32 ドース流される
ドースは潤んだ目を拭うと今度は真剣な目をして話し出す。
「ああ、最近月の初めになると面倒見てた子どもがいなくなることがあったんだ。だからあんた達を疑ったんだけど……すまん」
ドースの話は先日保護した子どもの話とも符合する。
「まあ、それはいいが、何か証拠でもあるのか」
「2人ほど知っている孤児が連れていかれるところを見かけたらしい。その子は隠れて見ていたらしい。その後、俺たちが別の場所に匿っている」
後でわかったことだが一人はドルンの伝手で、”ブロムスター(花園)”で働いている女性の下にいたそうだ。
もう一人は他の伝手でパン屋の夫婦の下にいた。
「そうか、一応目撃者がいるってことか。街の警備の者には?」
「訴えたさ。だけど俺たちのことなんか……」
孤児達の言うことなんかに耳も貸そうともしない様子が容易に想像できた。
”もういい”とでもいうようにサモンは手を振る。
「そうか。訴えてはあるのか。まあ、その件は後でもいいだろ。で、その攫った者については当りがついているのか?」
「ああ、多分奴隷狩りじゃないかと思っている」
「奴隷狩りね。てことは奴隷商人か?」
このあたりまではサモンでも予想はつく。
実際サモン自身も奴隷商人を見たことはあるからだ。
だがわりと会った奴隷商人はまっとうだったように思えた。
ひどい扱いやケチのつく仕入れはしないように思っていた。
「まっとうに考えればそうだけれど、5年前のような戦でもなければこんな国境付近の街には来ないと思うがな」
「確かにわざわざここまで来ることはないか。他には?」
「あと思い当たるのは、王都近辺の変態貴族を相手にしている商人かもしれないな」
サモンは”ブロムスター(花園)”のララの話を思い出す。
「ああ、娼館で聞いたよ、そういう奴がいるって。まともじゃないな」
「貴族や金持ちの中には奴隷をいたぶって楽しむ悪趣味な奴がいるらしいからな」
「だが聖王国では許されるのかそういうことが?」
「まあ、おおっぴらに許されているわけじゃないけどな。基本的に奴隷は物と一緒なんだよ。だから自分のものをどう扱おうと文句は言えないだろ。それと一緒だ」
この世界の共通した認識の一つがこの奴隷の取り扱い方だ。
人ではなく”物”なのである。
サモン自身、奴隷という制度は嫌悪しているが、この世界でそのシステムが浸透している以上、すぐに失くさせたいとも思っていない。
奴隷が自立できるシステムがない以上、環境を激変させればさらなる悲劇となることが予想できるからだ。
だから今サモンは否定しない。
「そうか、お前はそれを認めるのか?」
「そういうわけじゃねえ。そういうわけじゃねえが、どうしようもねえだろ。何の力もねえ俺達には、匿うぐらいしか能はねえ」
ドースは悔しそうに机を叩く。
サモンはそんなドースを見つめる。
「なら、その子どもも寄越せ。大森林に連れていく。いいな」
「あ、ああ。そういうことなら助かる。連れていってやってくれ」
さっき”物”扱いの話をしたばかりなのに”寄越せ”ときた。
しかも大森林に連れていくなどと言い放つ。
ドースはサモンが怪しく思えてきた。
”こいつが奴隷商人なんじゃ”ないかと。
だが次の言葉はさらにドースを驚かせた。
「それとお前たちもだ」
「え、俺達もか? だけど俺達は……」
ドースにはサモンの言っている意味が分からなかった。
孤児だけでなく自分達までも。
自分達も連れていって何をするんだと言いたかった。
ひょっとして怪しい趣味でもあるのではないかとさえ疑った。
「勘違いするな。別にお前たちを保護しようというわけじゃない。この街に私塾を作る。
そのために大森林でお前たちを教師になるための知識を詰め込む」
怪しい奴を見る目で見られてあわててサモンは弁解した。
だがさらにそれはドースを混乱させた。
「俺たちにここで学校を作れってのか?」
「そういうことだ。資金面は援助してやる。建物も用意してやる。寝れるところもな。だからやれ」
「やれって言ったって……、その間にここに来た孤児たちを放っておけるわけがねえ」
自分達がいなくてはその間に街に入った孤児が餌食にされる。
それでは本末転倒だ。
だがサモンも対応策の当てはある。
「3か月だ。3か月の間に吸収して戻ってこい。その間はこちらで何とかする」
「3、3か月⁉ おいおい、そんなんで学べるのか?」
「それは知らん。お前たちの努力次第だろ? こっちは資金と場所を提供するんだ。死に物狂いでやってみろ。できなきゃこの街の孤児の居場所はなくなるぞ」
ドースは沈黙し、思考する。
今のままでも少なくとも何人かの孤児は匿える。
だが消えていく孤児も同数かそれ以上だろう。
別に自分達が背負う責任ではないが、それは同じ孤児だった者として悔しくもある。
だがこの街に学校を作り、孤児に学ばせることができれば、これまで見ることのできなかった未来を示すことができる。
そのチャンスを自分達が努力さえすれば与えると言っているのだ。
3か月は目の前の者が守ることを約束してくれた。
この3か月の猶予に賭けるだけの価値はある。
ダメならまた元に戻るだけだ。
なら乗るまでだ。
周りの少年たちも固唾を飲んで見守っている。
「そうだな。やってや……やらせてくれ」
深く頭を下げながらドースはそう言った。
周りの少年たちもなぜか一緒に頭を下げた。
それを見守っていたサモンはニケを手招きし、命令した。
「ニケ、ブルームのイーリスに大森林まで護衛の任務だ。詳細は後で送ればいい。人数もわからんからな。装備は最小だぞ」
別に言葉にしなくても伝わるが、行動を示さなければドースも疑うだろうと考え、サモンはニケに指示した。
ブルームは大森林の小隊名で、イーリスは小隊長名だ。
当然、ドースはこのやり取りを”何してんだこいつ”みたいな顔で見ていた。
そんなドースをよそに、サモンはドースに向き直って指示する。
「よし、お前たち明日までに荷造り済ませて明日の朝、砦の門の外に来い」
「は、はあ。ちょっと待て、いきなりすぎるだろ」
「俺の国には”善は急げ”という言葉がある。”良いことは早くしろ、そうしないと機会を逃すぞ”という意味だ。チャンスを逃したいか?」
「い、いや、仕事をしている奴もい、いるしなあ」
ドースはまたもや悩む。
せっかくありついた仕事もあるのだ。
親切に紹介してくれたところもある。
それを無下にしてどう詫びたらと思うのだ。
「かまわん、”やめる”と言ってこい。”友の命を救いに行く”とでも言えば納得するだろ」
いや、世間一般ではしない。
現代でもそんなことしたら社会人としてどうかと思われるだろう。
むしろドースのほうがまともな考えだった。
「いや、そんな簡単には……。迷惑もかけちまうし……」
「大丈夫だ。今のお前たちができる仕事なんぞいくらでも替えが効く。そんなお前らが今度は替えが効かない”仕事”を始めるんだ。文句は言わないさ」
「そ、そうか。……確かにな。別に俺らじゃなくても替わりはいるか。……わかった」
「そういうことだ。今度街に戻ればお前達にしかできないことをやるんだ。覚悟と自信を持て」
さしものドースも、有無を言わせぬサモンに押し切られる形となった。
そしてサモンはその他に2つ・3つドースに言葉を掛けた後、彼らの住処を後にした。
扉を出た後、住処では歓声が上がっていた。
その声を聞きながらオイゲン通りの出口まで差し掛かったとき、メルモと冒険者ギルドマスターのイオが待ち構えていた。
そういえば場所を伝えるのを忘れていたのをサモンは思い出した。
「いやあ、すまないね。場所を伝え忘れていたねえ」
「今さっき着いたばかりだ。これから探そうかと言っていたところだ」
そう言って歩きながら経緯をイオに伝えた。
「じゃあ、奴らまで大森林に連れていくのか?」
「ああ、だから街の孤児の保護を依頼したいんだ」
「おぉ、そうか。俺たちがしばらくの間奴らの替わりをしとけばいいんだな」
「ああ、保護したらエイワード商会に連れていってもらえばそのまま保護してもらえることになる」
おそらく了承は得られるだろうとサモンは踏んでいる。
これまでにも何人も保護してもらっているのだから問題はないはずだ。
それに商会にも利益はある。
「まあ、低級の冒険者には丁度良いか。わかった引き受けよう。請求はどうする?」
町中の探索ぐらいなら初級の冒険者に丁度良いはずである。
意外と人気の依頼になるかもしれないなと密かにイオは思った。
「表向きはエイワード商会が依頼するようになる。だから商会だな」
「なんだすでに商会と話してあったのか?」
「いや、これからその話をしに行くのさ。急遽決まったことだしな。それに商会のミーアがこの話を聞けばすぐに了承するはずだ。おそらく何らかの形で学校に噛ませろっていってくるはずだ」
「商会に何か旨味でもあるのか?」
「なあに確定ではないけど、優秀な人材がそこから出れば手を付けやすいからな。関係者であれば……」
すでにエイワード商会のミーアには大森林の者を派遣する約束をしてはいるが、自分達で育てられるならそれに越したことないだろ。
必ず認めるとサモンは確信している。
「おぉ、そうか。お前さんとこが絡む学校ならばそうだな。ならうちのギルドも……」
「そうだな、戦闘訓練でも学科として加えるか?」
「良い講師を派遣してくれれば、派遣料ぐらいは出すぞ」
「よし、決まりだ。引退した者にしか頼めんが、子ども相手なら丁度良い奴がいる。そいつに声を掛けておこう」
「気が早いな。3か月後だからな。3か月後」
そんな話をしながらイオとは別れ、サモンはエイワード商会のシャニッサ支店まで足を向けた。




