24 説明会
そろそろ地名も増えてきたので地図も最後に加えました。
タルサ達が競技場の建設を始めて1週間後、朝早いうちからアレクサの街は大騒ぎとなっていた。
街の外壁部北西側に広い公園のようなものと大きな建物が突如出現したのだから当然である。
一応事前に領主やギルドのほうから知らせはあったが、ここまで大きくて広いものであるとは誰もが思っていなかったからである。
多くの住民が見物に行き、建物の周りは大賑わいであった。
建物には一般の住民は近寄ることができないよう所々兵士に阻まれていた。
見るかぎり建物の外観は街の建物とは一線を画し、その素材は見当もつかないほど硬いものであった。
その建物の中では……
クリスがシュネーやポラール・リヒト伯爵を含む他10名ほどのオッサンどもを率いて説明していた。
「というわけで、あの長方形に白い線で囲まれた部分、あの中でサッカーをするということになります。そして観客はその外側の壁から上の斜面の部分で見てもらうようになります」
壁から上の斜面は緩い斜度になっていて、芝生が敷き詰められていて座りやすそうだ。
あれから3日後くらいに、一度クリスは協会役員との顔合わせをしていた。
そのときは運営方法を巡って協会役員内で揉めてはいたが、領主ポラール・リヒト伯爵の仲裁もあってか事なきを得た。
クリスは当然大森林側の者であるので、あくまでもオブザーバーでしかないことを強調して大森林側の運営方法を語るだけにとどまる。
結果、運営はあくまで協会員の一人が一票を持つ合議制となり、協会長は国から出向してきたナベンザ領主アルフォンソ・カルヴォ公爵の三女、イングリッド嬢となることが決まった。
オッサンどもの中から公爵令嬢イングリッドが質問する。
「まわりの線を引いたものは何でしょうか?」
「あれは駆けっこをするところだそうです。まあ、走って順位を競い合う場所です。べつに他の用途に使っても構いませんよ」
「駆けっこ?」
別のオッサンも続けざまに質問する。
「たしか大森林では、住民同士でそういう”走ったり・投げたり・飛んだり”を競って遊ぶ”スポーツ”があると聞くが、そういうものか?」
大森林の事情を知っているということは、おそらく商人なのであろう。
「ええ、よくご存じですね。そういういわゆる遊びや余興のようなものです。なのでせっかく大きな競技場を作ったので、サッカーだけではなくほかの”スポーツ”もできるようにしてあります」
「わかった。ではこちらで自由に利用させてもらってもいいんだな?」
「もちろんかまいませんよ。この施設はあなた方のものですから」
それを聞いたオッサンどもは満面の笑みを浮かべる。
そしてまた別のオッサンが質問する。
「大森林ではどのような利用をしているのですかな?」
「こちらではサッカーの試合が主ですが、それ以外はさっき言ったような”走ったり””投げたり”の他、冒険者の訓練に使用されていますね。あと大がかりな市場なんかのイベントもしているみたいですよ。ただし、魔法の使用は禁止された方がいいかと思いますよ。せっかくの施設を吹き飛ばされたら困りますからね。」
鋼の大森林ではサッカーの試合の他、市場や演奏会なるものが開かれる。
競技場自体は住民ならばいつでも使え、運動している者や訓練している冒険者など自由に利用していた。
月の予定表は入り口前に張り出されており、そこで確認できるので特に予約もいらない。
たまに急遽予定が入ることもあるが、それ以外は出入りが自由となっている。
そんなことをクリスは説明する。
「ほう、そんな使い方もあるのか」
「はい。こちらは防衛拠点も兼ねるようなので、駐在する兵士の方が警備係にもなるんじゃないでしょうか。なので同様に出入りは自由で問題ないかと思いますよ」
「そうだな。そうなると、いろいろ使い道が増えるなあ」
「まあ、その代わり使い方のスケジュールはしっかりと組んでいく必要がありますよ」
「ふむ。そこは我々が管理していかないといけない部分ではあるなあ」
シュネーが神妙な顔つきでこぼした。
一行はそのあともクリスから施設の説明を聞き、管理棟内協会本部に移動した。
できたばかりで、むき出しの石のような質感に覆われた廊下を一行は歩く。
その石のような質感によるものだろうか少しひんやりとしていた。
通された部屋に入ると10m四方ほどの広さがあった。
窓からは競技場内も見渡せる眺めの良い部屋だ。
そこには大きな長方形のテーブルがあり、椅子も14脚ほどあった。
両端にそれぞれクリスとイングリッドが座り、他も開いた椅子に座る。
全員席に着いたところでクリスが口を開く。
「さて、私からの主な施設の説明は終わりました。いよいよこの後はみなさんで運営していくことになります。ですのでここからは皆さんで試行錯誤を重ねて運営をしていってください。もちろん当面の助力は惜しみません。ときおりサモンさんも来ると言ってましたし、連絡をもらえれば私も寄りますので」
これを受けて協会長であるイングリッドが礼を述べた。
「このような立派な施設を提供してもらえたことに感謝は絶えません。帝国一同を代表してお礼を申し上げます。これを機会に両国が長きにわたって共に進んでいけることを願っています」
イングリッドは言葉と同時に頭を下げる。
それと同時に皆一斉にクリスのほうへと向き、軽くだが頭を下げた。
クリスは少し驚いた表情で頭を上げることをお願いした。
そしてクリスが改まって皆を見渡して言葉を掛ける。
「少しこちらからもお願いがあるんです。まあ、お願いというか訂正というか」
代表してシュネーが聞き返す。
「何か、まずいことでもありましたかな」
「あ、いえ。イングリッドさんが今言われた”両国”という言葉なんですけど」
「はあ、それがまずいですかな」
「え~と、なんというか。こちらの主、サモンが聞けばおそらく否定すると思いますよ」
今度は意外な言葉にイングリッドが聞き返す。
「え、それはどういう……」
「サモンさんは……。いえ、大森林は国の形態をとっていないというか……国の自覚がないというか」
「国ではないと?」
確かに鋼の大森林が国を名乗ったことはない。
「まあ、そういうことです。なのでサモン王とか呼ぶと嫌がります」
「えぇ~。いったいどういう……」
「サモンさん的には大森林に住む集落の人達とはご近所の仲?みたいな関係だと思いますよ」
「ご、ご近所といってもあれだけ大きな街を作り上げ、帝国の軍隊をもってしても近寄れないほどの武力を持っているのですよ。」
そうである。むしろコテンパンにやられているのは帝国や聖王国であった。
それほどの武力を有して狭くない広さの土地を占有しているのだ。
そんな物騒なご近所はいない。
「まあ、そうですね。でも今は大きな街でも、最初はサモンさんとニケさんだけですから。その後僕らが勝手に隣に家を建てただけなので、ご近所といわれてしまえばそうかなあと思いません?」
帝国や聖王国からしてみれば馬鹿な話である。
そもそも領土内、敷地内に勝手に家を建てられたも同然である。
「では、大森林に住むものは誰にも支配はされていないと?」
協会役員の一人が声を上げる。
「おおまかにいえばそうなりますね。ただ集落ごとに長がいますし、その他の区画などは冒険者ギルドマスターである父が統括してます。だから街の意思決定権を持つのはその長たちの集まりである評議会になります。なので住民からは税金も取っていないですし」
「え、えっ~!税金を取っていないですと!」
さらに驚きの声が加わる。
確かに税金といえるものは決めていない。
共同で使うもの、管理するものについては皆でお金を出し合う形式が多い。
集落によっては共益費など取ってそこにプールし、必要時にそこから出すといった自治会費みたいなものもあった。
「まあ、共通して使うガスや水道はお金を徴収していますが」
正直言ってサモンはお金を必要としないので初めは断った。
しかし、ケイバンや集落の長達が無頓着になって節操がなくなるとのことでサモンも徴収することに同意した。
ただ徴収したお金はサモンがわずかばかりを受け取り、あとは集落に預けている。
「施設とかの保全もあるのじゃろう?」
「そこらへんはサモンさんに言えばやってくれてます」
道路や防壁などの施設はサモンに連絡すれば無償でニケ達が対応していた。
材料でさえニケ達がどこからか手に入れてきていたので無償のようだ。
そのカラクリはクリスの知るところではない。
「無税ならわしも住みたいのう」
魔術師ギルドの協会役員がうらやましそうに言う。
しかし、今は大森林の防壁内一杯まで利用区画が広がり、これ以上の定住者の受け入れは面積的に難しいのが現実だ。
まあ、恐らくサモンに言えばタワマンでも作りそうだが。
そういった事情を踏まえつつクリスは応えた。
「よほどのことがないかぎりもう住民区画は拡大できないそうです」
大森林に住んでいる者としても常識の範疇ではそう答えるだろう。
「とはいえ帝国も蹴散らし、聖王国さえも蹴散らしとる。それで国も主張しなければ自治領でもない。一体何と呼べば?」
イングリッドもさらに深堀したいところではあったが、元の話題に戻す。
一番近いものは自治領であろうが、そうするとどちらの国に属するということになるのだろう
さすがに今後、このままであればサモンへの対応に苦慮してしまう。
代表ということとなれば接する機会も多くなる。
そのためにははっきりしておかなければならないことであった。
「サモンさん曰く”国と呼びたければ呼んでもいいが俺は知らん。王になんぞならん”とうちの父に話したそうです。父も粘ったらしいですが、かたくなに拒んだそうです。なので便宜上”主”だけは納得してもらったようです。あの人はそういう変に頑ななところがあるんですよ。」
たかだか敬称をつけるかどうかだけなのに、ケイバンの苦労が偲ばれる。
クリスは目を伏せてつくづくそう思う。
「いったい何をお望みなのかしら。サモン様、いえ、サモンさんは?」
「私も聞いたことがありますが、できることをしているだけだそうです」
”できることが多すぎでは?”との反論もしたくなるが、要は基準が多少異なるだけだとイングリッドは思うことにした。
「そうですか、鋼の大森林の主ということを了承してもらえているということは幸いです。では私たちも敷地が隣接するご近所という認識でよろしいのでしょうか?まあ、我々はというか、国という立場で考えれば鋼の大森林は国という括りになると思いますが」
「まあ、そこらへんはご自由に考えていただければよろしいと思いますよ。ただ……」
クリスが言い淀む。
クリスとしても表現し難いものなのであろう。
「ただ?」
「国同士の付き合いを望むのならご遠慮ください。めんどくさがりなのでサモンさんはへそを曲げますよ。もし付き合うのであれば、飾り下なく気軽にしてもらえるとわりと応えてくれますよ。あの人は。だから街の人は皆”様”付けしませんし」
その言葉に誰もが驚く。
帝国や聖王国をものともしない力を発揮し、あれだけの街を成した人物に。
そう実際に大森林の誰もがサモンを”サモン様”と呼ぶ者はおらず、普段軽く会釈はするが首を垂れるものもいない。
結果、これが誰が主なのか知られていない理由だが、クリスは集落の長が集まる会議の時のサモン言葉を思い出す。
”俺はできることをしているだけだよ。皆が”子どもと遊んでやる””水を汲みに行く””畑を耕す”、そんなことにいちいち頭を下げる必要あるかい?そこまで必要ないよね。人はそれぞれできることが限られるんだ。本当に心から感謝をしたときにすればいいんだよ”
「”サモン様”とお呼びしないのですか。……気軽にですか……」
しばし困惑した表情であったが、イングリッドは決心したように口を開く。
「ではわたくしたちもお会いするときには、”サモンさん”とお呼びすることにしますわ」
「ええ、そうしてもらえればと思いますよ。気まぐれで変わり者ですが、よろしくお願いします」
自分の上司に当たるものを変わり者呼ばわりするクリスだったが、それは誰もが親愛を籠めた言葉だったと理解するのであった。
長くなりそうなので分けています。




