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41 ミーアへの提案

「やあ、久しぶりだね」


サモンは開けられたドアの向こうにたたずむ二人を手招きした。


「お久しぶりです。サモンさん」


「ケイバン、この人がミーアだ。隣がパルだ。二人ともエイワード商会の人だよ」


二人をケイバンに紹介する。


「初めましてだったかな。ケイバンだ。一応スティール商会の会頭ということにもなっているんだがね」


「はい、存じ上げています。ただお会いしたのは初めてですけれど。いつもはジムートさんか、フレイヤさんがお相手くださるので」


ジムートとフレイヤは大森林唯一の商会である“スティール商会”の番頭をしてもらっている者だ。

そのため商業ギルド=スティール商会となり、兼任だが商業ギルドの長でケイバンが実質会頭となる。


「ああ、すまない。いろいろ兼任しているもんでね。商会は彼らに任せっきりなんだよ。これからもお手柔らかに」


「いえ、こちらこそよろしくお願いしたいと思っています」


「で、今日は?」


「ああ、俺がここに来るようにってお願いしたんだよ」


ここは大陸協議会会長室。


「商売の話なら商業ギルドのほうがよかったんじゃないか?」


「いや、商売の話だけならそうかもしれないがいろいろと情報をね。それとミリスも呼んだから」


「ミリスも? というと聖王国がらみか」


「そうだね。それとラテックスの件だ」


そんな会話をしているとタイミングよくミリスが入ってきた。


「やあ、悪いね」


サモンが軽く手を上げて応える。


「いえ、冒険者ギルド部門と調査部門の編成案を思案していたところでしたので、気分転換にちょうどよかったです」


いつもながら精悍な顔つきの男装の麗人である


「そうか、早速だけれどこちらのお嬢さん方がエイワード商会のミーアとパルだ」


ミリスが二人とあいさつを交わす。


「まずは先にミーアにお願いをしておこう」


そう言ってサモンはミーアに顔を向ける。


「これを知っているかな?」


懐から取り出した白い塊“ラテックス”をミーアに見せた。

ミーアは不思議そうに見つめ触ってみたりもした。

しばらく考えていたが、不意に顔を上げる。


「そうですね、見た目はフランの樹液のような感じですが……」


隣で見ていたパルも頷いていた。


「うん、やっぱり知っていたか」


「はい。ニヨンという村付近で玩具として使われていた気がします。ただもう少し硬かったような気がします」


「まあ、その辺は良いんだけどね。これを持って来てくれたのがそこにいるミリスなんだ。それでうちで色々調べてもらったらいろいろ応用が利くことがわかって栽培したいんだ。もし無理ならニヨン村と取引をしたいんだが、そのあたりを聞きたくてね」


尋ねられたミーアはしばらく黙り込んで思案する。


「そうですね、恐らく栽培は難しいのではないでしょうか。というのもフランの木が自生する場所はあそこだけと聞いたことがあります。虫除けに利用しようとした者もいたようですが、日持ちがせず、栽培することも叶わなかったそうです」


やはり一般的には虫除けの効能ぐらいしか知られていないようだ。

商品化もされていないようだ。


「ああ、葉が枝から落ちると数日で効能がなくなるようだ」


「はい、そう聞きました。ですので取引するしか手はないかと思います。ただご存じかとは思いますがニヨンの村は聖王国領ですので、どこかの商会を通じて取引することになります。恐らく直接はギルドのほうが許可しないと思います」


返ってきた答えは至極真っ当な回答であった。


「そうだろうな。そこで君達だ」


「ええ、そう。って、私達ですか?」


「ああ、聖王国に本店のあるエイワード商会であれば問題も少なくて済むだろう?」


もちろんニヨンの村は聖王国領であるため、聖王国に本店を構えるエイワード商会であれば門戸が開かれる可能性はある。


「ええ、おっしゃるとおりですけど。フランの木を大量に持ち込めと?そこまでしても運搬費用とか掛かりますから儲けが少なくなるのでは?」


運搬費から税金までを考えるとおそらく儲けはほとんど出ないだろう。

詳しい算出をしなくてもミーアでもわかる。


「まあ、そうなるね。優先度でこちらが欲しいのはこの白い塊なんだよ。その次が葉っぱになるんだけど、そこでだ。ニヨンの村にフランの木を専門に扱う商会を作ってほしいんだ。たとえばどこの地域の農家でもお互いの農作業を助け合うだろ。だけど収穫されたものはそれぞれのものだよね。災害による被害もあるし。だからそれぞれバラバラな収入になるんだけど。畑をまとめてみんなで世話して、収入を分ければリスクは減るよね。そんな風に現地の人を集めて専門商社を作って白い塊を買い取りたいんだ。どうかな?」


「確かに個々の畑や時期によって出来不出来があるでしょうから、その分安定するとは思いますが……」


サモンの言うとおり個々でやるよりも管理もしやすく、メリットは減るがデメリットも減って安定することは理解できる。


「必要なものもまとめ買いもできるんじゃないかな。それにみんながお金を出し合えばそれだけ大きな投資ができるんじゃない?」


「え、ええ、確かに原価を抑えて、自分達で規模の大きな整備ができますね」


この世界の農家は個別が当たり前で、当然道具代などの消耗品にかかる負担は大きい。

もちろんまとめて購入して原価を下げるなどといった考えは、商人くらいしかできない世界だ。


「取引するほうとしても安定して供給してもらえたほうが安心できるんじゃない? 分配は畑の大きさによることになるけどね。まあ、それと似たようなことをしてもらいたいのさ」


大人数で農地を管理することは安定した供給体制となり、そのメリットは購入する側の商人にとっても大きなメリットとなる。

商品単価は安くなるが、安定して購入してくれる商人がいることは農家にとっても大きなメリットであった。


「一つの専門商会を現地に作るですか。魅力的なお話ですけど、ニヨンの人が理解できるかわかりません。しかも領主のダルマシオ・エスコバル伯爵の了解も頂きませんといけませんから、正直何とも言いようがないです」


これも一介の商人であるミーアとはいえそこまでの自信はないだろう。

たとえエイワード商会が名の知られた商会だとしても、貴族を自由に操るほどの力ないのである。


「そこでだ。一つ秘密を教えよう。 “枝”に利用価値が出てきた」


「え、それは!」


「魔獣までとは言えないが、虫よけ程度の効果が1日程度持つぐらいの薬剤ができた」


例のケイバンからドラ・ヒメネスに丸投げされた案件だ。


「え! ほんとですか」


「ああ、本当だ。うちの薬師部門のドラが成功させたよ。これだ」


ケイバンは親指ほどの三角柱を机の引き出しから取り出してミーアに渡した。

ミーアは摘まみ上げて近づけて見たり、匂いを嗅いだりした。

匂いはほのかにさわやかな草の匂いがするだけだった。


「嫌な臭いではありませんが、これで虫が寄ってこなくなるんでしょうか?」


「ああ、火をつけるとじっくり燃えて中の成分が出てくるんだ」


「不思議なものですね。このようなもので。……それでこれをどのようにしようと?」


この小さな薬剤ができたところで原料を運べなければ“ラテックス”と同じである。

ミーアにはどうにも理解できなった。


「ああ、これを作る作業場を専門商社に渡す」


「渡す? って、え? ただでですか? せっかくの発見ですよ」


せっかく発見したお宝的商品を作り方や設備までそっくり渡すというのだ。

独占できる商品ならば、商人ならどんなことをしてでも守りたいと思うのがこの世界の商人だ。

ミーアの驚きは正しいはずである。


「ああ、だから価値があるんじゃないか」


「だったらこちらにください」


頬を膨らまして手を差し出し、ミーアは正直に懇願した。


「いや、それはないでしょ。ダルマシオ伯爵を口説き落とす材料なんだから」


「えぇ~、どうしてですか? 私がダルマシオ伯爵を口説き落としますから~」


体をよじって駄々をこねるミーアに対してパルはすがって止めようとする。


「いや、これは直接ダルマシオ伯爵を口説き落とすわけじゃないんだ。商社の株主になってもらうための餌だよ」


「餌?」


ますます理解しかねるとでも言いたそうに声が高くなる。


「ああ、概要を言うとまず“フランの木”がある森は伯爵の領地だからそこを専門商社の所有地として認めてもらう必要があるわけだ。伯爵が了解すれば、その森の木から白い塊“ラテックス”のみを回収して、これはエイワード商会を通してこちらに売ってもらう」


「はい、それは分かります」


やっとエイワード商会にも利益がありそうな話が出てきてミーアは落ち着いてきた。


「そして作業場のほうはニヨンの村にこちらで資金を出して建設しよう。当然これは商社の物としてだ。そうすると商社の資産は、“フランの木”から産み出される“ラテックス”と作業所、そこで作られる商品となるわけだ。名前は決めてないけどとりあえず“虫よけ香”でいいか。そして商社これらによって大きな財を得ることになる」


「はい。“ラテックス“というものがどのようになるかはわかりませんが、“虫よけ香”は必ず売れますわ。売ってみせます」


“ミーアさん、なんか鼻息が荒いんですけど”


「まあ、そこは頑張ってもらうとして、その得た利益を分配するときに伯爵にも分配するという仕組みさ。商社を花に見立てて“株分け”とでも言っておくか。その権利を持つものを“株主”とでも言っておこうか。協会の分配金と似たような仕組みだよ」


「“株”? まあ、確かにお花を増やすときにするようですけれど。協会も同じような仕組みなんでしょうか?」


協会における利益の還元については協会員ではないミーアは知らない。


「ああ、負担割合に応じて還元するのは同じだな。協会は利益追求型じゃないからそこらへんは違うけどな」


ケイバンが補足を述べる。

協会の場合は運営の維持が目的であるため資質も多く、純利益としては収入に対して大きくない。


「そうだね。商社である以上はお金儲けを目指してもらっても構わないよ。こちらは“ラテックス”さえ手に入れば文句は言わないしね。安定してこちらでは買い取るつもりだし、“虫よけ香”という商品もあって、伯爵としては何もしなくても稼げるんだから文句はないでしょ」


「はぁ~、確かにそうですけど。なぜか釈然としません。確実に儲かる話を聞いているのに儲かった気がしないのはどうしてでしょうか」


ミーアは落ち着いてはきているが憮然とした表情が隠せないでいた。


「ははっ、さすがのミーアもお金に目が曇ったのかな? たぶん会頭のお父さんに話せば納得してくれるんじゃないかな」


「そうでしょうか?」


「ああ、この話を決めるのは帰ってからでもいいよ。うちのシスターズを一人つけるから会頭に話してごらん。シスターズが一緒なら護衛にもなるし、連絡もすぐにつくから。それでも会頭が仕切りたいというならそっちに任せるけど、たぶん断ると思うな」


「わかりました。父と話してみます」


サモンも意味深な言葉に渋々だがミーアは頷いた。


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