34 フランの木
ケイバンが相棒のことを思い出した次の日、ミリスはニヨンという村にいた。
ニヨン村はレン・シャファルからロレンティアに至る街道沿いの村である。
「この村もそれなりに活気があるわね。初めは心配したけど」
ミリスは訪れた村の入り口でつぶやいた。
遠くから村が見えたときにはその防衛体制の低さに不安を抱いたのである。
村は堀もない、低い木の壁で囲まれている様子だったので、あまりにも呆れたのだ。
これまで街道沿いにみてきた町や村は、堀と高い塀のセットがスタンダードであったからだ。
だが村に入れば青空市場もあり、そんな不安など感じさせないぐらいには人通りが多い。
ロレンティアとの貿易回廊となっているからだろう。
聞けばこの村が歴史的に大型の魔獣が来ないからだとのことだった。
確かに魔獣が増えやすい森が遠いということや、川などの自然防壁に囲まれているといった理由で魔獣の近づかない街や村はあった。
「 さて、まずはニックの実家を尋ねるか」
ミリスはレン・シャファルで出会ったニックによって探し物”フランの木”の在りかを得ることができた。
休むことなくニックの実家に向かう。
ニックの実家は聞いてあったのですぐに見つかり、ニックの母親と話をすることができた。
はじめ訝しんではいたが、ニックや”フランの木”のことを話すとその後は上機嫌で話してくれた。
そこでニックが言っていた”樹液を固めた玩具”について話した。
「ええ、この村の子どもがよく遊んでいますよ。子どもが生まれると”フラン”の球を作ることが仕事の一つになるのよ」
「この葉がそうでしょうか?」
そういってミリスは例の葉っぱを取り出して見せた。
「ええ、これは”フランの葉っぱ”ね。村ではこれを焼いて虫よけにもしているわよ」
「へえ、そうなんですか。虫もね~」
ミリスはそんな効能もあるのだと感心して頷く。
そしてふと思いついたことを口にした。
「そういえば、この街には魔獣が現れないって聞いたのですが本当なのですか?」
「ああ、それね。本当よ。小さいのはいるようだけれど、街のほうまでは来ないみたいよ」
「不思議な場所ですね」
「まあ、”エクルの森”自体に魔獣がいないからね」
森には普通魔獣や動物がそれなりにいるものである。
どんなに大きな街でも近くに森があればそれなりの備えはする。
この街の備えが低い木の壁だけというのはそれだけ魔獣への意識が低いということだ。
「はあ、聞いてはいましたが、やはりいないのですね」
「ええ、魔獣を見た者なんていないわよ」
「そうですか。本当だったのですね。なら安心して行けます」
魔獣ごとき冒険者であるミリスにとっては気にかけるものではない。
だが、いないのであればそのほうがいい。
いろいろ情報を得られたので、気になることもあるが先に目的を果たすことにする。
「”フランの木”がある森は近いのでしょうか? これから取りに行ってみたいのですが」
「ああ、すぐ近くよ。街から北に行けば”エクルの森”が見えるから、馬ならすぐよ。細い道もあるし」
「そうですか。ありがとう」
「あ、でも気をつけてね。樹液が体に着くとかぶれるから」
「はい、気をつけます」
ミリスは礼を言ってその場を去り、そのまま森に向かった。
ミリスは森に入って進むとすぐに母親に聞いた”フランの木”は見つかった。
”フランの木”はどれも高さが5mほどで途中には枝はなく、先端部で枝分かれして葉が茂っている奇妙な樹だった。
それはあまりにも母親に教えてもらったとおりの樹であったため、”なるほど”と思わず苦笑したほどだった。
特に危険もないようなので、早速サモンからの指示どおりに行う。
まずは幹に対して斜めに傷をつけ、しばらく待つ。
すると傷口から白い液が垂れてくる。
この液を素手で触らぬように注意は受けている。
したがって用意した入れ物へと注いでしばらく待った。
それが一杯になると別の容器を取り出す。
その容器を開けると強烈な匂いが立ち込めた。
ミリスはあらかじめ聞いていたので息を止めてたが、もし吸い込んでいたら咽ていただろう。
この中はお酢だと聞いていたので特に危険はないのだが、体に染みつくのではないかと心配になった。
そのお酢の中に集めた白い液を注ぎ込む。
注ぎながら棒でかき回していくとその棒に白い液が絡みつき、塊となってきた。
それを取り出し、お酢をしまう。
すぐさまもう一つの瓶を取り出してその塊を洗う。
そうしてやっと一息をつく。
「ふう、まだ匂いがするわ。馬が嫌がらなければいいけど」
ミリスは帰りの心配をする。
「でもまだ見たこともないものもあるものね。樹液からこんなものができるなんて。でも何に使うのかしらこんなもの」
そういって無様な形に固まった白い塊を懐にしまい、周りを見回す。
周りにはやはり”フランの木”が多い。
そして傷を持つ”フランの木”もあった。
住民が来て同じようにこの液を使って玩具にでもしているのだろう。
ただ入ったときにも感じたが、聞いたとおり魔獣の気配がほとんどない。
鳥は見かけるのだが、動物さえも気配は感じられなかった。
森といえば魔獣がいるので恐怖の代名詞でしかないが、この森は違うようだ。
そんなことを感じながらミリスは森を後にする。
帰りはさすがに馬が嫌がったので、匂いが消えるまで馬を引きながら歩いた。
そして途中ニックの実家に寄ってお礼を言って村を後にした。




