48 臨時講習
サモンがアレクサに来てから2日が経った。
その間に領主のポラール・リヒト伯爵やベイヤード商会・クルト商会・オニキス商会との面会があった。
クリスは一緒だが、シスレィの面々は本日もドワーフの護衛だ。
それぞれにお礼や取引についての相談事をされた。
どこから聞きつけたのか、中には始めたばかりの靴の話などもあり、“商人侮りがたし”といったところだった。
靴については始めたばかりだし、鍛冶師に任せている手前、職人の数が足りない。
生産性の悪い商品なのだ。
今のところ新しい技術には着手しているが、どれも市場を大森林に想定したものが多く、生産性が低い。
唯一、大量生産できそうなものは嫌忌薬ぐらいかもしれない。
食料や既存の武器だの薬などは、元からそれに携わっていた者がいるため取引には応じれるが、やはり大量に取引するとなると生産者が足りなくなるだろう。
まあ、それを念頭に置いての拠点整備計画なのだが。
今は商会の者にはそういう理由で同席したクリスが丁寧に説明し諦めてもらった。
その後、ポラール・リヒト伯爵がイングリッドからナベンザの話を聞いたようで、初めからハイテンションでイザークとともにやって来た。
早速、組み立て工房の予定地の話を切り出してきたのには、さすがのサモンも押され気味であった。
それほど急ぐ話ではないのと、今度じっくり打合せするということで落ち着かせた。
一方、先の商人達が聞いたら、“目の色を変えて突撃してくるかもしれないな”とサモンはうんざりする。
伯爵の話の後に昼食を取り、サモンは午後からアジズ達のレッドオライオン(熱い星)の練習が行われるというので見学することにした。
すでに準備体操を始めていたがサモンが姿を現すとアジズが走りよってきた。
「主が急にどうしたんだ。見学かい?」
「まあ、一応完成祝賀会に呼ばれたんでね。それよりも靴なんかの調子はどうだい?」
「ああ、靴はしっかり踏ん張ってくれるし、足も痛くないしいうことはないな。ボールにも慣れてきたし、チームも増えたしな。楽しみだよ。ただボールがもっと多ければいいのだがな。ま、あるだけいいがな」
「そうだな。鍛冶師ギルドのほうでも頑張ってはいるんだがな。造っているのは間違いないから、気長に待ってやってくれ」
「ああ、わかってるよ。こっちでもチームが増えた分、負担になっていることも承知しているから大丈夫だ」
「そう思ってくれるなら助かるよ」
「どうする? 気晴らしなら体動かしていくか?」
「そうだな。せっかくだからそうさせてもらおうか」
サモンはむしろそうするつもりであったのは顔に出さない。
靴は専用シューズを用意していないので、今はいている靴で臨むことにした。
クリスはほぼビギナーなので見学だけだ。
もちろんニケも見学である。
サモンは皆に交じって準備運動を始める。
それが終わるとパス回しの練習に入るが、ボールは新たな物は一つしかないので、前まで使っていたやや硬めの皮で覆われたものを使う。
数人一組で行い、サモンも久々の感触を確かめる。
パス回しとはいえ、サッカーをするには最も大切な技術の一つだ。
見た目はボールを受けて蹴りだすだけだ。
だがここにはいろいろな要素が詰まっている。
周りを見ると皆はボールを受け、相手に向いてボールを蹴りだしていた。
ただパスのやり取りならそれでもいいだろう。
だがサモンにとっては違った。
「なあ、講習会とかで習わなかったか? 受けるときは向かえに行けって?」
サッカーを本格的に始めようと思ったときにサモンは一応講習会を開いている。
そのときはまだ始めたばかりだったので基礎中の基礎だけだったが。
「え、でも練習ですよね」
「そうさ、練習だからこそ実践を想定してやらないといけないだろ。冒険者の訓練だってただ剣を振っているだけじゃ練習にならないだろ」
「確かにそうですが……」
サモンに絡まれたのはデリオというものだった。
サモンはこの世界ではサッカーの創始者のようなものだ。
そうそうに反抗できるものでもない。
講習会でも見せたサモンの技術は、現代の高校サッカー程度の技術でもこの世界では世界一の技術だ。
講習会で見せた基本技術だけでも皆が憧れるにふさわしく、流れるような動きが目に焼きついている。
「じゃあ、俺にパスしてみてくれ」
そう言われてデリオはサモンにパスをした。
距離にして7、8m。
やや強めのパスが送られた。
サモンは送られたパスに対して右足を前に出してボールに触れる。
その瞬間に足先を引きボールの勢いを殺し、その右足を横に着いて同時に左の軸足も相手に向けた。
そしてそのまま蹴りだし、別の相手であるエーリャンにパスを送った。
「今のでわかったか」
「早いのだけはわかりますけど」
「じゃあ、先に君たちがやっているのをやってみせよう」
同じように出されたパスを足元で止めて、左に立つエーリャンに体を向け、足を振りかぶってパスを出してみせた。
「何か違いが分かるか?」
「はい、確かに前に足を出して迎えに行ってました」
「それだけかい?」
「えっ……」
それは先に言ったことに過ぎない。
そこから得られる別の利点を上げてほしいのだ。
サモンがそう思ったとき、パスを受けていたエーリャンが手を上げる。
「たぶんだけど、モーションがひと手間少ないのかと?」
自信なさげにエーリャンは言うが、正解である。
「ああ、そうだ。そのひと手間の違いはとても大きい。君たちは待って受けるからボールが真下に来る。それはそのまま返すならすぐに足を振りかぶって蹴りだすだけでいい。しかし別方向に相手がいれば向きを変えなければならないだろ? そうなれば相手に向いてから蹴りだすというひと手間が必要になるんだ。だから迎えに行きながら方向転換をする。これはボールを前に置くということが、如何にすばやくボールを自分のコントロール下に置くかという問題と、次の行動に如何に早く移れるかという問題を解決してくれるんだ」
「ああ、なるほど。それで早いように見えるのか」
「まあ、それだけじゃないけどな。それにコントロールと次の行動ということを考えれば前に置かずというか、止めるのではなく、ボールの勢いを弱めつつ相手に向けるというのもあるぞ」
サモンはそう言ってもう一度デリオにパスを求めた。
するとサモンは先ほどと違って左足で受けて、右足でパスを送った。
これも2回のモーションであった。
左足で受けつつも止めるのではなく、勢いを殺しきらずにエーリャンいる方向にそのまま転がして、そのまま右足を振り抜いてパスを送った。
この場合はボールを受けた時点で体が相手方向に向かっている。
その点を挙げてサモンが説明するとデリオやエーリャンが拍手をして感嘆する。
そんなことをしているとアジズなども集まりだし、もう一度説明させられてしまった。
その次のシュート練習などもサモンはついつい口を出してしまう。
狙いすまして弱く蹴る者、力任せに蹴る者など様々だが、皆共通して言えることがあったのでその点を忠告した。
「ゴールを狙っているのは分かるけど、狙ったところに行かないのはなぜだかわかるかい? わからないのに次を蹴っても意味はないよ」
「なんでだよ、ゴールを狙って蹴るだけじゃないのか?」
“なめんなよ”とサモンは言いたい気持だったが、そこは抑えて指を立てて左右に振る。
「ちっちっちっ、狙ってけるだけではいれば誰も苦労はしないの。いいかい君たちはボールを蹴ったあとの方向を決めるのは何かということを知っておかなきゃならない」
「だからよく狙えばいいんだろ?」
「先に種を明かすが横軸は軸足、高さは蹴り足の膝の位置だ」
「「軸足とひざあ~?」」
軸足は多くの者は納得もするがひざは予想に反していた。
「まあ、確か軸足は講習会でも言ったはずだから覚えている者もいたかもしれんがね。それに軸足なんて狙えば勝手に向くもんだしね。重要なのは膝の位置が上から見て前か後ろかでボールの軌道は変わるんだよ。横から見てれば分かりやすいけどね。」
サモンはデリオにボールを集めてもらって2回ほど軽く蹴ってみせた。最初は低い弾道で、次が高い弾道だ。
最初の2回で“おぉ~”などと納得する者もいたが、数回繰り返せば皆納得したようだ。
「ああ、確かに被せることを意識すれば低いし、引き気味にすれば浮くようになったな」
アジズが数回試して礼を述べた。
他の皆も試して意味を理解したようだった。
ただ軸足の件では言っていないことがあった。
まあ、それは今後のドッキリネタに取っておくことにサモンはした。
次はシュート練習が終わるとミニゲームを行うようだった。
サモンは靴が専用シューズではないことと説明で疲れたので、アジズに断って下がることにした。
サモンはフィールドから下がるとクリスたちの所に向かったのだが、そこには意外な人物が立っていた。
「はっはっは、友よ、久しいな、待ちきれず来てしまったよ」
“誰だこの能天気なオッサンは”とサモンは凝視する。
見ると髭が多く、髪を茶色に染めているがウォルケン皇帝のようだ。
サモンは“また難儀なオッサンがやってきたな”とものすごく疲れを感じたのだった。




