19 シャニッサ冒険者ギルド
シャニッサまでは途中何事もなく(あったかもしれないが)無事に到着し、ミーアのおかげですんなり砦へと入ることができた。
特に馬車の中を調べられず、ニケについて言及されなかったので助かった。
やはりエイワード商会はそれなりに力のある商会なのだろう。
まあ何か問われれば、王子に会いに来たことを伝えればいいのだが。
シャニッサは砦と呼ばれるとおり堀はないが高い防壁で囲まれ、堅牢そうな様相をうかがわせた。
砦自体は一辺200mほどの規模ではあったが、その後ろにはそれなりに大きな街が広がっていた。
通りを歩けばすれ違う人々の顔は明るく、商人や冒険者風の者達も多い。
目に見えて活気があるように見える。
しかし一歩路地裏に入ればゴミを漁っている子どもや、汚れたマントに身を包んだ者が寝ているなど影の部分も目についた。
サモンはそのままミーアを伴い、冒険者ギルドへと向かう。
ミーアは護衛を雇うためではあるが、サモンはギルドマスターに会うためだ。
予定では帝国と同様、冒険者ギルドを通して領主の館に向かうことになっているためだ。
ミーアを先頭にサモンやシスレィ一行がギルドのドアをくぐると、中にいた人々の視線が集まる。
確かにミーアを知っている者がいるとしてもおかしくはないが、マントに身を包んだニケを筆頭に完全武装のシスレィの雰囲気は別格だったためだ。
そんな多くの視線をよそにミーアは依頼をするためのカウンターに向かう。
サモンは別の受付嬢の所へと向かい、懐から一通の手紙を差し出す。
サモンに応対した受付嬢は、受け取った手紙を見るなり緊張した面持ちで奥の部屋へと駆け込んでいく。
サモンはシスレィ達に囲まれていたが、周囲の視線が刺さってくるのが伝わってきた。
「な、なあ、ひょっとしてあんた達、大森林のシスレィじゃないのか」
ある冒険者風の男が恐る恐る声を掛けてきた。
サモンではなく、モデナにだ。
「ええ、シスレィのモデナよ」
男は以外にも応えたモデナに安堵したのか、そのまま続ける。
「ああ、やっぱり。アポーナの村であんた達を見たよ」
「あぁ、アポーナ……確かバーニフュ(硬岩蛭)討伐をしたところだったかしら。あそこにいたのね」
バー・ニフュ(硬岩蛭)は、岩に擬態する人よりは小さい捕食型の魔獣だ。
群れとなって家畜を襲うことがあり、固い甲羅を持つので農民には手に負えない。
消化液や歯舌で攻撃してくるため、それなりの武装をした冒険者ではないと退治することは難しいだろう。
群れも大きかったこともあり、初め依頼を受けた冒険者達では敵わず、援軍として派遣されたのがシスレィであった。
なのでおそらく初めの依頼を受けた冒険者達のうちの一人なのであろう。
「ああ、あんなに大きな群れとは知らなかったから助かったよ。あんなにいるんだったら俺たちみたいな貧弱な装備じゃ、すぐになまくらになっちまう。ほんと助かったよ」
「ええ、そうね。ギルドマスターにも言っておいたわ。状況の確認はしてから依頼を出してねって」
「そう言ってもらえて助かるよ」
「どういたしまして。ところで街道で盗賊に出くわしたのだけれど、よく出るの?」
「ああ、3日前ぐらいにも出ていたらしいな。商隊が襲われたっていうぜ。だんだん規模も大きくなってきているっていうし。今回も4パーティーの護衛でここまで来たんだけれど、そのぐらいの編成じゃないと厳しいかもな」
まあそうだろ、自分たちの時はそれでも足りない規模であったとモデナは思う。
自分達ならいざ知らず、B級の4パーティーでは軍人クズレの盗賊は荷が重いかもしれない。
もっともニケの前では障害にもならないようだが、一般的には大きな脅威であることは間違いない。
そんな会話をしているうちにさっきの受付嬢が戻ってきてサモンについてくるよう促す。
「そうね。心しておくわ。情報ありがとう」
サモンについてくため、礼を述べてサモンに同行する。
その背中を冒険者風の男は見えなくなるまで追った。
シスレィ達が見えなくなると男は周りから質問攻めにあった。
曰く、”今のは誰だ?” ”あれが大森林のトップか?” ”今の女、紹介してくれ”などと。
受付嬢は奥の部屋にまでサモン達を導いて奥の部屋に入る。
そこには小綺麗な身なりをした体格の良い男が一人立っていたが、無言でソファーをサモンに勧めて自分も腰を下ろす。
「ギルドマスターのイオ・クライネだ」
「サモンだ。こっちは護衛のニケ。その後ろは冒険者パーティーのシスレィだ」
椅子には座らず、後ろに立っているニケとシスレィも紹介する。
「ああ、シスレィのモデナ達は見知っている。久しいな、モデナ」
「はい、お元気そうで」
言葉を掛けた先のモデナに力のこもった視線を送る。
その表情からは彼の感情は読み解けない。
モデナ達は軽く会釈をする。
冒険者を長くやっていれば自然とあちらこちらのギルドに顔を出す機会もある。
ましてや一流のパーティーであればギルドマスタークラスの人間との繋がりがあるのも当然であろう。
「ケイバンはまだ死んでいないのか」
「はい、あの方は殺しても死んでくれないでしょう」
「ふん、そうだろうな。ははっ」
ケイバンも知っているとなると相当のベテランなのだろう。
思いやりのない言葉ではあったが、苦笑するということは挨拶程度の冗談なのでなのであろう。
しかし次に目を向けたサモンには、表情はそのままに怒りの色を浮かべている。
「ところで、本当にお前が”鋼の大森林”の主か?」
「ああ、そのとおりさ」
さすがにモデナが咎めようとするが、それを察してサモンが手で合図して止め、ギルドマスター・イオの問いに素直に応えた。
「うちの冒険者どもが世話になっているそうだな。そっちに世話になっている期間が長いと思ったら球蹴りなんぞに熱を上げやがって」
どうやらうまくイオのほうまで話がとおっているようである。
サモンにとって話す手間が省けて喜ばしいことだ。
「別にこちらから勧めたわけじゃないよ。まあ、特に依頼を放り出してかまけているわけではなさそうだから放っておいたのだけれど、いつの間にか流行ってしまったんだよ。さすがに大勢から声が上がれば、何とかしない訳にもいかないからね」
「ふん、そっちの財布で造るのならこっちが口を出すことでもないから反対はしない。それにうちの冒険者も絡むことだし、ギルドにも益があるようだから話には乗ってやる」
「それはありがたいね。話も理解してもらえているようでありがたいよ。何か聞いておきたいことは?」
「あとでいい。国や領主とも擦り合わせてからのほうがいい」
「わかった、かまわないよ」
「それと、俺も一応この街の冒険者どもを仕切っている立場だ。前の戦のことは話すなと厳命されているからしのごは言わねぇが、話し合いが終わった後に俺と勝負しろ、いいか?」
聖王や領主の顔を立てて今は我慢してやるが、ケリをつけさせろということらしい。
なにやら5年前の恨みが相当あるようだ。
一応モデナからは性格を聞いて予想はしていたが、話どおりに熱い男のようだ。
「かまわないよ。ただここにいるニケは俺の召喚獣だがそれでもいいかい?それともただのステゴロがお望みかい」
「おう、フル装備でこい」
ニケを一瞥はしたがニヤッっと歯を見せるイオ。
ノリが体育会系だ。
サモンも嫌いではない。
「わかった」
「いい返事だ。なら、予定通り明日の朝迎えに行く。宿はここからしばらく行ったところにサウザンドクラウド(千雲)亭という宿がある。そこをとっておいた。そこなら文句ないだろう」
「ああ、では明日。楽しみにしてくれ」
そう言ってサモンは立ち上がると皆を伴って部屋を出ていく。
もともと顔みせ程度に寄っただけであったが、思いもよらぬイベントの発生だった。
受付のあるロビーまで出ると心配そうな表情でミーア達が待っていた。
「やあ、待っていたのかい」
そういえばミーア達には、サモン達の旅の理由を言っていなかったことに気づく。
何事もないような口調でサモンが声を掛ける。
「はい、まだお礼もしていなかったので」
「なんだ、ほんとにお礼なんていいのに。それより良い護衛は見つかりそうかい?」
「明日までには見つかりそうだとおっしゃってくださいました」
「それは良かった。良い冒険者が来ることを願っているよ」
「ありがとうございます。まあ、ここからは危険も少ないですし、距離も2日程度ですので
依頼も受けやすいと思います」
冒険者にしてみれば依頼を受ける条件はいろいろだろうが、あまり長期にわたって拘束される依頼は敬遠されることもある。
しかし、商人の護衛で短い時間の拘束ともなれば、おいしい話であるのは間違いない。
「そうだ、お礼ということであれば食事でも奢ってもらおうかな。ついでに街の様子でも聞きたいし」
「はい、ぜひそうさせてください。礼をせずにはエイワードの名に恥じますので」
「まあ、そんなに畏まらずに世間話でもしてもらえればいいよ」
「それでは、私どもは一旦支店の方に向かいますので、7時頃にどうでしょうか?そうですね……この先に”クイーン オブ ザ ナイト”という食堂がありますので、そちらでどうでしょうか」
食事の約束を取り付けたミーアは嬉しそうにしていた。
”クイーン オブ ザ ナイト”……確か”月下美人”だったかな。
などとサモンは思いながら、ミーアとは一度別れたのであった。




