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21 第一皇子 その2

そして次にシュナイト第一王子が質問したのは競技場の建設場所であった。


「それと建設場所だが砦の前面でもかまわないか」


「そちらが望むのであればかまわないよ。おそらく砦前面の防御効果が上がるからね」


規模的には砦と同規模である。

砦が二つ縦に並ぶようなものだ。

そこで籠城にでもなればなかなか落とすことはできないだろう。


「ああ、申し訳ないがせっかくなので利用させてもらたい」


「いやいいさ、そのほうが安心できるというのであれば。建設開始はすぐにでもいいかな?」


「ふむ……かまわないが人の出入りが激しいのだが大丈夫だろうか」


「作業は夜の間に進めるよ。多少音はするかもしれないけれど離れているから近づかなければ大丈夫」


「それであるならば進めてもらって結構だ」


「帝国では競技場に隣接して協会施設や各種ギルドが入れる施設も建てたがこっちも必要か?」


帝国側の競技場は魔獣の出現が多い方面に対しての防衛拠点としているので、この配置は有効であり歓迎されている。

シャニッサ砦の場合は上空から見れば瓢箪のように砦のある場所だけが狭隘地であり、街のある北西方面は魔獣の襲来も少ない。

そのため前面の南西方向が選ばれたのだ。


「なんとそんなものまで、いいのか?」


「ああ、ついでだ、かまわないよ。協会を運営していくのには一か所に集まっていた方がいいから」


「ああ、そのとおりだな。しかし本当に建設についてこちらですることはないのか?」


「特にできることはないと思うよ。一週間でできるしね」


「い、一週間!そんなに早くできる者なのか。たしかに土魔法やゴーレムを使えば可能かもしれないが、大量に魔術師が必要ではないのか。……まあ、鋼の大森林であれば可能なのか」


「まあ、そうだね。だから建設は任せて、人員の確保と運営手順の詰めに集中してもらったほうがいいかな」


やはり驚異的な建設スピードなのだろう。

シュナイト第一王子やシュヴァイン伯爵のあきれた顔が見てとれる。

ニケ達の力を土魔法やゴーレムのように勘違いしているようだが、あえてここで訂正する必要はないだろう。


「わかった、そちらに集中しよう。一旦帰る予定だったが聖王都には報告だけ伝えて私自身が動こう」


「そのほうがいいかもね。ただし、あまり出すぎても協会としての意味がなくなるからね」


一応クギを刺しておく。


「肝に銘じよう。しかし、そこまでする真意がいまだに理解できんよ。今まで我々を受け付けないでいたそちらが、今になってなぜこんな途方もない外交というか、提案をしてきた真意が計りかねているのだが……」


確かに5年もの間外界を拒絶していた。

それが今になって不合理な提案をしてくるサモンの行動原理を掴み切れないでいる。

いまだにこれはペテンなのではなのかと半信半疑でいるのだ。


「別に何か目的があってのことではないよ。そのほうがいいと判断したまでだよ。まあ、帝国には話す機会もなかったから話してはいないけれど。……君から見て聖王国、特にこの街の何が変わったか気がついたかい?」


「そうだな、まあ、ここまで足を延ばしたのは久しいからな。商人の出入りが多くなったぐらいしか目につかなかったが……」


思い過ごしかもしれないが、サモンの投げかけた言葉に為政者としての資格を問われた気がして、一瞬返答に戸惑った。


「まあ、目立つとすればそうかもしれないね。でも後でゆっくり見てみたらいいんじゃないかな。おそらく聖王都と違ったところが所々見られると思うよ。たとえば売っている商品なんかはだいぶ違うんじゃないかな。他にも違うところがあると思うけどね。一番いいのは、街の人に聞いてみることが確実だと思うけど」


「ふむ、後で市井に降りて見物してみるとしよう。君のもったいぶった言い方は気に入らないが、君が何を言いたいのか確かめるのも一興だ」


なぜサモンがそんなことを言うのかわからなかったが、5年も引きこもっていた森の主が放つ言葉に意味がないとは思えず、嫌みも含めてシュナイトは答えた。


「まあ、そのために別の問題も生じてきているから、一つ別口でこちらの要望があるんだけれどね」


”そのために……”ということはつながりのある問題に対しての提案ということである。


「ほう、遠慮なく言ってもらってかまわない。最大限協力しよう」


「まあ、そんなに構えなくていいよ。ただの気まぐれなのだけれど、街の路地裏に子ども達がいるようだから……身寄りのない子ども達を引き取らせてもらえないか?」


「身寄りのない子ども……奴隷にでもするつもりなのか?」


どこの国でも力や金のない者に待つのは、死か奴隷落ちである。

親に先立たれた子どもや捨てられた子どもは奴隷となるか、裏路地を這いつくばって生きていくしかない。

この世界の平民に対して教育のだけでなく、福祉の概念はない。

運よく教会のなどの孤児院に拾われれば、幸運と呼べるだろう。


「残念だね、国のトップになろうという者が吐く言葉とは思えないね」


呆れかえったサモンの言葉はボイゲン聖騎士団長を刺激したようだ。


”貴様!”


怒号を上げ、剣に手を掛け駆け寄ろうとする。

サモンは反応していないのか、を見ようともしない。


“!?”


剣を振り上げる瞬間、黒い影に割り込まれ、その動きを止める。

その動きは、まるで瞬間移動したようだった。

もちろん影の正体はニケであるが、ニケから伸びた右手はボイゲン聖騎士団長の首に突き刺さる寸前で止められていた。

シュナイト第一王子は、一瞬止めようとして腰を少し浮かしたが、ニケのおかげで言葉を掛けるだけでよかった。


「ボイゲン!控えておけ!ここは話の場である。……いや、部下が失礼したね。……もしも気分を害したのなら謝ろう。私も何とかしたいとは思っているのだけれどね。言い訳をさせてもらえれば、隅々まで目を配ることは難しくてね」


少し冷や汗をかきながら上げかけた腰を下ろして率直に詫びる。


「いや、誤る必要はないよ。これは僕の見通しの甘さでもあったんだから」


さきほどから一国の王子を前にして不遜な態度を取り続けるサモンにしては珍しく、何やら己の非を認める言葉を口にした。


「どういうことだい?」


「さっき商人の出入りの話があったけど、つまるところ景気が良くなったということだろ。それは富を得る者が増えるということだよね」


「ああ、そうだな儲ける者が増えるということだ」


商人の動きが活発になればそれだけお金が動き、景気が良くなるのは世の常だ。


「儲ける能力がある者とない者では収入の差が激しくなり、景気が上がれば物価も上がり家賃や宿代も上がる。場合によって能力のない者は物価上昇についていけなくなり、弾かれることになる。国としてそういう者達の受け皿を用意できなければ、しだいにそうした者達が増えていくんじゃないかな」


「その受け皿を作れと?」


「いや、してくれとはこちらから言わないよ。するしないはそちらの判断だ」


「では、そちらで引き取ってどうするのだ、子どもなど」


「皆最初は子どもさ。成長する過程でいろいろなことを吸収するから器が小さかったり大きくなったりするんじゃないかな。何を吸収させるかでその成長は変わるんだよ」


シュナイトはやっとここにきてサモンのやろうとしていることを把握した。


「集めた子どもに教育しようというのかい?」


「そうだね、基本的なことだけだけど。まあ、すでに森の子どもはみんな教育を受けてるしね。孤児院も問題なく運営されているよ」


「なっ、本当だったのか?その話は。噂では子どもに強制的に受けさせているって聞いていたが」


鋼の大森林ではすでに強制ではないが、読書きを私塾のような形で教えている。

強制ではないが子どもというのは一人始めれば他の子どももやりたがるものなのだ。

結果、今ではすべての子どもが私塾に通っている。

そのため私塾ではなく学校のような規模まで拡大しているが。


「最近では、大人の希望者もいるようだよ」


「それでよく財政が持つな。それに労働力だって低下するのではないのか?」


「毎日でもないし、時間も短いからね。それほど負担にはなっていないはずだよ。長く通っている子どもは読書きできるし、計算もできるから、大人でさえ影響を受けて希望者は増えているって報告はあったね」


さすがに子どもにできて親ができないというのもバツが悪いのだろう。


「読書き、計算?計算とは確かソロバンとかいうものを使うやつか?」


「そうだね、ソロバン使えば計算の上達速度は飛躍的に伸びるからね」


「国の商人どもの間で流行っていて、今では手に入りにくいと聞くがそれほどのものを」


「ああ、子どもには皆与えているよ」


「与えている?確かに製造元は鋼の大森林だからか。こちらでも試作したようだが同じ規格で製造することが難しいと言っていたぞ。値段もさらに高額になる聞いたが、それを子どもに……」


これはシュナイトの認識不足だ。

要はソロバンの珠と軸を同じ規格で製造する方法がわからないことに加え、仮に造ったとしても割に合わないだけである。

この世界の道具は主にハンドメイドであった。

機械化によって原価を下げる方法は、まだこの世界では広まっていないのだ。


「そのようだね。試した商人の話を聞いたことがあるよ。しかしソロバンが得意になればソロバン自体がいらなくなるからね。そういう子どもを雇えばいいよって言ってあげたよ。そしたら早速”そうしてみる”って言ってたけれど」


「そんなことが……。もしそれが可能であればすべての子どもが商人になってしまうじゃないか」


シュナイトはオーバーに言うが、これは飛躍しすぎた考えである。

ただ数字に強くなれば商人としての強味にもなるのも確かだ。


「別に商売に限定することはないでしょ。たとえば農民であっても出費や収入の計算は必要だし、面積当たりの生産量も計算で予測できる。いくらでも応用ができるはずだよ」


「農民に計算が必要とは思いもしなかったが、面白い発想だ」


「計算で効率よく生産していけば余分な経費も出ないから収入が増えたりするしね。それで余った分は他に必要な道具だったり、少し贅沢な物を買うことができるのさ。」


「ふむ、それが”金が回る”というものだな。確か文官の一人が昔講釈を垂れていたのを思い出したよ」


「へぇ~、その人先見の明があるね。大事にしたほうがいいと思うよ」


「そうだな。帰ったらもう一度話を聞かせてもらおう」


結局その後も長々と話が続き、館を出たのが昼を過ぎた頃であった。

続きはまた仕事のため週末となります。

4/19 一部誤字修正

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