37 みんなで報告
シャニッサの競技場が完成したあとサモンはミリスと合流後、鋼の大森林へと帰ってきていた。
そして主だった者をギルドの会議室に集めて報告会をおこなった。
「やあ、みんな久しぶりだね。ミリスも余計なことまで頼んで悪かったね」
「いえ、帰り道でしたのでかまいませんよ」
「そうか。では俺から話すとするか」
サモンはニケに指示してホログラム資料を映し出させる。
「今のところ、 皆の協力もあってヴァンクローネ帝国・グラール聖王国の競技場の完成までこぎ着けた。礼を言わせてもらいたい。そしてサッカー協会のほうもスタートさせている。一応舞台は整えたってところだな、クリス」
部屋にはアレクサから帰還していたクリスもいた。
「はい、アレクサは意外と順調に進んでいますね。まあ、広告の効果に半信半疑でしたけど、じきに結果がみえると思ってます。あと勝敗札の件でしたが、マリオさんから活版印刷道具をもらって送っておきました」
席の端っこのほうに鎮座していた鍛冶師ギルドマスター のマリオに視線を向けて説明する。
「そうか、ありがとう。面倒事を押し付けてすまなかった。まあ、広告に関しては少し時間がかかるだろうな。こちらではチラシなどもやったからわりと認知されるは早かったけど。根気強く待つしかないね。勝敗札の偽造防止の件は理解できたのかな?」
サモンとしても偽造防止の細工は向こうが理解できるかが不明であったので念のため聞いてみる。ただシャニッサの時も思っていた以上に理解が早かったため不安は少なかった。
「ええ、その点に関しては興味も高かったようで熱心に聞いていましたし、大丈夫だと思いますよ」
「まあ、シャニッサの商業ギルドの奴がやはり熱心に聞いてきていたからな。直接関係する技術に関しては理解も早いんだろうな。ああ、そういえばシャニッサにも送っておかないとな。マリオ、こっちの分もいいかい?」
サモンはマリオに視線を向け、準備の確認をした。
マリオをは威勢よく回答する。
「おう、こっちは用意してあるぜ。いつでも持っていきな」
「じゃあ、あとで誰かに受け取りに行ってもらうよ」
「おうよ。それとついでにボールと靴の話を先にさせてもらうぜ」
「ああ」
マリオが立ち上がって説明をする。
「ボールはミリスが持ってきたラテックスのおかげで真円に近い球ができたぞ。最初は柔らかさの度合いなんかを調整するのに手子摺ったがなあ。まあ、あとは外皮の選定ぐらいだな。アジズなんかに試してもらって具合の良い皮を貼り付ければ完成だ」
型枠にはめて成形することはできたが、物によっては柔軟性や復元性に不具合があるなどしたため、成型時の熱処理加工などの調整に手間取ったようだった。
「そうか。ラテックスの調整は他にも応用が利くものだからじっくり試してみてくれ。それと量産するからコストのほうにも重点を置いてくれよ」
「覚えておくよ。それと靴に関してはこれまで靴の底を皮とラテックスを張り合わせたものにしてみた。これも今後いろいろ試さんといけないが、それでもこれまで以上に耐久性や履き心地が良いものができた。これはサッカーのためだけだけではなく、冒険者なんかにも気に入ってもらえることは確実だろうよ」
鍛冶師という者はコスト度外視で作るきらいがあるので注意しなければならない。
同規格の大量生産品を作ろうとすればドワーフには向かない。
おそらくボールの生産自体はドワーフ以外の者が担当し、製造機械の開発や改修をおこなうことになるだろう。
「う~ん、まあ、予想はしていたとはいえ、マリオがそこまで言うのなら提案した甲斐があったかな。ところで1か月後にはお披露目したいけれど、間に合うかな?」
「大丈夫だ」
「なら、よかった。ただアジズ達にも意見を聞くんだろ? そこらへんの調整はできるのかい?」
ボールは同一規格なので調整は必要ないが、靴については個人差があるためそれぞれのオリジナルだろう。
そのための意見聴取だ。
だがこれまで皮を何重にも張り合わせた靴よりもはるかに良い。
これまでのこの世界の靴は耐久性も乏しいし、濡れれば重くなる。
技術が進めば現代の長靴のようなものまで発展するかもしれない。
それにこの世界の靴の普及率は低い。
大森林では少ないが、他所では草を編んだ草履のようなものが多いのである。
そのためサモンは、靴の開発をマリオに提案していたのだった。
「ああ、ギルドの依頼で報酬も出るようにしてあるから奴らも嫌とは言わないだろ。むしろただでもやるっていうかもな」
この世界の靴が進化すれば最も益を得るのは冒険者だろう。
冒険といった過酷な状況下で脚への負担が少なければ、どれだけ助かった冒険者がいたか。
それを理解上でのケイバンの言葉だった。
「まあ、そうだろうな」
「俺のほうも一つ、嫌忌薬の研究についての報告だ」
「ああ、期待はできそうかい?」
「効果については確認できた。だが狭い範囲で短時間だった。だからこれをもっと生かせるよう時間が必要だとドラからの報告だ」
ドラからの報告では今のところ魔獣を殺すような効果はなく、匂いによる嫌忌効果であるということまで分かっていた。
ただし、その匂いは人種には嗅ぐことできない種類の匂いだそうなので、分析に時間がかかっているようだ。
「まあ、そうだろうな。村や街を包むほどの効果を発揮するには何か他の要素があるのかもな。そのあたりは何か気づかなかったかい、ミリス」
「はい、特にそれといったことには気づけませんでした。それとわかっていればもう少し注意を払っていたのですが」
ミリスが申し訳なさそうに言う。
「まあ、しょうがないさ。嫌忌薬が目的じゃなかったしね。ところで聖王国の教会の動きはどうだったの?」
そう、ミリスの目的は元々帝国や聖王国を周遊して情勢を探ることであった。
特に教会の内部が荒れている聖王国側の調査が目的であった。
「はい、我々との融和を望んでいる融和派が今のところ主流となっている様子でした。再度攻めようとする主戦派は少数になっており、中央から外れている状態でした。ただその中でも再び勇者召喚を企む者はさらに少数となっているようです。原因は召喚術をコントロールできるほどの術者が不足しているからだと思われます」
実際先の戦いで5人の勇者を召喚しているが、あっという間にサモン達が屠っているのだ。
その時に一緒に参戦していた術者20人も同様に屠っていた。
「そうか。それならひと安心だ。ただ術者が増えてくれば不安要素にもなるってところだな。今後も監視しておくとするか。ところで帝国のほうは安定しているの?」
「はい、帝国は皇帝が教皇も兼任しているので、大丈夫かと思います。かなりの支持を受けているようで内部派閥はあるものの組織体系はしっかりしており、充分にコントロールできている状態にあると思います。気がかりなのは自発的な性格の持ち主のようで、よくいえば積極的。悪く言えば”ボロ・ブラッグ(棘イノシシ)”のように思います」
「はは、たしかにあの皇帝ならそうかもしれないな。だけど今のところは良い方向に進んでいるわけだし、放置しとくか」
サモンは帝国に初めて話を持って行ったとき、すぐに皇帝自らが会いに来た。
その身軽さに驚いたことを思い出していた。
だが、あの分かりやすい人物に好感を持ったことは確かだった。
「それでよいと思います」
「ああ。それじゃ、今のところの報告はこんなところかな。今後のことなんだけど、1か月後に帝国と聖王国の協会も招いてここで協会の発足式を行う。そのときにはボールや靴なんかも渡したい。その時には第一回目の大陸協会会議を開いてルールの統一化やビギランサについての基準を話したいと思う。そこらへんの準備をアジズ達としておいてくれ、ケイバン」
ニケの投影する資料には発足式までのスケジュールが映し出されていた。
すでにルールの草案はあるので少し手を入れるだけでよいだろう。
ここでいうビギランサとは人種ごとの特異性を加味した制限を負ってもらうことだ。
チームには様々な人種が存在するため、身体能力的な格差をなくせるよう種族ごとに制限を加えるというものだ。
たとえばサモンと獣人では走る速さや蹴る力はとんでもなく差がある。
そのまま試合をすれば当然大量の得点差で負けることだろう。
そのため獣人は重りをつけるとか、シュートを打たないなどの制限をする必要があるのだ。
「ああ、ルールのほうはいいが、ビギランサについてはもう少し微調整する必要がありそうなので時間をくれと言っていた」
「ま、よろしく頼むよ。それが済めばいよいよだな」
サモンは別のことに思いを馳せた。
「経済圏っていうやつかね?」
「ああ、そうだ。だけどまだ弱いんだよな。だからそれに繋がるものを披露していく必要があるな」
サモンが新たなものへの言及をすると楽しそうにマリオとケイバンが追従する。
「へへ、それは楽しみだな。主の知識を知ることさえできれば俺達は文句ねえぜ」
「まあ、文句はないのは確かだが、人使いが荒すぎるからな。ほどほどにしてくれ」
「そうだな、大陸協会もできることだし、そっちに仕事を移そうか?」
いずれはと思っていたことをサモンはついでのように口に出してみた。
「ああ、そうしてくれ。俺もやりきれん」
「わかった。じゃあ、大陸協会長はケイバンに任せて、ミリスが冒険者ギルド部門の長でいいんじゃないか?」
これまでもケイバンが街の多くの部分の差配を担当してきたわけである。
別の管理者となっているのは鍛冶師ギルドや教育関係だけであった。
「「え?」」
その場の全員が首をひねる。
「いや、冒険者ギルド部門って、大陸協会の一部ってことになるんですか?」
「別にかまわないでしょ。やること同じなら」
組織体系が少し変わるだけだ。
サモンもいい加減一元管理したほうが、効率的に動けるのではないかと考えたからである。
「まあ、そうではあるがな」
「ああ、その中に他のギルドも入れて、それぞれ長を置けばケイバンも楽になるんじゃないの?」
「ああ、それはいいな。いや、そうしてくれ」
ケイバンも乗り気になってきた。
いや乗せられてきた。
「あと調査部門も作る。ここはミリスが兼任してくれ。メンバーはミリスの独断でいいよ。報酬は定額プラス歩合だ。仕事は俺かケイバンからの依頼になるがいいかい?」
「はい、それはかまいませんが、ぜひモデナ達”シスレィ”の参加を願いたいのですが」
「ああ、わかったよ。ぜひ参加してもらおう」
ミリスの要望にサモンはニヤついた顔で答えて、この日の報告会を終えた。
サモンの構想で調査部門は外交や各地の情報収集、魔獣の調査などの幅広い任務を想定していた。
したがって駆け出しの冒険者では到底務まらないため、最初から”シスレィ”の参加は想定内だった。
ニケ達”シスターズ”を使うことも考えたが、できるだけこの世界の者で動くほうが良いと思い、調査部門を欲していたのだ。
あくまでも”シスターズ”は守り手であり、支援者なのである。




