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45 イングリッド消耗する

サモンがミーアに散々たかられてから2日後、騎馬に囲まれた2台の馬車がアレクサから大森林に向かっていた。


「あと数刻すれば大森林ですよ。イングリッド様」


それまで外の風景を眺めていたアレクサの冒険者ギルドマスター“シュネー”が前方に広がる風景の変化に気づき声を掛けた。


「せめてもう少しまともな道にならないのかしら。こうも振動がひどくては体が痛くなるわ。“ドンフライ”司教、回復魔法をお願いできるかしら」


腰のあたりを摩りながら答えたのは、ナベンザ領主アルフォンソ・カルヴォ公爵三女“イングリッド”だ。


「こればかりは仕方がないですな。少し前まで戦場だったところですから」


祈りを捧げる仕草をしながらそう言ったのは、エルサフォン教アレクサ教区“ドンフライ”司教だ。

そして仕方ないとばかり腰に手をかざして魔法をかけた。

こんな3者が同じ馬車に乗り込んでいるのは奇妙な組み合わせである。

なぜこの3者が乗り合わせているかといえば、アレクサの協会役員だからという以外は共通点はない。


「それは承知していますけど、帰りのことを思うと悲しくなるわ」


「帰りのことまで心配しているとは余裕ですな」


「いえ、これからのことを思えば別のことを考えていないと不安でしょうがないわ」


「まあ、そうでしょうな。主殿が首を縦に振るかどうか」


イングリッドは相変わらず腰のあたりをさすりながら不安そうに遠くを見つめた。



「入るよ」


今日も挨拶もなしにサモンはドアを開ける。

ここは大陸協議会会長室だ。

目の前には以前自分達が押しかけたシュネーが座っていたが、他の2名には面識がない。

サモンを見るなりシュネーはすぐに立ち上がり、“サモン殿”と挨拶を交わした。

それに気づいたように他の2名も立ち上がって自ら名乗る。


「初めまして、イングリッドです」


「初めまして、ドンフライです」


2人は敢えて肩書を名乗らなかった。

シュネーか言い含められていたからだ。

サモンは特に反応を示さずに、軽く挨拶を交わした。


「大変だったんじゃないのここまで来るのは?」


サモンも一度はアレクサまで行った身だ。

通り道の状況は理解していた。


「予想していた以上でしたが、なんとか辿り着きました」


疲労の顔が見えるイングリッドが応える。

サモンは何も言わず、3人へ座るように促して話を始めた。


「ほんで、今日は報告と完成祝賀会のことかな?」


すでに出来上がったアレクサの競技場だが、いろいろな準備などであと7日後にはお披露目の完成祝賀会をおこなう予定だ。

完成祝賀会にはサモンも出席することになっている。


「はい、そのとおりです。一応報告と打ち合わせをと思いまして」


「別にわざわざよかったのに。1週間もすればアレクサに行くんだから」


サモンにも一応今日この3人が来ることは聞いていたので、ケイバンに呼ばれて来てはみたが、時間をかけて来るほどのことではない気がしていた。


「もう協議会の準備のほうは整っているのかな?」


ケイバンが切り出す。


「はい、ほぼ整いました。広告はまだ少ないですが、問い合わせはあるので我々も期待しているところです。あとは勝負札の手配が済めば大丈夫です」


「なら正式な試合が始まるまでは間に合いそうだな」


イングリッドが順調な様子を説明し、ケイバンも頷きながら聞いている。

そして補足がてらイングリッドは勝負札の売り上げについて触れた。


「はい、それとその勝負札についてなんですが、売り上げの数パーセントを教会に寄付しようという意見が出てきまして……」


「教会に寄付ね」


ケイバンは横目で隣に座るドンフライを見た。

サモンもそれまで目を瞑って大人しくしていたが、薄っすら目を開けた。

ドンフライは肩書を言わなかったが、明らかに服装は教会の者が着る服だ。

敢えて名乗らなかったのはあくまでもサモンがそういうことを嫌うと聞いていたからであって、ごまかそうとしたわけではない。

別に睨んだわけでもないがサモンやケイバンの沈黙はドンフライの身を縮ませた。


「いや、別に教会からねじ込まれたわけではないのです」


雰囲気を察して慌ててシュネーが弁解した。

実際に教会からではなく自分達から相談に行ったのである。

勝負札についてはどうしても賭け事という側面は拭えないので、一部は教会に渡して慈善事業に使ってもらおうという案が出たのだ。

これは意外なことに商業ギルドのイザークからだった。

商人でもあるイザークは噂が耳に入るのも早く、勝負札について男性はともかく、主婦層から拒絶反応があることを耳にした。

やはり純粋な賭け事では失敗する予感がしたイザークは、シャニッサでも同様の仕組みにすると聞いたこともあり、イングリッドに提案したのだ。

すぐさまイングリッドは協会としてエルサフォン教アレクサ教区“ドンフライ”司教に面会して教会の参加を打診したのだった。

ドンフライ司教には快く引き受けてもらい、協会内での慈善事業部門の担当となってもらった。


「ああ、わかっているよ。シャニッサのほうにも提案したのは俺だしね。あくまでも利益が優先じゃないからね」


そう自分で別の所で提案しているのだから文句を言えるはずはない。


「じゃあ……よろしいのですね」


緊張していたイングリッドも思わず力が抜けた。


「ああ、別にこちらが文句を言うことじゃないしね。協会が責任もって競技場を運営できればそれでいいんじゃないかな」


「ああ、それでいいが、それで司教まで来られたのかな?」


ケイバンがドンフライに問いかける。


「ええ、関わることになった以上、私としてもご挨拶をと」


ドンフライも緊張が解けたのか、にこやかに話す。

なのでサモンも気軽に聞いてみることにした。


「そうか、わざわざ来てもらったんだから、もしよかったら今後のプランか何かあったら聞いておきたいね」


「おい、おい、まだそこまでの段階じゃないだろ」


いくら何でも参加したばかりの司教には無理な質問だろうとケイバンが止めに入った。


「いえ、そうですね。ある程度はお示ししておかないといけませんね。一応これまで教会としても炊き出しや、孤児の保護や孤児院の運営も行ってきましたから、基本はこの延長ということになりましょう」


「まあ、そうなるだろうね」


「もし、余裕があれば農地の開拓などにも回せればと思っています」


「農地の開拓かあ。それもいいね」


意外とサモンが乗り気なのにはドンフライも驚く。

もちろんそんなことはおくびにも出さないが。


「はい、そこまで手が回ればの話ですが。今の慈善事業の資金もあるので余裕はできるはずだとは思うので可能だと思っていますよ」


「そうだな、可能になるはずだ。……もし開墾する土地が見つかったら知らせればいいよ。土を掘り返すくらいならうちで協力できるから」


「そのときはぜひご連絡させていただきます」


サモンの申し出にドンフライは素直に礼を述べた。

それと同時にドンフライは大森林の教育について話題を振ってきた。


「立て続けにすみませんが、こちらで行われている市井の子ども達への教育について見学させてもらえないでしょうか」


「見学ってことは“学校”のことかな? 別にいいと思うけど、教室自体は午前中だけだから明日時間があるなら午前中に行ってみるといいよ。校長にも連絡しておくよ」


「ありがとうございます。なにやら最近では商人の間でも“ソロバン”が評判になっています。それを子ども達にまで教えていると聞きましたので、ぜひ私どもの教室でも取り入れられないかと思いましたもので」


「ああ、それなら若いの2、3人送ってもらえれば教え込んでもらえるよ。今もシャニッサから候補生が来てるしね」


そうしてサモンは初の帝国からの留学生の受入れを快諾した。

サモンとしてはいずれシャニッサのドース達と同様にアレクサでもやろうとしていたことだ。教会が自分達でやるならその手間が省けると思ってサモンは快諾したのだが、ドンフライにとっては尊敬の念をさらに上乗せすることになった。


このことにより半年後には大森林で学んだ修道士がアレクサの孤児院でソロバンを使って“算術”として教え始める。さらにのちに帝国全土の教会では現代でいう“寺子屋”に似たものが確立していくのであった。


そして話題は大陸協会の発足式と会議へと移った。


「あと今後開かれる大陸協会の発足式と会議についてなんですけど、発足式にはチームのほうも参加する予定だとは思いますが?」


「ああ、その予定だが、何か?」


「ええ、そのこちらの……アレクサのほうでもう2チームが結成を申し出ているのですけれどかまわないでしょうか?」


「ほう、2チームも? 別にかまわないんじゃないか?」


「そうか、靴とかがないのか?」


「はい、そういったことも含めてですけれど」


「そこらへんはうちからだれか行ってもらうことで対応するしよう。あと服はべつに発足式なんだから別に何でもいいだろう?」


「そうだな。試合をするのは2チームだけだし」


結局のちにシャニッサのほうでも1チーム増加の連絡があって合計で3チーム増えることなった。


「ありがとうございます。ではそれぞれのチームに伝えます」


「ただ選手になるのは冒険者が多いな。そっちの依頼とかは大丈夫なのか、シュネー?」


「ああ、今のところはな。だがこれからも増えるとなると何かしらの制限が必要になるな」


「そうだな、そのあたりを会議の議題にしておくか」


イングリッドが申し訳なさそうにサモンに向かう。


「会議ついでですみませんが、サモン殿にお願いというか提案させて……提案したいことがあるんですが」


思いつめたような目をサモンに向けるイングリッドであった。


「なんだろね」


その眼に底知れない面倒くささを感じたサモンはいやいやながら返事をする。


「実はウォルケン・ブルフ皇帝陛下……“ウォルケン”殿がこちらに来たいと申していまして……私人として来ることを許してもらえないかということがありまして……」


普段は公爵令嬢らしく振舞う彼女だが、何とも言えない歯切れの悪さが気になる。

どうせ言うなら言えばいいじゃないかと思うサモンだが、堅ぐるしい外交が嫌いなサモンに遠慮しているのは気づいた。


「まあ、私人としてなら別にかまわないよ。許可もいらないし」


諦めた感じでサモンは答える。

ただイングリッドがつづけた言葉に頭を抱えた。


「それと聖王国側の代表者との会談を仲介してもらえないだろうか……というお願いなんですが、どうでしょ?」


イングリッドは言葉の終わりに首を傾け、引きつった口元を上げて無理やり笑顔を作った。

その笑顔はさすがのサモンも引いた。

だがイングリッドにそこまでして成し遂げたいという執念がはっきりと伝わった。


「う~ん……目的次第かな」


外交嫌いのサモンの言葉に光明が見えたイングリッドは力強くトドメとばかりに力強く言う。


「戦争の終結」


まあ、確かに元々は戦争の理由であるこの地、鋼の大森林のあるこの辺りの土地を巡っての戦争である。

大森林が事実上居座り、今や交易の重要な中継地点でもあることを考えれば、この帰結は必然であろう。

なんといっても商人をはじめ、皆が大森林の存在を受け入れてしまっている。

そのため戦争継続の理由もなく、発足式を機会として戦争を終結すれば、大森林との関係も好転することになり、もしもの時には大森林が防波堤となるからだ。

そう考えれば多少領土が減ることになっても帝国としてのメリット以外は見当たらない。

であれば帝国としての誠意を大森林に見せる必要があるとウォルケン皇帝は考えていたのだ。

以前何をおいてでもアレクサまでサモンに会いに来たのはこのための布石でしかない。

今回の発足式がその機会であり、ウォルケン皇帝やナベンザ領主アルフォンソ・カルヴォ公爵からの密命であったのだ。


イングリッドの言葉を聞いてその場の者は押し黙る。

ここまで一緒に来たシュネーやドンフライ司教も知らなかった話である。

当然二人は口を開けたままであった。

だがサモンから軽い口調で驚きの発言が飛び出す。


「え、まだしてたの?」


この言葉に皆は驚くが初めにケイバンが苦笑しだす。

“戦争が終わったよ”という状態になるためにはいくつもの段階があり、儀式がある。

サモンは現代人であるため戦争の作法というものは知りようがない。

なので、そのあたりのことをケイバンがサモンに説明した。


「ふ~ん、そうなんだ。いろいろあるんだな。わかったよ、俺が一因でもあるようだし立ち会うことを約束するよ。その代わり戦争関係の儀式めいたことは分からないから、ケイバンが進行ね」


結局ケイバンをも巻き込むのであった。


こうして大陸協会発足式の前日に会談はセッティングされ、当日に発表となることが決定した。



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