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44 ガラスペン

サモン達一同は早速学校長マルティナのところへと向かった。


「やあ、お邪魔するよ」


そう言いながら遠慮もなくサモンは校長室に入っていく。


「主殿はいつも突然ね」


言葉は迷惑そうだが、笑顔で一行を出招き入れる。


「寮のほうは何か問題あったかい?」


「いいえ、シフ殿達のおかげで快適なようですよ。今のところは……まあ、寮が問題というよりも地元の子ども達が羨ましがっているわね。寮の子ども達は帰っても一緒だから」


「ああ、確かにね。俺もそんなことに憧れてたときもあったなあ」


めずらしくサモンが自分のことをつぶやく。


「意外ですね。主殿もそんなときがあったなんて」


「俺でも生まれたころは赤ん坊だったんだけどな。別にみんなと変わらんよ」


「そうなんですね。安心しました」


改めてマルティナは思う。

“サモンも普通の人種”なんだと。

そんなマルティナの思いをよそにサモンは後ろの二人を紹介する。


「こっちがエイワード商会のお嬢ちゃんのミーアだ。そっちが従者でよかったよな。従者のパルだ」


サモンの商会をきっかけにお互いが名乗りながら挨拶を交わす。


「さて、商人さんを連れてきたということは“ソロバン”のことかしら?」


「ああ、そうなんだが、今日はもう授業はやっていないだろう。やっているところが見たいのだけれど誰か居残りとかしていないかな」


この学校の授業は基本午前中までだ。

だが中には弁当を持ち込みで勉強する子どももいた。

理由は新しいことに興味があるため、好きでやっている子どもだ。

他にも日によっては暇なので付き合いで残っている子どもいろいろだ。


「ええ、いるはずよ。最近だと5人ぐらいはしばらく残っているみたいだから。それに孤児の子達もほとんどが残っているみたいよ。早くみんなに追いつきたいみたい」


「へえ、そういうもんかね。俺なら勉強なんて嫌だけどな」


「何を言っているんですか。始めた張本人が」


「まあ、そうなんだけどさ」


勝手な言い分に居たいところを衝かれたサモンは、マルティナの目には駄々をこねる大きな子どものようなものに映った。

そんな雑談をしながら子ども達の教室へと案内される。

ときおりサモンの冗談交じり会話に小言を言うマルティナ達の姿は、生徒と先生のようにも映った。


しばらく歩くと教室に着き、皆で中を覗く。

いくつか並べられた机には所々に子どもが座ってソロバンを弾いている者もいれば、紙に何かを書いている者もいた。

後ろのほうでには数人で固まり、何かを教え合っている様子も伺える。


中からはソロバンの珠を弾く小刻みいい音がしている。


“パチパチ、パチパチ”


なかなかリズミカルな音だ

マルティナが中にいる先生を手招きで呼ぶ。

手招きに気づいた“アッシモ”先生が出てきた。

彼はマルティナと同じエルフ族の若者だ。

若者といっても100歳は超えているが。


「あ、主殿も一緒じゃないですか。一体どうしたんです?」


「こちらの方が見学をしてみたいって。よろしい?」


「ええ、かまいませんよ」


アッシモ先生はそう言いながら皆を静かに招き入れる。

気づいた子ども達は顔を上げ一斉に挨拶をしてきた。

サモン達は当たり前のように挨拶に応えるが、慣れないミーアとパルは一瞬固まった。

ミーア達は驚きのあまり小声で挨拶を返すのやっとだったが、これは始まりに過ぎなかった。


マルティナがアッシモ先生に見学の理由を伝えると一人の生徒を紹介してきた。

その子どもは“トラオム”という名前の子どもだった。

歳は13歳らしい。

生徒の中では年長者になるようだ。

亜人種で家は食堂をしているらしく、手伝いは夕方かららしいのでほとんど毎日それまで学校で過ごすらしい。

アッシモ先生は“トラオム”に訳を話し、ソロバンをやってみせてもらうことにした。

初めは簡単な計算だった。


“パチパチ、パチパチ”


リズミカルな音が響く。

周りの子ども達も集まりだしてそれぞれがソロバンを出して同じように弾いた。

ミーア達にとっては初めて見る光景であり、新鮮であり驚きであった。

だんだんとアッシモ先生の出す問題の桁数が増えてくると、間違えたかのように顔をしかめる子ども達も出てくる。

ミーア達もついていけたのは初めの数問だった。

次第に桁数は多くなり10桁の掛け算となった。

それでも半数以上の子どもは正解したようだ。

もちろんトラオムもだ。


「ほとんどの子どもがこんな桁数を計算できるんですね。しかも早いです」


ミーアが呆れたようにアッシモ先生に言う。


「ええ、ソロバンを使えばですね。暗算になるともっと減りますが」


「暗算! この桁をですか?」


躊躇なくアッシモ先生はトラオムに問題を告げる。

どんな商人でも10桁の掛け算を暗算で解くことはきびしい。

紙に書いてやるか、時間をかけるかだ。

そんなことを思っているうちにトラオムは10秒ほどで答えを出してしまった。

周りも挑戦したようだが先に応えられてしまったようで、あちらこちらでため息が聞こえた。


「正解です」


アッシモ先生がそう告げるとトラオムは満面の笑みを浮かべた。

ミーア達は信じられない物を見たように固まっている。


「どう、子どもってすごいのよね。すぐに吸収しちゃうんだから」


マルティナも拍手をしながら我のことのようにミーアに自慢した。

言葉を掛けられ正気に戻ったミーアは、驚きもさることながら戦慄にも似た感覚を覚えた。

このような子ども達が将来、商人の世界に足を踏み入れたらどうなるのか。

何かが変わる予感のようなものが背中を伝って湧いてきたのだ。


“ああ、この子たちが欲しい。早く成長してくれないかな”


そんな変な欲望も湧いてきたミーアだったが、ここである物に目が留まった。

それはトラオムも使っていたが、筆だと思っていた筆記用具である。

ミーア達も普段は墨と筆で計算やら注文を記す。

子ども達も先ほどから覚書のようなものをしていたようだが、筆に形状は似ているものの何やら筆の先が曲がっていないのだ。

奇妙に思い試しにトラオムに見せてもらう。

それを見たミーアは再び固まる。

すると“毛”だと思っていた先端が固く透き通っていたのだ。

変に思ってサモンが声を掛けた。


「どうしたんだ? そんなものに見とれて」


サモンが声を掛けると恐ろしいほど素早くミーアは振り向いた。


「これはなんですか!またこんなにきれいな物を作ったんですか」


ミーアの迫力にサモンも後退る。


“ああ、うるさいなこの娘は。周りの子どももドン引きしてるじゃないか”


そう思いながらもサモンはミーアを落ち着かせ説明する。


「これはガラスペンというやつだ。筆だと細かい数字とか字が書けないからな。鍛冶師ギルドに頼んで作ってもらった。どうせガラスの余ったやつでできるしな」


何気なく言ったサモンの一言にミーアはおおいに食いついた。


「売ってください。何本でもいいから売ってください」


最後のほうはすがりつくような勢いだ。

そもそもこの“ガラスペン”は、子ども達が文字を書くことを楽しめるようにと、サモンが現代に倣って考案したものだ。

そのためペン先がインクを吸いやすいように油を混ぜたりとインクの改良にも取り組んだ。

本来は持ち手のところもガラスなのだが、量産するため持ち手は木製だ。

多少扱いには気を遣うが、それでも子ども達はペン先のガラスがきれいなことや書きやすさもあってかみんなが欲しがった。

その時の様子が今のミーアと重なる。


「予想はできたでしょ」


マルティナからそんな言葉がサモンに掛けられた。

結局その後ミーアからはガラスペンの独占販売権の取得をせがまれ、子どもが成長後の交渉権までせがまれた。

子どもとの交渉権は本人次第なのでサモンに決定権はないので校長に投げたが、ガラスペンの独占販売権については許可した。

真似しようと思えば可能なものだ。

ただインクのほうは改良に時間がかかるだろう。

サモンはそういったことも言い含めて、ミーアには許可した。

サモンから聞いた“本来は持ち手のところもガラス”という言葉に閃いたのか、同じようにして貴族用に高級路線で販路を開くそうだ。

もうそれは目をキラキラさせながら語っていた。

結局ミーアは今回の訪問でソロバンの仕入れだけでなく、それ以上もの収穫を得て帰路に着いたのだった。


最近校正ソフトがバグっているため校正していませんが、あとで修正します。

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