイナは種まきを春、収穫が秋となっており、衣類への利用の他防寒具や布団の材料にもなっていた。

収穫時には農家が各々手摘みで収穫し、市場に持ち寄って集められる。

流通について衣類の場合は綿を繊維工房が買い付け、布にして服飾工房に卸すことになっていた。

最終的には商人が、衣類を商人が買い取り市場に送るという流れのようだ。


サモンが気になっていたのは、繊維工房内での綿から糸になる過程と布になる過程だ。

この過程は古い時代では手紡ぎ・手撚りや手織りにより非常に手間のかかる作業であるため、生産効率を上げることが可能なポイントだった。

案の定、手紡ぎ・手撚りは糸車を使った手動式であり、機織りは縦型の物で近代のような“”を使ったものでないことがわかった。


ただポリーヌは見学したことがあったため様子は知っていたが、実際金額や流通量までは知らないらしい。

そのことについては“勉強不足でした“と恐縮してた。

だが、サモンはそれだけでも満足だった。

衣服の改良と低価格化がみえてきた。

サモンの表情が変わり、それをウォルケンが見ていた。


「サモンよ、いけそうか?」


ウォルケンの問いかけの意味はサモンにしか伝わらず、他の者は置いてけぼりだ。


「ああ、……いけるな、恐らく。まあ、設計はニケに任せれば大丈夫だろう」


とりあえずサモンの頭の中で青写真はできている。


「そうか、ならばかまわぬな」


どうもウォルケンは語彙を省略しすぎる。

さっきから皆が首を捻っている。

サモンはそう思いながらもうなずいた。


「ポリーヌよ、服を今よりも安く・多く売る気はないか?」


“ウォルケン、それはダイレクトすぎるだろ!”とサモンは突っ込みを入れたい気分になった。


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