18 エイワード商会
黒い魔人と呼ばれたニケは、その者達がとりあえず生きていることを確認し、最後まで追いかけられていた女らしき人物の下に向かう。
襲われるすんでのところだったのだろう、男に組み伏せられたまま女は気絶していた。
それは仕方のないことだった、頭に穴の開いた男がのしかかってくれば。
黒い影は、無造作にこと切れた男を脇にどけて女を担いで歩き出す。
いまだに怯える先ほどの者達のところまで赴き、その者達の前でそっと女を下す。
これで任務完了というわけだ。
丁度そのころサモン達が駆けつけてきた。
「ニケ、よくやった。何人救えた?」
サモンが息を切らしながら、ようやくまともに声を出す。
「4名です。指令、息が乱れています。心拍数の以上及び・・・」
即答するニケに対して続く補足を遮り、横たわる女に指を指す。
「その人は死んでいるのかい?」
「いいえ、気絶しているだけだと推察されます。バイタル値はやや低下していますが許容範囲です、ただし・・・」
「わかった、負傷者には抗生薬と活性剤を。その後は周囲を索敵し、警戒してくれ」
「了解」
返事をしてすぐに先ほどの負傷者の下にニケは進みだす。
サモンもそのままモデナ達の下へと向かう。
「モデナ、そっちはどうかな?」
「全員見事に即死です。容赦ないですね。全員顔に穴が開いているので人相がわかりません」
「いやあ、久しぶりの緊急事態だったから細かい指示を忘れていたよ。アハハッ」
「殺されても仕方ないことをしてたんですから。それはいいとして、こいつらみんな元聖王国軍です。騎士クラスではないとしても・・・5年前とはいえ、こんなに落ちぶれるとはね」
戦の影響で野盗に落ちた軍属もいたとは聞いてはいた。
「まあ、そこらへんはこちらの手落ちだけれどね」
「いえ、一般人からしたらあれで済んで良かったのですよ。長引けば両国ともに周辺の村や街から働き盛りの若者が消えていくことになるでしょうから」
戦争によるメリットは様々なものがあげられる。
この世界においていまだ二次産業は熟してはおらず、一次産業が主であるため耕地や人の数が国の力に直結する。
そのため消耗戦のような長いスパンで展開される戦においては、下層階級、労働者の消費が激しくなり、結果国力の低下に陥ることになる。
これが繰り返されることにより、この世界はなかなか次のステージに上がれないでいるのだ。
「そう言ってもらえるならば少しは救われるかな」
「大森林の人達も救われていますし、戦のない”とき”が訪れました」
「そう感じてもらえるならば、ありがたいな」
サモンは表情を崩してそう応えるのであった。
そしてサモン達はいまだに眠り姫である先ほどの女の下へと戻る。
すでに軽傷であったのだろう負傷者が女の下に座っていた。
サモンが近づくと男は、いや男の子といったほうがよいような若い容姿で、両手を広げて立ちふさがった。
「助けてもらったことには感謝しますが、あなた方は魔族かなんかでしょうか」
「むう、予想外の感謝だな。」
「サモン様、ニケ殿の姿を初めて見れば……」
モデナが少し離れて建っているニケを見ながらすまなそうに言う。
「なるほど、確かにな。前にも苦労したっけなあ。・・・俺はサモンと呼ばれている。さっきの黒い仮面はニケだ。あいつは召喚獣のようなものなんだよ。俺が命令しない限り危害は加えないよ」
「私はモデナ。シスレィのモデナだ。私もサモン様もシャニッサに向けて旅をしていたところだ」
「シ、シスレィのモデナさん?大森林の?まあ、失礼しました。でも……召喚獣?って人のような姿をしているものですから……つい、悪魔か魔人かと」
一般人にまで名が知られているとは、さすがランクA+の冒険者シスレィである。
サモンも”へぇ”と感嘆の声を上げる。
なにはともあれ、このような場面ではモデナ達のような存在が安堵感を生み、一気に警戒感が薄れる。
「私はパル。この方、エイワード商会のご息女ミーア様の従者です。大森林から行商の帰りに突然襲われて……。一応護衛も付けていたんですけれど逃げきれなくて……助けて頂いてありがとうございます」
改めて感謝の辞を述べたパルだが、よく見ればボーイッシュな女の子であった。
「ふむ、エイワード商会。の……パルとミーアね。それでこの後どうするんだい?」
「もちろん、アン・ガミルまで戻ります」
「アン・ガミル?あ~えっと、聖王国で3番目に大きな街だっけか?」
「今は以前の戦争の影響と鋼の大森林のおかげで、2番目くらいになっていると思います」
“一時的に戦争によって人や物資の流通が多くなり、さらにうちとの交易でも大きくなったという所か“
「そうか、商館でも構えているのかい?」
「はい、エイワード商会といって街の中でも大きいほうだと思います。ただ今回は商談が主だったから大きなキャラバンは組んでいなかったんです。大きなキャラバンで来れば襲われなかったかもしれないけど・・・こんな街道沿いで襲われるとは思いませんでした」
「まあ、そうだね。まさか私も街道沿いに野盗がいるとも思わなかったし、よもや軍人崩れがなっているとはね」
「確かに鋼の大森林に負けて、多くの軍人が亡くなって聖王国の威信は大きく傾いたけれど・・・それでも今も残っている軍人さん達は一生懸命頑張っていると聞きます。もう一度栄光を取り戻すのだと」
自分たちの国が貶められたと感じたのか、パルは強い語気で言い返す。
それを聞いたサモンはひと呼吸おいて、静かだが力のこもった言葉を発した。
「それは再び戦を起こそうということかい?戦争で勝つことが威信回復につながると本気で思っているのかい?」
一度勢いのついたパルだったが、サモンの力強い言葉に圧倒されてどもる。
「いえ、けっして戦を起こそうとは……」
そこで横から声が掛かる。
「申し訳ございません。伴の者が愚かなことを言いましたようで」
声のしたほうへ皆が向けるとそこには先ほどから気絶し、横になっていたミーアの姿があった。
上半身を起こし、まだ青ざめた表情だがその口調はしっかりしたものだった。
「すみません。パルの言葉が足りなかったようでしたので、つい口を出してしまいました」
ミーアが気がついたのを知ってパルが駆け寄る。
そのパルの手を借り、ふらつきながら立ち上がって言葉を続ける。
「“一生懸命頑張っている”と申し上げたのは、戦争を仕掛けるために鍛えているという意味ではございません。聖王国では敗戦以来王族派の力が弱まり貴族派の力が増しました。その中で政争も小さいながら起こるなど、体制的弱体化がみられ、王都だけではなく各領内でも野盗が増えたり、貴族からの税の臨時徴収など一般市民にまで悪影響が及んだため、一時的に聖都内には不穏な空気が流れていたと聞き及びます。そこで第一皇子であるアーウィン様が命じて、聖光騎士団を中心に国家騎士団の再編と各地領主への管理体制の強化を行っていると聞きます。これはいわゆる戦争のための“努力”ではなく、聖王国内に向けた内政面での努力であり、すでに勇者様がなくなられた戦い以降、鋼の大森林に戦いを挑もうなどとは考えてもいないはずです。でなければ我々商人が、鋼の大森林への行き来できるはずもございません。むしろ積極的に交易を通して鋼の大森林と誼を交わし、その技術や文化を取り入れ,聖王国を豊かにしたいとの考えであられると思います。パルはまだ見習いの身。つたない言葉でお気を高ぶらせてしまったことについてはすみません」
長いセリフを一気に吐き出すとミーアはその場にへたりこむ。
モデナが水筒を差し出し、パルを経由して受け取ったミーアは水をのどに流し込んだ。
そしてミーアがのどを潤し、ひと心地ついた頃合いを見計らってサモンが口を開く。
「まあ、そういうことなら誤解があったのは認めるよ。大人げなくて悪かったね」
「いえ、誤解が解けて何よりです。それよりも助けていただき、感謝いたします。お礼は何を差し上げればよろしいでしょうか」
「いやこの状況でお礼も何もないだろう。で、どうするんだい。今聞いた話ではまた襲われる可能性だってあるだろうに」
「お気遣い感謝いたします。お気遣いなくと申し上げたいのですが、護衛も亡くなってしまいました。せめてシャニッサまでご同行いただければ何かしらのお礼もできますし、新たに護衛を雇うこともかないますでしょう」
「そうだね、それがいいかもね。構わないよねモデナ?」
「どうせ目的地のシャニッサまではあと少しですし、サモン様さえよければ如何様にも」
「なら少しの間だけれどご一緒しますか」
こうしてサモン達はミーア達を連れてシャニッサに向かうこととなった。
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