23 クリス
時はサモンがアレクサを去った翌日に遡る。
コートに身を包んだ若者が、アレクサの冒険者ギルドの扉を開ける。
特に豪華な装備に身を包んだわけではないが、その表面には小さめの鱗が光沢もなく並んでいる。
一見すると普通のコートだが、よく見るとドラゴン級の加工品であることがわかる。
なので周りの人間からはさほど注目されずに受付まで辿り着く。
「はじめまして、鋼の大森林から来ました”クリス”と申しますが、ギルドマスターはおいででしょうか?」
そう言ったとたん、皆の目が一斉にクリスに向けられ、ひそひそ話が始まる。
「はいっ、た、ただいま伝えますので、お、お待ちください」
話しかけられた受付嬢もなぜか襟を正して応えて、奥の部屋へと駆け込んでいく。
”鋼の大森林”の一言でギルドの空気が乾いたように感じたのはクリスだけだったかもしれない。
正直勘弁してほしいなと思っていると、すぐに受付嬢は戻ってきて奥の部屋へと案内された。
「おお、クリス殿か。はじめしてだな。ギルドマスターのシュネーだ」
「はじめまして、ケイバンの息子、クリスです」
そういって挨拶を交わすとなぜか嬉しそうにシュネーが椅子を勧めてくれた。
「今頃はサモン殿とケイバン殿は戻られた頃かな」
2日前に別れたばかりだったが、あまりにも忙しく緊張した日々だったためシュネーには余計に懐かしく感じられた。
「はい、何もなければ今頃ついている頃合いだと思います。これから向こうと交渉だと思いますよ」
「そうか。グラール聖王国とか?聖王国もさぞや大騒ぎになるだろうな。ギルドの者もかわいそうに」
シュネーは、自分が突然嵐の中に投げ入れられたような日々を聖王国の者も味わうのかと気の毒に思う。
ただそれは同情だけではなく、他の者も同じ目にあうということで憂さ晴らしのような感情も含まれていた。
「はは、サモンさんにとって交渉をするのは誰でもいいのだと思いますけど」
「クリス殿もサモン殿と親しいのか?」
大森林の主を気さくに名を呼ぶクリスに主従関係を感じさせない。
ケイバンもそうだったようにサモンとの関係性はおそらく対等、もしくは友達に近い関係なのだろう。
「まあ、普通に話しますけど。いろいろと聞かせてもらえるんで楽しいですよ。ニケも訓練相手にはいいですし」
訓練のとき、ニケはもちろん体術だけだ。
クリスは剣を使うが、ニケは硬質な体のくせに人以上の柔軟な動きを実現する。
そのため素早さもクリス以上だった。
そのためクリスもまともに剣を当てたことがない。
「ニケ殿とも訓練するのか?とてもただのゴーレムのような動きではなかったが」
ドンナー近衛騎士団長が吹き飛ばされた場面を思い出す。
とても人の動きではなかったのは確かだ。
「まあ、そうですね。説明するのが難しいですね。私自身も理解はできていないのですが、ゴーレムというより鉄の体をした人というのが近いかもしれませんね」
「”鉄人”か……むう、そのような者を召喚できるサモン殿は、やはりとてつもない魔術師なのだな」
「そうですね。本人は”魔法なんて使えないよ”と言ってましたが、なんでも召喚しますしね。ほんと不思議な人です。まあ、別の世界から来たといってますから勇者と似たようなものなのでしょう」
何でもは語弊がある。
命のないものだけが召喚できる。
ただこの召喚という言葉も語弊があるのだが。
「ほう、やはり”異人”なのか。ならば説明できないことも頷ける。だがこれまでの召喚された勇者は非常に多くの魔力とスキルを持っていたからな。それに比べてサモン殿は全くそういうものを持っていないという。どちらかというと素性さえわからなければ我らとほとんど変わりがない」
シュネーの感じたサモンの正体は概ね正しい。
中身はただの人である。
一般人の中にも生活魔法が使える者がいるため、むしろ劣等種になるかもしれない。
「えぇ、そうなんですよね。剣術も魔術もまったくといっていいほどダメなようですよ。そのかわりにニケさん達がいますからね。そういった意味では魔法なんていらないですよ」
「まあ、そうだろうな。そういった意味では勇者以上の力を持った者なんだろうな。そもそも勇者なんてものは助けられた部分はあるが、すぐに傲慢になってやりたい放題だから国の方でも持て余し気味だったからな。むしろ片付けてくれて清々している者もいるくらいだ」
勇者と呼ばれる者達は大抵能力に覚醒するとトラブルを引き起こす。
それは能力に振り回されるからなのか、奢り高ぶりやりたい放題になる傾向が強い。
金に溺れる女に溺れるは当たり前。
ミイラ取りがミイラになって盗賊になったものまでいた。
結局は力に溺れるのだ。
「はあ、いろいろ聞いてはいましたが、やはりそうなんですね。うちにやってきたドワーフが嘆いてました。無理難題を言ってくるって」
「やはりそうか、迫害を受けて森に逃げ込んだ種族がいるとは聞いていたが、勇者がらみだったとはな。まったくすまん」
実際、大森林に逃げ込んできた種族のほとんどは勇者がらみだった。
もちろん元々この世界において亜人種はマイノリティなので、力のない種族ほど扱いがひどいのは事実だ。
しかし、それに拍車をかけるように勇者の一部が手を出してきたのだ。
「いえいえ、もう済んだことですし、皆さんも今は幸せそうにしていますから、シュネー様も気にしないでいいかと思いますよ」
「ああ、そうだな。そう思うこととしよう。それとクリス殿も遠慮せずシュネーと呼んくれ。サモン殿達もそうしてもらっているからな」
「そうですか。年も若いですし、シュネーさんと呼ばせてもらいますよ」
「ああ、そうしてくれ。前置きが長くなったが、今日は競技場の話でいいんだよな?」
「はい、明日から始めようと思いまして私が来ました。タルサと明日落ち合って建設を開始します」
「タルサ?」
初めて聞く名前にシュネーは聞き返す。
タルサはニケと同型のアンドロイド、シスターズの一体である。
「あ、タルサはニケの姉妹らしいです。色だけが違いますね。ニケの姉妹は体色が白で統一されてるので、違うのは胸についた名札ぐらいですね」
ニケの色は特別に黒いわけではなく、見分けがつかないという理由でサモンが塗ったのだ。
その他の姉妹は名づけと面倒という理由により名札で済ましている。
「あ、だからか。だから”白い魔人”ということか」
「なんです?それ」
「前の戦のときに、帝国軍を焼き払った白い魔人。これまでニケ殿かと思ったが、ニケ殿は影のように黒い色をしていたのでなあ」
複数の勇者が投入された戦いではシスターズが前線に出て勇者すべてを屠っている。
その指先ひとつで勇者を焼いたり、穴をあけたり、首を飛ばしたりなど残虐な行為を淡々とこなしていく姿に恐怖を覚えたのであろう。
その姿を目撃した兵士や騎士達が名付けたのだ。
”白い魔人”と。
「ああ、なるほど。謎が解けてよかったです」
「それで建設のほうは、何かこちらでやらねばならないことでもあるのか?」
「驚かせないよう見えなくしますので大丈夫だと思いますが、できれば住民の方が近寄らないようにしてもらえればと思います。万一のために」
「わかった。冒険者をに見張りに立たせよう」
白い魔人が多数現れれば、街の外とはいえパニックになりかねない。
それに監視することもできる。
見えないようにするらしいので監視も無理なのかと思ったが、それでもしないよりはましだろうとシュネーは思った。
そのため数時間後にはギルドの掲示板に不思議な依頼が張り出されることになる。
【達成条件:許可のない者を近寄らせず詮索しないこと】
「それと協会の者達と引き会わせたいのだが、いつまで街にいるんだ?」
「タルサとの連絡役なので終わるまでです。一週間ほどですよ」
当初の予定どおりである。
「そうか、しばらくはいるんだな」
「なら3日後に協会の会議を行なうのだが、出席してくれんか」
今後の協会の運営方法など話を詰めることは多い。
その話し合いが丁度3日後だったのでクリスに声を掛けてみた。
おそらく初回とはいえ、参加メンバーは各ギルドの主だった者である。
これを踏まえれば、欲に目のくらんだ足の引っ張り合いになるに違いないとシュネーは睨んでいる。
そのための抑止力として”鋼の大森林”の名前が必要だったのだ。
「私はタルサとの連絡役としてきただけなので、運営についてはお役に立てないと思いますよ」
「なに、第一回目の会議だから打合せ程度だ。それに大森林の関係者がいるとなれば場も締まるだろ」
「はあ、そういうことであればかまわないですよ」
「よし、じゃそういうことでよろしく頼むよ」
クリスも組織内の揉め事などは経験が少なく、安請け合いをしてしまう。
そして翌日クリスはアレクサ外壁にてタルサと落ち合う。
タルサは転移を使ってそのほか3名と共にやってきた。
その姿はニケと同じくマントに包まれている。
ただ一人だけ肩回りの形状がことなる者もいた。
クリス自身シスターズを全員知っているわけではなかったが、シルエットが異なる姿を見るのは初めてだった。
「クリス、ただいまより第2中隊および敷設化連隊任務に着任します。いつでもご命令を」
クリスは”敷設化連隊”の名前を聞いて腑に落ちた。
”確か、ここにいない部隊もいるとサモンさんが言っていた気がしたな。この娘がそうなのか”
そう思いながらも命令する。
「ありがとう、すぐに始めてもらっていいよ。残りのメンバーはシールドで包んでからのほうがいいかな」
「了解 任務開始します」
そう言うとタルサ達4人は四方にすばやく散っていった。




