42 星の話
「さて次は本題のオブトレファー西方教会の動向についてだ。ミリスにも探ってもらってたけど、いよいよ動き出したみたいだな」
「はい。現在、教皇であるエカテリーナの表面上動きはないように見えました。教会自体も表面上はいつもどおりです。ただレン・シャファル教区とアル・カール教区との連絡の回数が増えているようです。カペラに確認してもらいました」
カペラはシスターズの第5中隊(遊撃部隊)の一人だ。
ミリスとの連絡役として随伴していため、随時必要があれば連絡は取ることが可能だ。
またその能力を生かして諜報活動もお手のものであった。
「ふむ……レン・シャファル教区とアル・カール教区には誰か送ってあるのか。またよからぬことを企んでいなければいいがな。」
ケイバンがなぜか嬉しそうにする。
「ああ、ミリナムとソーニャを送ってあるよ。関係者を割り出すよう指示した」
サモンの言葉にこれまで話の聞き手だったミーアが口を挟む。
「あのすいません。オブトレファー西方教会の話のようですが、私がここにいてもいいんでしょうか?」
「ああ、もちろんかまわないよ。君から聞きたいこともあるし、恐らく今後巻き込まれることになるから」
しれっと言ったサモンの言葉にミーアの表情が変化する。
「あの……商人である以上多少は教会との関係はありますけど、“巻き込まれる”ってどういうことでしょう。ちゃんと説明してくださるんですよね」
いきなり理不尽な話を聞かされてミーアはまたも盛り上がってきた。
意外と短気な面えを見せたミーアだった。
「ああ、だから説明する前に情報を共有してもらおうかなと……」
意外な面を見せたミーアにたじろぐサモンを横目で笑い、苦笑するケイバン。
「まあ、落ち着いて聞いてくれ。君も言っていただろう“教会との関係はあります”ってね。だからこそ君にも話すんだ。その教会が動き出しているというのは今話したが、その理由が大きく関わってくるんだ」
「いったい教会が何をしようと?」
「ははっ、正直わからない」
「え?」
あまりにも期待外れな回答にミーアはあっけにとられ、言葉も出ない。
ケイバンもすぐにミーアの心情を察したのか、手をかざして“待て”のジェスチャーを送る。
「何をしようとしているのかは“わからない”というのは本当だ。だが最終的な目的は予想できている」
「最終的な目的?」
「ああ、戦争だ」
ミーアは一瞬息を呑む。
そしてわずかに考えた後弁明を試みた。
「そんなことはありませんよ。明らかにこちらとは圧倒的な差を見せつけられているんですよ。聖王様でさえ、大森林とは融和を願っているんですから」
そのことは第1王子との会話からも理解している。
「ああ、わかっている。それに相手がこちらと決まっているわけではない」
「そもそもどうしてそんなことがわかるんですか?」
ミーアの質問は至極当然だ。
「それは簡単だ。ことの発端は半年前ほどから武器の生産量が増えたからだ」
「武器の生産量? そんな話は聞いたことがありませんが」
「ああ、武器の運搬は君の商会を通してほとんど運ぶ量は変わっていないだろう。ただ、他の商会の量は増えているんだよ。サン・ムリアにね」
「サン・ムリア? 確かにうちの商会は東方には支店展開が遅れていて、どちらかというと帝国との取引に力を入れているのは事実です。それでも商人ですからそれなりに良い耳は持っているつもりなんですけど」
サモンの言葉にミーアは真っ向から否定した。
ミーア自身も聞いたこともないし、噂さえない。
最も言えば自身の国のことに関して情報で負けるわけがないという意地もあった。
「いや、気分を悪くしたらすまん。別にそっちの商会だけというわけじゃないんだ。おそらく気づいている商人はいないと思うよ」
サモンの言葉もミーアにとっては気休めにもならなかった。
「それでも噂ぐらいにはなると思うんですけど」
「まあ、そこらへんが巧妙なんだろうね。一種の密輸みたいなことをしてるんじゃないかな」
「そのあたりの証拠がないんですか?」
さらにミーアに感情のブーストがかかる。
「密輸の証拠はね。そもそも密輸なんてやろうと思えばいくらでも手はあるでしょ。ただ武器が作られている証拠はあるよ」
「どんな証拠があるというのですか?」
さらに追い詰めようとするミーア。
だがサモンも抜かりはない。
「ああ、ミリスも確認してきているし、何よりもニケ達が太鼓判を押しているからね。ニケ、説明をお願いするよ」
サモンの言葉にニケが進み出るといつものようにホログラムを出現させた。
「了解。ここ1年間ほどの聖王国の木材の搬出量と鉱石を産出する鉱山の搬出量を監視。搬出先は“セル・シキン”及び“レン・シャファル”から“サン・ムリア”への流れとなっており、1年間のうちここ半年ほどで緩やかに増加。1年前に比べると約2倍の搬出量となります。そのため鉄を生成するサン・ムリアにおける炉の稼働状況を監視。稼働状況は最近では24時間体制になっています」
ニケによって浮かび上がったホログラムには聖王国の地図が映しだされる。
その地図はミーアがこれまでにも見たことのない正確な地図であったうえに、所々で光が点滅していた。
だがミーアにもそれが聖王国を示し、点滅している光の場所が何かということは分かったが、なにを意味しているかは分からなかった。
「え、それが本当だとしてもどうして材料の搬出量や炉の稼働状況までわかるんですか?」
「まあ、それはニケだから……って納得しないか。ニケ、お願い」
「了解。この赤い点がリアルタイムな炉の状況。緑の光は鉱山から搬出用の馬車の移動。搬出量に関しては轍の深さによる重量の推定によるものです」
するとホログラム上にミーアも見たことのないものが現れた。
それは棒や線で描かれた画で、サモンは“グラフ”と呼んでいた。
なんでも左から右に時間の経過を表し、縦の棒が伸びることで量を表しているのだという。
たしかにこれならば物の動きが掴みやすいとミーアは納得した。
一目で状態の動きが追える“グラフ”というものにミーアは驚いたが、それ以上にそれが示す鉱石の動きや量に驚いた。
「いや、これって空から見てるんですか?」
ふとミーアは地図の正確さに尋ねてみる。
それはサモンにとっての大いなる秘密の一端に触れる質問だった。
一瞬間が開き、ケイバンとミリスがサモンに視線を向ける。
そんな心配をよそにサモンは平然と言ってのけた。
「まあ、空のはるか上……軌道上からの監視だね」
“軌道上”……未だ空も飛べない人にとっては想像も及ばない未知の言葉であった。
「空のはるか上? 軌道上?……ってなんですか?どうして建物の中にある炉がわかるんですの?」
ミーアは理解できない言葉はとりあえず流したようだ。
「ま、そうなるよね」
「だから言ったろう。他の者に話しても理解が追いつかないって」
ケイバンが笑いながら話者を交代する。
「なあ、ミーアさん。サモンやニケ殿が他の人種とは別格だってわかっているよな。それと同じでこの世界は俺たちが信じているものとは全く違う世界らしいぞ」
「信じているものとは全く違う世界……ですか」
今一つ状況をのみ込めていないミーア。
「ああ、この世界はこのボールのように丸いそうだ。ただ大きすぎて俺達には丸く感じられないそうだ。だからたとえばまっすぐ歩けば元の場所に戻るらしい。試すことはできないがな。その球が宙に浮いていてその上に俺たちは立っているらしい。まあ、あれを見れば多少は信じるかもな」
「あれ?」
ケイバンの“あれ”に悟ったのか、おもむろにサモンは窓辺に寄って窓を開ける。
「カペラ、不可視化モードを解除してあそこに立ってくれ。位置についたら空に向かって手を振ってくれ」
サモンが突然そう言うとミリスの後ろにカペラの名札を付けたマント姿が現れた。
ミーア以外は慣れたようで特に反応しなかったが、ミーアは驚いたように目を見開き、口元を抑えていた。
「ニケ、“ブリティカ”に外にいるカペラへ対象をロックするように指示してくれ」
そして気づけば先ほどのホログラムには手を振るカペラが映し出されていた。
「これがお空からの画ですか」
ミーアは目の前で展開される光景に驚くばかりである。
「これで空から見たものが、そのままのものが映っているということが理解できると思うのだが」
問われたミーアが頷いたところを見ると納得したようだ。
「じゃ、ブリティカ。視点をカペラにロックして軌道上まで引いてくれ」
するとホログラムには最初ゆっくりカペラが小さくなっていく様子が映し出される。
次第に競技場の全景へと移っていく。
そして森の全景へと加速して映し出される頃には、自分がいるはずの世界だが、まるで別世界を見ているようでその映像に見入っていた。
隣にいたパルも同様である。
そしてその景色も小さくなり終いには青や緑などの色に分かれた画で止まっていた。
これまでの流れからもミーアにも青が海で緑が森、茶が大地だというのは分かった。
それにしてもなんということか、一目で大陸全土の姿が見える。
ミーア自身敬謙な信仰心を持ち合わせているわけではないが、一瞬神様と同化した気持になった。
「さあ、ここが軌道上の高さだ。ブリティカ、視点をゆっくり横に向けてくないか」
サモンにそう言われてミーアは我に返った。
そしてホログラムの景色は横に流れ、先ほどの青や緑などの景色が流れてその先に黒い闇のようなものが見え始めた。
するとサモンは動きを止めさせた。
「この黒い部分が外の世界。何もない世界だよ」
ミーアはその黒い部分を見つめる。
確かに何もない世界なのだろう。
少し横を向いただけで漆黒の世界なのだ。
そしてその境界は確かに弧を描いていた。
先ほどのケイバンの話を裏付ける画であった。
「この何もない黒い世界に我々は浮いているというのですね」
「ああ、そうだ」
特に飾りげもなく淡々とした口調でサモンが肯定した。
「このままでは危険なのではないですか」
「そうだね、危ういね。でもこの大陸が生まれる前からもこの状態なんだけどね」
この場合、サモンの“危うい”はミーアの不安を指した“危険”とは違う。
サモンもいちいち説明はしなかった。
「気にしてもしょうがないということですか?」
「ああ、この世界のだれがトップに立とうが、国同士が殺し合おうが些細なことだよ。この星にとってはね」
「ここも“星”なのですね。神様もそのような気分なのでしょうか」
夜空に光る点である“星”。
それと同じであり、その多くの星の一つに過ぎないということも今のミーアには理解できた。
「さあ、神の気分などは知りようもないね。それでも星は星であり続け、君たちは君達であり続けるんだ。ならばできることをやっていくしかないだろう」
「そうですね。これであなた方の不遜な理由がわかったような気がします」
この言葉にケイバンやミリスは顔を見合わせて苦笑し、サモンは舌打ちをした。
「不遜? そんなつもりはないんだけどな」
「不遜だな」
「不遜ですね」
ケイバンやミリスが一緒にされたことを迷惑だと言わんばかりに声を上げる。
それを見たサモンは不貞腐れるようにつぶやく。
「そうかい、そうかい。不遜なら不遜で結構」
拗ねたサモンを横目にミーアが疑問を口にした。
「ところでこれは誰の目線なのでしょうか?」
「“ブリティカ”、艦影を出せるか?」
ミーアの疑問に応えるべく指示を出す。
ホログラムの映像は黒い巨大な影を映し出す。
所々光が当たり何か構造物であることはミーアにも分かるが、見たこともない形のためイメージができない。
先端にかけて細くなっていくので龍のようにも見えるが、所々角張っているため生物には見えないのだ。
「これがレイナエターナだ。俺がやって来た場所だ」




