119話 第3章 襲撃 ― 六道聖(カリス)の影
第1部── 大立ち回り
地下倉庫の冷気は、肌に刺さるほど鋭かった。
銀色の“供給回路”は微かに脈動し、まるで生きているかのように微かな音を立てていた。
サモンたちは銀の台座──“供給回路”を囲むように立ち、ザラタン司祭が床面の回路を指でなぞりながら低くつぶやいた。
「……やはり、私の知らぬ手による術式です。正式な神殿の書式ではありません」
「じゃあ、勝手にここをいじってるってことだよね」
サモンが眉を寄せると、司祭は苦渋の色を浮かべた。
「外部の手……その可能性が高いでしょうな」
湿った空気に、銀脈の冷たい魔力が混じり合う。
そのとき──
脈動が、短く強く脈打った。
ドクン。
「い、今のは……?」
「……誰かが“外部から触れた”気配……ですね」
ザラタン司祭の声が震えた瞬間だった。
司祭の言葉を聞いて、“潜水艦の探針音 のようなものであろうか”と思うサモンだった。
そして、
スッ──。
暗闇の奥で、布が擦れる僅かな音。
ユーディーが反射的に剣を抜く。
「……伏せろ、フィア!」
「えっ……!」
フィアが慌てて身を縮める。
その一瞬後──倉庫の奥から黒い影が飛び込んできた。
まだ部屋の奥には暗い空間が続いていたのだった。
その空間から黒い影、黒装束2人が飛び込んで来て左右に散った。
瞬間、銀色の閃光が横を走った。
「排除します」
ニケの声が淡々と響く。
次の瞬間、一人黒装束の胸元に銀光が走り──
絶命した身体が床に崩れ落ちた。
そしてさらに一人。
「ひっ……!」
フィアは息を呑んだが、その影の痕跡すら、どこから現れたのかもわからない。
(いつの間に……?)
この場の誰も気づいていない。
フィアのすぐ背後には、“もうひとつの影”が動いていたことを。
(分析──対象:フィア。危険接近距離以内。護衛行動継続)
ラフレシアは完全な不可視状態で、 足音も体温も魔力も一切周囲に漏らさず、フィアの半歩後ろをぴたりと追従する。
その存在にフィアは微塵も気づかない。
黒装束の気配がさらに広がった。
「おい……来るぞ!」
ソルが低くつぶやいた。
奥の暗闇から、影が三つ、四つ、五つ──
まるで闇から湧いてくるかのように、次々に姿を現し、こちらへ突っ込んでくる。
これを捉えたユーディーが“鉄女”の血が騒ぐのか、目を見開き、
「無礼者が!」
ユーディーが一括する。
しかし、ユーディーの一括にも怯まず、勢いを止めない。
「フィア、下がれ!」
「は……はい!」
ユーディーはフィアが下がらせ、剣を抜き放ち構える。
その間に──刺客がユーディーへ襲いかかった。
「愚か者が……!」
ユーディーは剣先を低く構え、床石を蹴った。
その表情にはうすら笑いが浮かんでいる。
彼女のスイッチが入ったようだ。
黒装束は突っ込んだと見せかけて、ユーディーの切っ先の手前で軌道を変え、上へと飛翔した。しかし、甲高い金属音が弾け──
次の瞬間、返した彼女の剣は腰から背中に向け切り上げられた。
「ぐっ!」
一拍遅れて、黒装束は“ドサリ”と音を立てて床に伏せた。
ユーディーは無駄のない剣速と軌道だけで敵の体勢を断ち切ったのである。
「左、来る!」
ソルの声が弾ける。
「わかっている!」
ユーディーは振り向きもせず剣を横薙ぎに払った。
影が裂け、悲鳴が上がる。
ひとり、またひとり。
二歩動けばまた一人が倒れ、息を吸えば三人目が斬られる。
彼女の剣が描いた銀の弧に触れられた者は、誰一人生き残れない。
ソルはソルで、壁面を走るような独特の歩法で側面へ回り込み、刺客の背を取っては一撃で落とす。
「まったく……こいつら、数だけは多いな!」
「油断する、ソル!」
ニヤけたソルをサモンが叱咤する。
「言われなくても!」
ソルが次の 黒装束に向き直ったとき、黒装束は急に標的を変え、サモンの方へ迫る。
しかし、その行動は悪手だった。
ニケが無表情に黒装束へと手を伸ばす。
「司令、後退を。すべて私が対処します」
と言うよりも早く、黒装束はその身を床にゆだねた。
「え、あ……うん。頼む」
ひととおり黒装束の襲撃を封じたサモンたちであったが、それはすぐに油断であったと悟る。
ニケの腕が倉庫の奥、暗闇の入り口に向けて伸ばされた。
暗闇の中から次々に“ぐっ”と声がし、鈍い音がした。
まだ奥に潜んでいた残党であろう。
だが次の瞬間、一つの影が暗闇から躍り出た。
ニケの狙撃を味方を盾にしてかいくぐったのだろう。
その影、黒装束がユーディーの攻撃範囲外からフィアへ回り込んだ。
「っ──!」
ユーディーが苦虫を潰したように表情を歪め、目で追う。
その黒装束がフィアに向かったからだ。
フィアは驚いて身を引く。
その瞬間、黒装束の足が何か見えないものに絡め取られたように前のめりに崩れた。
床には障害物ひとつないのに、まるで誰かに足を払われたかのような、不自然な転倒だった。
その隙を逃さずソルが仕留めに入った。
「ぎっ……!?」
鋭い悲鳴とともに、黒装束の首にソルの剣が滑り込まれた。
「え……?」
フィアは狼狽する。
襲われたことに驚いたのではない。
(い、今の……ユーディー様? ソル様? ニケ様……?)
しかし、誰もそんな動きをしていない。
(……今の、偶然……?)
フィアやユーディーはまったく気づいていない。
シスターズのラフレシアが、完全不可視のままその黒装束を“処理”したことに。
そしてこの光景を横目で見ていて、サモンは満足していた。
シスターズの働きに。
第2部── 大聖堂本殿への誘い
激戦が、五十秒にも満たぬ時間で終わりを迎えた。
最後の黒装束をソルが見下ろす。
「終わったな……。ったく、気持ち悪ぃくらい静かに死ぬな、こいつら」
ユーディーは剣を払って鞘に収める。
「一体こいつらは?」
ユーディー自身も薄々は感じてはいたが、確かめられずにはいられない。
自然とザラタン司祭に顔を向ける。
「……そうですな……恐らくは、六道聖 (エクサハラマ)ではないかと。……とはいっても身の証を立てる物も持っていませんでしょうしな。確証はありませんが……」
そう言われて、ソルが黒装束の衣服を検めた。
「ああ、、確かに何もないな、せめて金目の物ぐらい……いてっ」
サモンから無言で拳固を食らう。
そんな小芝居をよそにニケが状況を確認し、淡々と告げた。
「敵反応、全て沈黙。残存ゼロです」
サモンは深く息をついた。
「……やはり、六道聖 (エクサハラマ)が濃厚だよなあ……」
嫌な予感というものは当たるとものと改めて感じたサモンであった。
そのとき。
地下全体が、震えた。
ズズ……ッ!
「っ!? また来た!」
銀の台座が脈動し、魔術線が眩いほど光り始める。
ザラタン司祭の顔が蒼白になった。
「ダメです、襲撃で……魔素拡散結界陣が乱れたようです。“供給回路”の魔法陣が暴走を始めています!」
「暴走ってことは……爆発するの!?」
「爆発ではなく、“銀脈ごと魔術が暴走し、地下全域が崩壊します”!」
フィアの顔が青ざめた。
「そ、そんな……!」
「皆さま、後方へ! この場は私が抑えます!」
ザラタン司祭が両手を台座に向けて広げる。
フィアがザラタン司祭の肩に手をかけ、揺さぶる。
「司祭様……危険です!」
「危険だからこそ、私がやるのです! 急ぎますぞ!」
ザラタン司祭はフィアの言葉に揺るぎもせず、額に汗を浮かべて手をかざした。
白い光が司祭の掌から溢れ、巨大な結界陣が空中に展開される。
「──“魔素拡散結界陣”!!」
轟、と光が暴れた。
銀の回路が白光へ吸い込まれ、暴走しようとした魔力が四方へ解き放たれていく。
やがて光が収束し、魔術線は静まり返った。
「はぁ……はぁ……。……なんとか……止まりました……」
司祭が膝をついた。
ユーディーが目を細める。
「いやまだだ、これが“供給回路”であるという以上、供給量……この規模……もっと大掛かりな。本殿に“受け皿”があるはずだ」
フィアが震える声で答える。
「……大聖堂本殿……」
その言葉を聞いた瞬間、ザラタン司祭は蒼白になった。
「魔法陣として……利用……見慣れぬ魔法陣。そうですね。もしかして本殿の天井には……そうか。まさか呪法をするつもり……か!」
フィアの手が口元へ伸びる。
「天井……あれが呪術に……?」
フィアは、以前大聖堂に訪れた際に天井の見事な星図共に描かれた天使の絵を思い出す。
「はい。禁忌となっていますが、銀脈から魔素を送り、星図を反転させれば──祭典の真上に“星辰術の呪い”を降らせることができます」
サモンの背筋が凍った。
「……つまりこれ……“本殿での暗殺装置”……?」
「そうです。六道聖 (エクサハラマ)が張本人であれば、狙いはおそらく……王族、シュナイト殿下の暗殺」
「しかし、この呪法を完成させるには送られた魔素の受容体となる魔石の配置が必要になります。そのようなもの……、あっ!」
重苦しい沈黙が落ちた。
その場の全員が納得がいった。
六道聖の影。
異常な銀と塩の買い占め。
不自然な人の動き。
急な修復。
全てが一本の線で繋がった。
サモンは静かに言った。
「……行こう。本殿へ」
ソルもうなずく。
「敵の核心は上だ。急ごう」
ユーディーも剣を握り直し、フィアを見据えた。
フィアは震えたものの── 覚悟を決めて頷いた。
「はい……!」
(対象:フィア。移動開始。護衛行動継続)
誰(サモンやニケ・カペラ以外)にも悟られず、ラフレシアが影と共に滑るように移動する。
誰も知らない。
フィアの背後1メートルの距離に、“絶対防御”が存在することを。




