27 密談と相談
サモンが第一皇子との会談をしていた頃、聖王国のオブトレファー西方教会レン・シャファル支部の一室で二人の男が向き合っていた。
「バルトロ 司教、今日あたりシュナイト第一皇子が鋼の大森林と会ってる頃ですな」
「ふん、そのようだな。今さらノコノコと巣穴から出てきおって」
問われたバルトロは苦虫をつぶしたように歪めて吐き捨てる。
バルトロ と呼ばれた男はバルトロ・ラニエリ。
聖王国のオブトレファー西方教会レン・シャファル司教区長を務める司教だ。
法衣を着ていなければ聖職者には見えないほど太った体形をしていた。
声を掛けたもう一人はハインツ ・ベート。
同司教区の司祭の一人だ。
こちらは細身だが、オデコの広がりが気になるトカゲのような顔つきだ。
「そうですな。聖王も簡単に尻尾を振っているようですが」
「そのようだな。よもや二度の恨みを忘れたわけではあるまいて」
バルトロの言う恨みとは、5年前の二度にわたる鋼の大森林との戦における大敗である。
教会所属の騎士団も多く派遣されており、勇者の召喚と派遣も行ったのがバルトロの所属する改革派であった。
革新派は規律を重んじるが、資本主義的営利活動を肯定しており、積極的に世に出て金を集めろ派。
虎の子の勇者まであっさりと葬られたため、教会の威信喪失の責任を取らされ、二人の大司教は罷免となり、他は出世街道から外されている。
バルトロもその一人であった。
「まことに由々しき事態ですな。しかしこれはまたとない機会かもしれませんな」
「ふむ。聖王も床に伏しておるしの。首輪はついておるかの?」
別に自分の趣味の話ではない。
バルトロは失墜した革新派の再起のために貴族や商人との関係を深めているところであった。
それによってお金や弱みを掴むことで浮上機会の創出を狙っていた。
「はい、しっかりと」
「そろそろ動かしても良い頃合いではないかの?」
「は、ではヘクターのほうに動いてもらうことにしましょう」
「ふむ、賢人会議には悟られぬようにな」
オブトレファー西方教会には教皇を頭としたピラミッド型の支配構造が存在する。
人事は最終的には教皇のほか枢機卿や大司教からなる13人の賢人会議にて決定される。
また運営などの方針も決定権を有しているため絶大な権力を持ち、以前は聖王に並ぶと称されていた。
革新派は以前の失敗のためこの会議には誰も出席できていないため権力からは遠ざかっているままなのであった。
「もちろんでございます。アル・カールのアルド司教のほうは?」
「そうだな。伝えておいたほうが良いだろう」
「はい、そのようにいたします。それでは」
そう言ってハインツ司祭はドアの向こうへと消えていった。
「東方のほうはアルドが抑えられようが、うまく第2皇子を抱き込んでくれればいいが」
残されたバルトロがつぶやく。
おもむろにそのよく肥えた尻を高級な椅子に押し込み、机に向かって筆を取り出した。
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そしてまた同じ頃、聖王国レンシャファルの一角にある商会”オニキス商会”に一人の冒険者が訪ねてきた。
たまたま受付付近にいた商品管理担当のニック ・リンリーが目に留まり声を掛ける。
「会頭のロロ・オニキスさんを訪ねてきたのだが、ここでよいのだろうか」
「ええ、会頭に何か御用でしょうか。ところでどちら様でしょうか」
そうニックは言いつつ冒険者を見定めた後、少し驚いた表情を見せた。
言葉づかいから男の冒険者かと思っていたのだが、よくよく見ると女だったのである。
全身黒い防具を着こみ、女の冒険者に多いスカートではなかったためだがそれだけではない。
あきらかにその纏っている雰囲気がベテラン冒険者のものだったからだ。
「ああ、すまない。スティール商会から使いできたミリスという」
「ス、スティール商会?鋼の?」
「ああ」
「これは失礼しました。いつもお取引ありがとうございます。会頭はおりますので、少々お待ちください」
ニックは慌てて受付に一言告げて店の奥に消えていく。
すぐさま受付にいた店員らしき女がやってきて、近くにあったテーブル席に案内する。
3分ほどすると慌てた様子で身なりの良い男がやって来た。
男の姿が見えたので、ミリスは立ち上がる。
「お待たせしました。会頭のロロと申します。いつもお取引ありがとうございます。」
「いえ、こちらが約束もなく来ただけですのでお気にせず。ケイバンの代理で来ましたミリスという」
ロロ会頭が、突然やって来た冒険者に低姿勢で応じる。
周りの者は不思議そうに傍観していた。
「いや、スティール商会の方がここまでいらしたなんて初めてのことですので。何か不手際でもございましたかな?」
ロロは不安な様子を隠すように無理やり笑顔を作ってみせる。
なにせ鋼の大森林からは質の良い品物、特に布や武具を仕入れさせてもらっている。
こちらからも多くの食料や素材を買ってもらっているが、鋼の大森林の品物には顧客が多いのだ。
スティール商会のご機嫌を損ねれば、大きく損をするのはオニキス商会のほうであった。
「いえ、ちょっと尋ねたいことがあって寄らせてもらったがよろしいか?」
「ええ、結構ですよ。こちらでわかることなら喜んでお答えしますよ」
「そうか、ありがたい。実はあるものを探しているのだが、商会ということもあり、見識も広いこちらであるならと思って伺ったのだがどうだろうか?」
そう言ってミリスは懐から数枚の葉っぱを差し出す。
その葉っぱは干からびてて掌と同じくらいの大きさで、やや黄色がかっていた。
ロロは差し出された葉っぱを摘まみ上げてじっくりと見てみる。
確かに特徴はあるがまったく覚えがない。
すると遠くから二人を盗み見していた先ほどのニックが寄ってきた。
「お話し中すいません。つい目に入ってしまったもので」
ニックは会話に乱入したこと詫びつつ葉っぱを指さす。
「これって”フラン”の葉っぱに似ているんですけど。これをお探しなんでしょうか?」
ミリスとロロ、二人はニックに視線を移す。
「ああ、そうだ。知っているのか?」
「ニック、知っているのか?」
ミリスとロロ、二人は同時に声を上げた。
「はい、正式な名前まで知りませんが、私達は”フランの木”と呼んでました。子どもの頃、私の実家のほうでこの木の樹液を固めて遊んでいましたから」
ニックは自慢げに自信を持って答えた。
そしてレン・シャファルからヴァンクローネ帝国領のロレンティアに至る街道沿いにある村、そこが自分の実家であり、ニヨンという村だということを話した。
そこにはこの”フランの木”が多く茂っているのだという。
それを聞いたミリスは安堵したように大きなため息と言葉をこぼした。
「まさかこんなに早く見つかるとはな」




