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50 苦労人スターリア

この日の競技場は周りで大勢の人が朝から行きかう。

それは本日が競技場の落成式だからだ。


落成式といってもすでに外観ができてから3週間以上経っているため、皆は見慣れているが、実際に中に入場できるのは今日からだ。

これまでは隣接する城壁から眺める者や周りの公園を歩きながら眺める者はいたが、中に入って歩き回れるのは今日からだ。


周囲には2日間行われる式典に合わせて出店などが立ち並び、準備に追われている。

アレクサの街がこれほど活気づくのは長らくなかったことだ。

開場は9時であったためすでに人は入り始めているが、あらかじめ協会で雇われた警備部門や臨時雇いの冒険者によって人の流れが整理され、今のところ問題はない。

だが時間が経つにつれて会場のカオス具合はひどくなってきていた。


「おい、こんなに人がアレクサにいたのかよ。知らない奴ばかりいるぞ」


「何言ってんだよ。お前そんなに友達がいたのかよ」


「ちゃんと手を握ってなさいよ。すぐにどっか行っちゃうんだから」


“びぇ~~ん”


「泣いてないで早く来なさい」


「何キョロキョロしてんだよ。田舎者に見られんだろ」


「いいじゃんかよ。皆初めて見るんだから同じだろ」


「おい、そこの席は俺がとっておいたんだぞ」


「何言ってんだ。別に決まっているわけじゃねえだろ」


開始前からなかなかのカオスになっていた。

その人ごみの中、他とは違う身なりの3人が話しながら歩いていた。


「スターリア、君の予想なかなかの盛り上がりだな。帝都でも騎士団の凱旋パレードぐらいだろ、ここまで盛り上がるのは」


「はい、会頭。私もここまで人が集まるとは思いませんでした」


スターリアと呼ばれた女性はベイヤード商会アレクサ支店長であった。

会頭と呼ばれた人物は、ベイヤード商会のサバス会頭だ

スターリアが先頭になって人ごみをかき分けながら後ろの二人、サバス会頭とカイエス支店長のマーカスを案内している。


「帝都のパレードでもここまで屋台が出ることなどありませんよ」


「なんだマーカス、こんな時でも商売の話か。今だけでも雰囲気を味わせてくれんか」


「はあ、すいません。でも我々もこれから商いの変化に対応していかなければなりませんので、ついつい仕事目線で見てしまって……」


ここ数年で明らかに取引される物の質や種類が変化してきており、これまでにない物も流通し始めている。

その軸となっているのが元を辿れば大森林だった。


「まあ、そうだな。これまでの商売を大きく変える変換点を見ることができるかもしれんしな」


サバス会頭も同じように思っている。

普段収穫されない時期の物や、同じような価格で質の良い物を流通させている。


「はい、広告の件はイザークさんの話を軽視していれば、乗り遅れるところでした。実際グラント商会は間に合わなかったようですし」


「グラントはブレアの力が強すぎるのだよ。だからここの支店長もすぐに動けなかったんだろうよ」


「はい、支店長のポリーヌさんが嘆いておられました」


スターリアはイザークから話を聞いたときには保留したが、パン屋の”カリメロ”の店主と懇意にしていたため、売り上げが上がったことをすぐに聞き、支店長判断で決断した。

グラント商会は会頭のブレアがすべての権限を持っており即断即決はできるが、カイエスに本店があるため、アレクサからだと連絡が取りづらいというハンデがあった。

結局、了解は取れたが看板の製作が間に合わなかったようだ。


「まあ、そうだろうな。ただ今回はこれでいいとして、果たしてその広告という宣伝方法がどれほどのものかはわからん。それでも大森林の商品の流通量が増え始めている今、主が絡んでいるイベントに参加しなければ取り残される可能性があるしな。良い判断だった」


「はい、実際にパン屋や宿屋で売り上げが上がったようです」


「スターリア支店長、それはたまたまという可能性もあるんじゃないかい?」


マーカスが疑問を投げかけたが、べつにイチャモンではない。

こういう性格なのだ。


「はい、それは十分に。ただイザークさんがおっしゃるには、人の集まる場所に大きな看板を掲げることは、自分達に自信があるということになり、それを見た庶民の信用を得るための道具とのことでした。これも大森林側の受け売りらしいですけど」


「なるほど、確かに名前の知れたお店から買うほうが、安心するっていうことだね」


「ふむ、面白いものを売りにするようだな、大森林の主は」


やがて3人はメインスタンドにたどり着く。

眼前に広がる緑色のフィールドに、その先の壁に掲げられた色とりどりの看板。

中央にはやはり騎士団の看板が掲げられていたが、その隣には暖色をベースにしたグラント商会の看板が目に入ってきた。


サバス会頭はあらかじめ図案は見せられていたものの、その大きさと色合いに思わず両こぶしを握った。


「なんと、これほどとは思わなんだ。目に焼き付くようだ」


「はい、これなら今日来た人々は、我ら商会の名前をすぐにでも覚えましょう」


スターリアも会頭からその言葉を引き出せ、十分満足だ。

だが、マーカスは相も変わらず商売っ気100%だ。


「これはインパクトがあるね。これが広まれば商売もしやすくなりそうだ。……ん、ちょっと会頭、小さいですけどエイワードやオニキスもありますよ」


「あら、ほんとうだわ」


「なるほど、我らには国境は関係ないか。ははっ、おもしろいな大森林は、商人以上の商人かもしれんな」


これはサモンがエイワード商会のミーアにいわれて了承したことから始まったのだ。

“他の国に看板を出してはならないって約束はないでしょ”といわれ、間に合わせで小さい看板を取り付けたのだ。

オニキス商会は、アレクサ支店長に急遽指示があり、掲示することとなった。

これはミリスが以前世話になったニックを通して行われた。


サバス会頭もこれらの看板を見て気づく。


「スターリア、シャニッサの競技場はこれからだと聞いたが?」


スターリアは尋ねられて気づく。

サバス会頭の言いたいことも理解したようだ。


「ええ、ぎりぎりだと思いますが」


「ならば手の空いている者を使え。大急ぎだ」


そう言われたスターリアはすぐにマーカスへ事後の段取りを伝え、急いで支店へ戻っていった。

シャニッサへの申請を行う手はずをするのだろう。


あとに残された二人は、これから始まる落成式に出てくる人物に注目するのだった。


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