28 砦前にて
ミリスが手掛かりにたどり着いた翌日の昼頃、サモンはシャニッサ砦の城門前にイオとともにいた。
当然モデナ達も一緒である。
「おい、これから始めるって聞いたから来てみたが、これだけの人数でか? 資材も何もないじゃないか」
そう、城門の前にはなにもない。
木々もまばらな林と鋼の大森林に続く道だけだ。
城門には商人やら旅人、冒険者が街に入ろうと列を作っていたが、それ以外には何も見当たらない。
「ああ、まだ目立つから見えないようにしているのさ」
サモンの言葉にイオは首をひねる。
「見えないようにって、何か魔法でも使っているのか?」
「まあ、召喚魔法みたいなものかな」
「召喚魔法? そんな気配は感じられないが」
イオは辺りを見渡す。
そんなイオの姿を見て、カラクリを知っているモデナ達は傍で苦笑している。
「じゃあ、そろそろ姿を見せていいよ。ニケ」
サモンはニケに声を掛ける。
すると一瞬で周りを取り囲むように全身をマントに身を包んだ4名の姿が現れた。
すぐそばで待機し、アニソトロフィ・シールドによって不可視状態でいたのだ。
アニソトロフィ・シールドを知らない人にとっては魔法に見えるのかもしれない。
フードから見える顔は、色は違うがどれもニケと同じ顔である。
もちろんこの4名はヴァンクローネ帝国でも関わったタルサ達である。
「お、おい!」
武器は持ってはいないが腰を落としてイオが身構える。
敵ではないのは分かってはいるが、つい反応してしまうのだろう。
「はは、悪かったね。彼女達が建設してくれるスタッフだよ。ニケと同じ姿をしているから堂々とはしないほうがいいだろ? では予定どおり建設を始めてくれ」
「了解。任務開始します」
ニケがそう応えるとタルサ達4人の姿が再びかき消えた。
そのまま2分ほど黙ったまま皆砦前に佇んでいたが、さすがにイオが耐えられなくなったのか尋ねてきた。
「なあ、このままここにいるのか?」
さすがにこのまま呆けているわけにもいかんだろと思いつつ尋ねたのだが。
「まあ、まあ。あと少し待ってくれ。何しろこのままでは危ないだろ」
「はぁ?」
そう姿は見えないのはいいのだが、何しろここは人通りも多い砦前。
見えないままで工事をしていれば何かにぶつかるかもしれない。
タルサ達が細心の注意を払っていても事故は起こるときには起こるのだ。
なので先に防護シートで囲って目隠ししてから始めることにしていたのだ。
そしてさらに2分もしないうちにニケが告げた。
「指令、防護シート設置完了です」
「そうか。では可視化してくれ。これでぶつかる奴はいないだろ」
「了解、可視化します。その後は予定どおり進めますか?」
「ああ、予定どおりでいい」
「了解、予定どおり進めます」
ニケが言い終わると直後に目の前に何かが現れだした。
白い壁のようなものがだんだんと姿を現わす。
どうやらサモンがニケに驚かさないよう、ゆっくりとアニソトロフィ・シールドを解除するように指示したようだ。
さらに姿がはっきりとするとイオは息をのんだ。
高さ5mほどの白い壁が左右にわたって彼方まで続いているように見えた。
予定では400m四方であったので仕方がない。
「ちょっとまて! こんなものさっきまでなかったよな?」
イオはサモンだけでなくモデナ達にも確かめながらこぼす。
イオのいうとおりだ。
だがいつものことなのでモデナ達は驚くこともない。
イオの反応を楽しんでいるほどである。
「まあ、姿を消しながら作業していただけだよ」
「いや、それでも早すぎるだろ。どうやったらこんな短時間でこんな壁みたいなものを!」
「まあ、これが大森林の普通だから」
イオにとっては到底納得のいかない回答であったが、モデナ達は頷いて同意していた。
「くそっ、わかったよ!わかった。なんでぼろ負けしたのか。これほどの差があるのか大森林とは」
「まあ、なんだ。よくわからないが理解してもらえたようだな。よかった」
ノアは開き直り、サモンは半笑いだ。
「さてあとは1週間ほどで建設は終了するよ」
「まあ、そうなんだろうな。お前さんがそう言うなら」
「俺が作るんじゃなくニケ達が頑張ってくれているんだけどね」
「そうかもしれんが、提案者はお前さんだし、彼女達の長だしな」
「ま、好きなように思ってくれていいよ。……」
サモンがそう言って街の中に戻ろうとしたときに城門のほうから声がした。
”イオギルド長!”
城門から現れたのはシュナイト第一皇子であった。
後ろにはぞろぞろと伴の者も引き連れていた。
「ギルドに使いの者を出したらここだと聞いてな」
来てみたら、兵たちが外にいきなり白い囲いができたと騒いでいたので、兵が止めるのも聞かずに出てきてしまったようだ。
「王子、こんなところまで足をお運びにならずとも」
「いや、せっかくだ。サモン殿の話を確かめたくてな。それにしてもすごいな。聞いた話ではいつの間にか囲いができていたというではないか」
「一体どんな魔法なんだい?」
「そうだなあ、たとえばこう思ってもらえればいいんだけれど。俺が召喚士で無数の召喚獣を呼び出せたとしよう。その召喚獣に一つひとつ部品を持たせて組み上げれば一瞬で終わるだろ。それと同じことをしただけだよ」
実際にはタルサ達4人でここまでしたのだが、そのほうがわかりやすいだろうと考えてそう説明した。
これ以降はこの中で100名近くの姉妹達が活動するのだが。
そしてそれはもう始まっている。
中でアニソトロフィ・シールドを展開させて外部と遮断しているため音もせず姿も見えない。
「なんと無数の召喚獣。なるほど確かに大勢でやればそれだけ時間も短縮するというわけか。やはり鋼の大森林の力は我らの及ぶところではないのだなあ」
サモンはこの王子の素直さに感心する。
「まあ、1週間後には完成するから楽しみにしててよ」
「これだけのことが成せるのであれば完成したものは、さらに驚かせてくれるに違いないだろう。心より感謝する」
たしかに防護シートで囲っただけだが、短時間でこれを成せる者はいるのだろうか。
イオや王子の反応を見るかぎりおそらくいないのであろう。
ならば競技場ができればさらに驚いてくれるに違いない。
サモンはそんな風に思うのであった。




