31 オイゲン通り
次の日の朝、サモンはモデナ達との朝食後に早速オイゲン通りに出かけた。
一応メルモを冒険者ギルドマスターのイオまで使いを頼み、一言伝言を頼んでおく。
街に繰り出し、すでにニケによって調査済みのオイゲン通りに向かう。
”ブロムスター(花園)”で働いているという少年の住処は特定済みである。
今のところその少年は住処を出ていないようだ。
まだ寝ているのだろう。
オイゲン通りは街の賑わいからは外れた裏通りであった。
ゴーストタウンではないが、現代でいえばシャッター街のようにサモンの目には映った。
青い空以外は景色が灰色のトーンで満たされている。
すえた匂いが立ち込め、むせ返りそうにもなる。
よくこんな環境で生活できるなと思いつつサモン達は歩を進めた。
モデナ達も戦場よりはましだとも思いつつ、さすがに鼻には布を当てていた。
目的の住処は少し奥まったところにあった。
入ろうとしたときに年少の12歳ぐらいの少年が出てきた。
少年は予期せぬ大人の集団に目を瞬かせて硬直する。
かまわずサモンが声を掛ける。
「よう、俺はサモンという。”ブロムスター(花園)”で働いている子に聞きたいことがあってきたんだ。呼んできてほしいんだが」
「……ドルンにぃだと思うんで見てきます」
”ブロムスター(花園)”の名を出したことですぐに少年は思い当たったようだ。
少年は首を縦に振りながらそう言うと奥に消えていく。
この辺りの建物は大概2階建ての長屋のようだ。
ここも同じ構造をしている。
その2階でドタバタとした音がしたと思ったら、複数人の少年が出てきた。
出てきたとたん年長者らしき少年が驚いた声を上げた。
「お前は昨日の……」
年長者の少年はそう言ってモデナを指さす。
その指はかすかに揺れて動揺しているのが見てわかるほどだ。
一方モデナのほうは眉一つ動かしていない。
サモンは一歩前に出て緊張感のない声で尋ねる。
「なんだ、ずいぶん大げさな歓迎だな。で、どいつがドルンだ?」
「な、なんで俺の名前を!」
サモンの問いに後ろで隠れていた少年が声をあげた。
サモンはその問いに”いや、さっき会った少年から”とは言わなかった。
代わりに一枚の金貨を投げて寄越した。
”ありがとよ”の言葉を添えて。
その金貨はドルンの体に当って地面に音を立てて落ちた。
「ドルンてめぇ!」
それを見て年長者が声を荒げ、周りの少年も一斉にドルンに侮蔑の目を向ける。
その刺さるような視線を受け、ドルンは涙目になり、震えながら言い訳を口にした。
「そんな奴しらねぇよ、ドースにぃ……今初めて見たよ」
「じゃあ、なんでここにいる。こいつらは昨日ロゼ達を連れて行った奴だぞ!」
「まあ、落ち着けよ。そいつの言っていることは本当だ。その金貨は俺からのワビだ」
「本当だと! ワビとはどういうことだ」
「勝手にそいつを使ってお前たちの住処を探し当てたってことへのな」
「どうやって?……ま、魔法でも使ったんだな。くそっ、きったねぇ。昨日の落とし前をつけようってのか」
「だから落ち着けって。今日は話をしに来ただけだ」
サモンはそう言って着ているマントを広げ、武器を持っていないことをアピールした。
ただ後ろにいるモデナ達は剣を携帯したままだが。
ドースから見れば先ほどからしゃべっている男はこの集団のリーダー格らしいがどう見てもモデナ達よりは数段格下のような感じがする。
いまいち信用が置けなかった。
だが用件が話らしいのは分かった。
モデナ達もこの男に任せているようであったので話ぐらいは聞くことにした。
「わかった。ここではなんだ。中に入ってくれ」
そう言って、さして広くない部屋のテーブル席にサモンだけ着く。
「わりぃな、狭くて」
「なに構わんよ」
「で、どんな話をすればいいんだ」
「まず、なんでロゼを連れて行こうとしたときに絡んできた?」
「俺たちは皆見たとおり孤児だ。協力してこの街で生きている。だから新しくこの街に移ってきた孤児を守っているんだ。ただ俺達孤児ってのは防衛本能というか人見知りなんだよ。だから無理に仲間に引き入れないんだ。あんたらみたいに金を持っているわけでもないし、物を与えることもできないからな。それなのにあんたらは何でもないように食物を与えて、エイワード商会に連れて行ってる。街の奴らはもとから気にかけちゃいねえのに。それにここのところ新しい孤児がいなくなっているんだ。いつの間にかによ。一人や二人じゃない。俺たちは攫われていると思っている。
これまでこの街に奴隷商人はあまり来ていなかったけど、ついに来たかって思ったさ。だからあんたらを見つけたときはやっと見つけたと思ったんだ」
途中、興奮した様子で話していたドースは、最後には落ち着きを取り戻したようだ。
一通り話し終えた後ドースは開き直ったように問いただしてくる。
「で、俺たちをどうするつもりだ。どこかに埋めるか売るか決めたか?」
ドースの目には覚悟を決めた者だけが見せる色が見えた。
何が何でも抵抗し、死んでもあきらめないというように思えた。
「おいおい、何か勘違いしているようだな。俺たちは冒険者であり、商人でもあり、スカウトでもある」
「すかうと?」
聞きなれない言葉にドースは気を削がれた。
「ああ、孤児を大森林に連れ帰って教育をするだけだよ。その後は自由だ。やりたいことをしていい。もう一度孤児に戻りたければかまわないし、冒険者になってもいい。まあ、今ならおそらくどこかの商人に雇われると思うがね」
サモンの言葉は真実である。
今なら商人からどこぞの街から引く手数多である。
「大森林って、あの”鋼の大森林”か? 教育って勉強ってことか。そんなことしてどうすんだ。俺達は孤児だぞ。そんなことして何になる」
ドースまで大森林の名を知っていることは好都合だ。
それに意外と他の者のように脅威を抱いていないようだった。
街の中の若い世代はそれほど悪いイメージを抱いていないらしい。
「別に理解してもらおうとは思わないよ。確かに俺にとっても特にも何にもならないしな。ただ俺がやりたいだけだよ。俺のエゴだよ。それに誰が損するわけじゃないだろ」
「それじゃ、噂に聞く”競技場”ってのもあんたか?」
「そうだよ」
「はっ、ばかじゃねえのか。そんなもん作って」
ドースのようなものまで知っているとは、思いのほか競技場の話も広まっているらしい。
残念なのはその感想が皆同じだということだ。
「ま、みんなそういうよ。だからこその教育、”勉強”が必要なんだよ」
「そんなものになにが関係あるんだよ」
ドースには競技場になんで勉強が絡んでくるのかがわからない。
物事の関係性が整理できていなければ経済の仕組みは理解できない。
「競技場は人が集まるところだ。別に競技場でなくてもいいんだがね。人の集まるところならば。で、人が集まる所には何が集まる?」
「……」
「金だ。皆金を持って移動するだろ。で、金が集まれば何が生まれる?」
「……」
「仕事だ。金を持って集まれば何かしら買ったり、取引をするからな。で、仕事をするには何が必要だ」
「金はあるんだしな……」
「人の手だ。売買には何かしら物の移動が必要だし、なにかしらの人の手がいる。つまりは働き手だ」
「ああ、なるほど。確かにそうだ」
一つひとつの事柄がドースの中で繋がった瞬間である。
「そう考えればこういうことになる。競技場は街の中にあるすべての仕事場とは別の仕事場が増えたことになる。簡単にいえば今まで100の仕事場だったところが150いや200になったようなものだ。ここまではわかるか?」
「ま、そうだな。街の外にできてるわけだし」
「ならばそこで働く人はどこから連れてくる? 街の人はすでに仕事があるよな」
「今の仕事を辞めて移るか、どこからか連れてくるか……そうか、俺達みたいな孤児か」
「まあ、孤児である必要はないのだがな。だが、孤児にも仕事のチャンスが増えるというわけだ」
「そ、そうか。俺達にも……」
これは街を一つの小さな経済圏、市場と捉え、競技場という新たな市場を増やしたという話だ。
ニケのシミュレートによると競技場で必要な雇用者は、街の労働者の3分の1程度に匹敵することになるだろう。
もちろんサッカー人気が盛り上げればの話だ。
「ただな、肝に銘じておけよ。今のままのお前たちで雇ってもらえると思うか?何も知識もない特技もない者を。まあ、万一雇ってもらえたとしよう。それでも与えられる仕事は日銭いくらかの仕事だぞ。そんなもので満足できるのか?」
「ああ、確かにな。場所が街であろうと、競技場であろうとな」
「だからこその勉強なんだよ。まあ、勉強することが目的じゃないんだけどな。重要なのは知識を得ること、技術を得ることが大事なんだ。そうすれば働く場所は別に競技場じゃなくてもいいしな」
割のいい仕事には競争もあるだろう。
そのときは雇用主だって能力のあるものを大抵は選ぶだろう。
とはいってもこの世界の大半は小売業だ。
大勢の従業員を雇うなど貴族か商人くらいの者である。
中小としてはギルドなんかがそうだろ。
これは今の街でも同じだ。
だが競技場ができればそこで働きたい者も増え、競争になるだろう。
だからこその勉強なのだということをサモンは説いた。
ドースはサモンの話をじっくり噛み締め、声を絞りだす。
「ん・・・・・、そうか。そうだな、わかったよ。じゃあ、孤児たちを連れていってやってくれ。大森林へ」
「ああ、約束する」
ドースは涙ぐんだ目をしていた。
表情も最初とは違って穏やかな顔となっていた。
サモンはその顔を見届けると最も聞きたかった本題を切り出した。
「そういえばさっき孤児が消えると言っていたが本当か?」




