46 ナベンザの特産
「さすが大森林産の馬車は違いますね。これほど快適とは知りませんでした」
そう上機嫌で話すのは、サモンの目の前に座っているイングリッドだ。
「それにその椅子も座り心地がとても良いですな」
サモンの隣に座るシュネーの言葉が続く。
それはそうだろうこの世界の馬車は良くて懸架式の馬車だ。
エアサスに及ばずともリーフサスペンションにしてあるこの馬車に比べれば長旅はしんどいはずだ。
それに座席にも中綿だけではなくラテックスで作ったエアクッションを仕込んでいる。
体に伝わる振動もだいぶ和らいでいて、負担も少ないはずだ。
サモンは現在、アレクサに向けてイングリッド達と移動中である。
目的はアレクサの競技場における落成式や完成祝賀会に出席するためだ。
「よろしいのですか、このような馬車を3台も頂いて?」
イングリッドが疑問に思うのももっともだ。
「ただの試乗車のようなものさ。気に入ったなら注文してくれればいい」
“試乗車?”
聞きなれない言葉にサモン以外が首を捻る。
それに気楽にサモンは言うが、このような最新型の馬車などよほどの貴族か、商人以外には難しいのではとイングリッドは思う。
だが、イングリッドの隣に座ったドンフライ司教があることに気がついた。
「ひょっとしてこれは“広告?”というやつなのでしょうか?」
“”?“”
“広告”は試行的にアレクサでも取り組み始めたが、ただで品物を渡すようなものではないとイングリッドとシュネーは思い返す。
「お、なかなか頭が柔らかいね、司教は。そのとおりだよ。厳密には違うけどね」
最新式の馬車といっても外観は注意して見なければそれほど変わったものではない。
そのままではこれまでの馬車との差別化はなかなか進まないだろう。
そこで実際に乗ることによって体感してもらい、乗り心地や実用面を確認してもらって他の馬車との違いを明確に感じてもらうことが必要なる。
そのため無償でも乗って体感してもらい、その良さを広めてもらうことが商品(馬車)の購入につながるのだ。
そんなことをサモンは長い馬車旅の暇つぶしにと説明した。
「なるほど損して得を取れということですな」
「そのような商売のやり方もあるのですね」
「確かに使い勝手が先にわかれば納得して購入できますな」
サモン以外から三者三様の理解が得られたようだ。
「それでもこのように先に広めてしまえば、真似をされるのではないですか?」
普通に考えればそうであるが、サモンの狙いも価値観も他とは違うところにあった。
「う~ん、真似してもらえるのであればしてもらっていいんだけどな。できるならね」
サモンは決して自惚れているわけではない。
見えるものではないが、この世界では先端技術が詰め込まれているのだ。
おそらく、そう簡単には真似はできないだろう。
この言葉にその意味を悟ったイングリッドは押し黙った。
その様子を見て、サモンはイングリッドに思い出したことを尋ねた。
「そういえば、公爵領は小麦の産地だったよね。運搬するのも馬車だよね?」
「ええ、よくご存じですね。帝国内でも有数の産地ですの」
「その他にも交易品があるんじゃない?」
「そうですね。あとは鉱石ぐらいでしょうか」
帝国のナベンザでは南や西には平野も多く、耕作に適した地形も多い。
そのため農作物は聖王国や諸外国との交易品となっていた。
またナベンザの北にあるリハイム山やケイオス山周辺では鉱石の産出地としても有名であった。
でもこれはどこの鉱山でも言えることだが、鉱石の産出地は主に山であるため、商業化できるほどの安全性はなく、その採掘は冒険者によるところが大きい。
だがリハイム山やケイオス山周辺ではそれほど脅威になる魔獣はおらず、ケイオス川沿いに露出している箇所も多いためレベル低い冒険者でも採掘しやすい環境であった。
そのためナベンザには幅広いレベル冒険者が集まることでも有名であった。
幅広いレベル冒険者というのは南方にはバンジューリ山脈があり、そちらではベテランの冒険者でも厄介な魔獣もいるため、それを目的に集まる上級者もいるのだ。
「それならば加工もやっているのかな?」
「はい、武器はもちろんですが、鍋や農具などの生活用具ぐらいは盛んです」
「なら、この馬車の部品なんかの生産拠点をそっちに頼んでもいいかな。うちだともうこれ以上広げられないんだよね。イメージ的には“ナベンザで部品の加工をして、アレクサで組み立てる”みたいな感じにしようと思っているんだけど」
“え!”
シュネーとドンフライ司教が驚く、大きな取引の話をさらっとサモンが口にした。
おそらく商業ギルドのイザークが聞いたら大騒ぎするだろう。
イングリッドも二人の顔を見ないまでも、その重要な取引の話であるということは理解できるが、いまひとつ要点を得ない。
「え~と、“生産拠点”ですか。ようはナベンザの鍛冶屋に部品を外注されるってことでいいんでしょうか?」
「ん~、ちょっと違うかな。鍛冶屋は鍛冶屋なんだろうけど、これ専門に作ってもらいたいんだ。そのほうが品質は安定するしね。アレクサに持っていってそれぞれの部品が組み上げられないと困るでしょ」
“?”
生産工程のイロハなんだが、イングリッドは現場を知らないので理解が追いつかない。
そこでなんとなくわかったシュネーが助け舟を出す。
「イングリッド嬢、数打ちの剣も並べてみれば微妙に違うだろ。それと同じで鍛冶師がバラバラに見様見真似で部品を作っても、組み上げたら同じものにならないってことさ。だろ、サモン殿?」
「まあ、そんなところだよ。ようは全く同じものを作る必要があるってことだ」
「そんな事可能なんでしょうか?」
「うちの鍛冶師達はできてるよ」
これこそがこの世界と大森林の差であった。
この世界の道具作りといえばワンオペが当たり前で分担作業は力仕事ぐらいである。
どうすれば同じものを作るのかも想像できない。
イングリッドの知っているかぎり、基本この世界、鉱物から物を作るときは基本”熱して、叩いて、冷まして”である。
ましてやナベンザに拠点を作る理由が、単に鉱石の産出が多いということだけのようには思えない。
その疑問を素直にサモンへ伝える。
「先にわかりやすいかと思ってそう言ったけど、想像してほしい。採取した鉱石は不純物を取り除いて必要な部分を利用するんだ。もし鉱石のままアレクサまで運べば余分なものを運ぶことにならない? であれば必要なものを必要なだけ運べば運搬費用も安くなるんじゃないかな。それに物を作るときには水が結構必要なんだよ。そういった意味からもナベンザに生産拠点を設けるのは効率的じゃないかな」
確かに必要なものだけ運べば余分な費用は省けるし、量も多く運べる。
これにはイングリッドも理解できた。
それでも考えれば大きな話だ。
自分一人では判断することは難しい。
「おっしゃりたいことは分かりました。今ここでお答えするには大きな話なのでお時間いただいてもよろし?」
「ああ、かまわないよ。急ぐわけでもないしね。せっかく同じ馬車に乗ったついでみたいなものだよ」
気軽に話しているが周りの者にとってはそんなものではない内容だ。
それでもこのサモンの奇抜な提案のおかげで、馬車の長旅に退屈という時間は流れなかった。




