26 苦慮するケイバン
その日ケイバンは冒険者ギルドの部屋の一角で手紙を読んでいた。
執務室には他に誰もいないが、かすかに受付ロビーの喧騒が聞こえる。
読み終えた手紙を机の上に置き、目頭を押さえて大きな息をつく。
「ふぅ~、なんとかアレクサのほうは軌道に乗りそうだな」
そういって手紙を机の引き出しにしまい込む。
手紙はアレクサに行ったクリスからのものだった。
協会の運営などの指導に当たってもらったのだが、おおむね順調な様子を報告してきている。まだ競技場に入るお店などの選定や内装をしていくそうだが、およそ1か月後には落成式や完成祝賀会を予定しているとのことだった。
”特にクリスも慣れない仕事なのによくやってくれる。我が息子ながら冒険者よりも(官吏や為政者に)向いているのかもしれないな。これで聖王国も話が進めばいよいよスタートラインに立てるな”
などとケイバンは思いながら他にたまった書類に手を掛けたところだった。
下のほうから駆け上がってくる足音と共に受付室長シモーヌの声がした。
”待ってくださ~い!アジズさ~ん”
そしてすぐにノックもなしドアが開け放たれる。
「ケイバンよ!い、いつからなんだ!いつできる」
開口一番にアジズが尋ねる。
「まあ、待て。落ち着け、アジズ」
”なにも慌ててくることもなかろうに”と呆れた顔をしたケイバンがアジズを諭す。
アジズは”オブセグラ(無敗の剛腕)”のリーダーでもあり、アレクサのサッカーチーム”レッドオライオン(熱い星)”のリーダーでもあった。
ちなみにこの”オライオン”は地球でいう”オリオン”ではない。
偶然だがここから見上げる星の中に真っ赤な星がそう呼ばれているだけのことである。
「これが落ち着いていられるか。さっきアレクサから来た知り合いが競技場らしきものがアレクサにできたって」
「まあ、そうだな。お前たちが”造れ造れ”とうるさいもんだから、うちの主が造りに行ったよ。俺も付き合わされた」
「おお、サモン殿が動いてくれたか。ようし、これで向こうでもできるじゃないか」
「おいおい、気を急くな。まだ向こうは準備中だあと1か月くらい掛かるようだぞ。今その準備でクリスも行ってる」
「おぉ、クリスも行っとるのか。なら俺も……」
「おい、お前が行って何になる。それよりもイナウロ渓谷の探査に向かったんじゃないのか」
「いや、途中で知り合いの商人にあってアレクサの件を聞いたもんだからよ。引き返してきた」
ケイバンは頭を抱える。
冒険者の中にはサッカーに夢中で依頼を疎かにする冒険者がたまにいる。
一つのことに周りが見えなくなるタイプは冒険者に多いが、アジズは特にその傾向が強い。
「アジズよ、分かっているだろうな。違約金の発生条件に触れるぞ」
「そんなことは承知だ。それよりもアレクサで試合をするほうが先だ」
まあ、おおかたこの流れになるだろうとケイバンも読んではいたが、実際に罰金を科したところでアジズの勢いは止まらないだろう。
「サモンに誓ったんじゃないのか。依頼もちゃんとこなすと」
「そ、それはそうだが実際俺たちが使ってみて使う側の意見がないと……」
「なら、サモンに直接言え。まあ、次の日競技場が跡形もなく吹き飛ばされていなきゃいいがな」
これはもう完全な脅しである。
当然、冷静に考えればただの脅しではあるが。
「わかった、わかった。探査の依頼はちゃんと完遂させる。だからそれが済んだら向こうに寄らせてくれ」
「まあ、それならかまわん」
「よし、すぐに終わらせてくる」
アレクサに行けるとなればアジズも上機嫌である。
すぐに部屋を出ていこうとする。
「待て。他のメンバーも行くのか?”フィランド(夜明けの祝杯)”のエーリャン・ヴェーレや”イジーネ(金色の守り手)”のペル ・レイグラーフは?」
急ぎ戻ろうとするアジズを止め、他のメンバーの動向を問いただす。
アレクサのサッカーチームはアジズの”オブセグラ(無敗の剛腕)”のほか、”フィランド(夜明けの祝杯)””イジーネ(金色の守り手)””レアホリグ(赤毛の獣)”のメンバーから構成されていた。
B級の”オブセグラ(無敗の剛腕)”と”フィランド(夜明けの祝杯)”以外はC級である。
別にこれらのパーティーがアレクサに移動することはかまわないが、依頼の進捗状況を確認してからでないと困る。
「”イジーネ(金色の守り手)”は知らんが、”フィランド(夜明けの祝杯)”はパルーザに討伐だ。”レアホリグ(赤毛の獣)”は素材調達に出ていると聞いたぞ」
「そうか、下で確認しとくとしよう。絶対に放り出すことはないようにな」
「ああ、わかったよ」
そう言ってアジズは出ていった。
パルーザはエスタの森近くの村である。
詳細は後で確認しないとわからないが、おそらくはぐれ”ボロ・ブラッグ(棘イノシシ)”の討伐依頼だろう。
この季節は繁殖前の栄養補給のために里まで下りてくる奴が多い。
小遣い稼ぎには丁度良い。
「さて言った手前確認しないとな。ついでにロレッタばあさんの所でも行っておいたほうがいいだろう」
ついでのように独り言を言ってケイバンも立ち上がり、部屋を後にした。




