29 ”シスレィ”の任務
競技場建設を開始してから2日、サモンは宿に籠りきりだった。
べつにだらけていたわけではないが、ニケと一緒に情報収集と作戦会議をしていただけだ。
ただそのうちの半分は寝ていたかもしれない。
冒険者パーティー”シスレィ”のモデナ達4人はサモンから指示を受けて街の中で人攫い、いやスカウトをしていた。
「ねえ、あなたは何歳なの?」
目の前にいる男女の子どもにチェシャが声を掛ける。
冒険者パーティのシスレィはモデナ、チェシャ、マリーゼ、メルモの女性4人組だが、子どもに声を掛ける役目は チェシャかマリーゼとなっていた。
メルモは頼りないためだが、モデナは怖がらせるからだ。
話していくうちにだんだんと子どもの顔が怯えていくのだ。
「……」
知らない人から声を掛けられてもほとんどの子どもは答えない。
境遇を考えればそうであろう。
じっと黙って声を掛けた者の目を覗き込むように見つめる。
これが力のない者の唯一の防衛策だ。
「お母さんかお父さんは?」
「……」
「おうちはあるの」
「……」
こうした子どもとのファーストコンタクトは無言のうちに進んでいく。
しかし次の質問でほとんどの子どもが反応を示す。
「おなかすいてる? パンでも食べる?」
チェシャが言葉を掛け、マリーゼがパンを取り出す。
パンは半分にちぎられ、二人の子どもの前に差し出される。
警戒はしていても目の前に差し出されれば警戒感は一気に揺らぐ。
子ども二人はお互いの顔をうかがい、さきに弟であろう男の子が手を差し出す。
それを見て姉であろう女の子が”コクッ”と頷く。
差し出されたパンはあっという間に食べられ、姉のほうは半分残して弟に渡す。
次はマリーゼが話しかけた。
「お名前は? なんて呼べばいいのかな?」
姉が”ロゼ”、弟は”パッツォ”と小さくつぶやいた。
「お母さんかお父さんは?」
「死んじゃった」
姉が答える。
弟は状況を分かっていないようだ。
「知り合いは?」
「……いない」
「おうちはあるの?」
「……ない」
ここまでは予想どおりなのである。
問題はここからであった。
子ども達に親や保護者の代わりとなる者がいないとなれば本人たちの意思だけだ。
マリーゼは優しく言葉を続ける。
「お腹一杯食べたい?」
”コクッコクッ ”
この質問に子ども達は大きく頷く。
マリーゼは最大の笑顔を作ってみせる。
「お姉さんたちのところに来る?」
”コクッコクッ ”
一丁上がりである。
ひょっとしたらこの世界でもこの手の商法が今後広まるかもしれない。
「じゃあ、いこうか」
そう言って冒険者パーティー”シスレィ”のモデナ達4人はこの場を去っていった。
彼女たちは、サモンから一応マニュアルというものを渡されていた。
居場所がなさそうな子どもがいたら声を掛けて、”マニュアルどおりに会話して当てはまる子どもがいたら攫ってこい”という指示だった。
子どもの意思を確認したらそのままミーアのエイワード商会に連れていく段取りとなっていた。
こうして保護という名の人攫いは昨日と今日で10人ほどとなっていた。
ただこの10人は単独の浮浪者だ。
おそらく成りたての浮浪者であるのだ。
というのも、長く居座っていれば餓死する者も少なくない。
またうまく生き延びたとしても街のチンピラグループに引き入れられてしまうことになるからだ。
だから昨日今日攫われた10人ほどの子どもは、それだけでも幸運だったかもしれない。
モデナ達4人がロゼとパッツォを連れてエイワード商会に向かっている途中、声を掛けられた。
声を掛けてきたのは12~15歳ぐらいの子どもの集団だった。
「おい、ロゼどこ行くんだよ!」
「……」
「黙ってちゃわかんねえだろ!」
「……」
見かねてモデナが割って入る。
「ねえ、君。君はこの子たちを知っているの?」
なぜかモデナは笑顔で言ったつもりだが、声を掛けてきた12歳ぐらいの少年は後退る。
それを見たマリーゼがモデナの耳元で囁く。
“モデナ、普通で。普通でいいですから”
そう言われたモデナは少しムッとしたが、すぐにいつもの表情に戻す。
「あ、あたりまえだろ。俺たちの仲間だ。どこに連れていくんだよ」
「仲間? 知り合いはいないと聞いているぞ。どこに住んでいるんだ」
「ど、どこにって……」
少年は勇気を振り絞って仲間を主張するが、矢継ぎ早なモデナの質問に再びどもる。
すると年長者らしき少年が前に出てきた。
「どこに住んでようがお前には関係ないだろ。俺たちの仲間をどこに連れていこってんだ」
”ふむ、話がかみ合わないな”
彼らはロゼ達を仲間と呼び、ロゼたちは”知り合いはいない”と言った。
そこでもう一度ロゼに確認を取る。
「ロゼ、彼らは君を仲間だと言っているが本当なのか?」
「……」
モデナは問いかけるがロゼは目をつぶり、顔をそむける。
今度は手をつないでいたチェシャが代わる。
「ねえ、あの子たちを知っているの? 知っているならあの子達のところに行く?」
チェシャがそう言うと、ロゼがチェシャの後ろに回り込み、足にしがみついた。
「行かない……」
ロゼは一言つぶやいただけだが、答えは明確だった。
これを聞いたモデナは年長者らしき少年に問いかける。
「仲間ではないようだぞ」
問われた少年は憤慨したように喚きだす。
「ふざけるんじゃねえぞ。誰が食い物を恵んでやったんだ。そんなことも忘れてこんな奴らについてくなんて」
少年は今にも殴りかかってきそうな勢いである。
周りの少年たちも目つきが変わってきていた。
力で奪う気配を見せている。
それを見てモデナも気持ちを切り替える。
「先に忠告しておく。押し通すつもりなら死ぬ気でこい。子どもだろうが全力で相手をしよう」
モデナはその言葉どおり構えて、剣に手を掛ける。
そして、モデナの指示がなくても他の3人も武器に手を掛ける。
このモデナ達の姿に先ほどまでまわりで騒めいていた住民が黙り、沈黙の間が訪れる。
子ども相手に大人気ないと人は言うかもしれない。
だが彼女たちは冒険者である以上常に自分が指針である。
他人からの無理強いなどハナからごめんなのだ。
それが子どもであっても。
そんなモデナ達の威圧を察したのか、子どもの集団は先ほどの勢いは消し飛び、一人が下がりだすと皆が一斉に逃げていった。
最後に残った年長者らしき少年も捨て台詞を残して去っていった。
「おぼえていろよ~」
”なぜ、こんなことを覚えていないといけないのか”
愚痴をこぼしながらモデナはロゼに歩み寄り、微笑みながら言葉を掛ける。
「今夜は腹いっぱい食べるぞ」
”コクッコクッ”
ロゼは涙ぐんだ目を開き、何度か頷く。
今度はチェシャやマリーゼも何も言わずに微笑むだけだった。




