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119話 暗躍する星の誘い 第1章

全部で6章構成の長編となります。

第1部──聖王国への招待


競技場管理棟にある新たなサモンの執務室は、今日も木々の香りが心地よく漂っていた。

窓の外からは木霊鳥のさえずりが聞こえ、机の上には修繕計画書や木材見本、そしてサッカー関連の図面が散乱している。

そんな中、協会職員が訪れた。

「サモン殿、聖王国よりお届け物です」

封蝋の刻印は、見覚えのある紋章……聖王国……フィアこと” フィア・アテイト・シュタイン第1皇女“だ。

サモンはさっそく封を切り、丁寧な筆跡を目で追う。

『聖ブラームスの日の祭典に、ぜひお越しいただけませんでしょうか。聖王都の競技場計画についても、ご相談したいことがございます。――フィア・アテイト・シュタイン』

「……祭典? ああ、なんか毎年やってるんだっけ?」

サモンは椅子の背にもたれながら独り言のようにつぶやく。

クリスもケイバンもミリスも、この日ばかりは大森林の業務が詰まりに詰まっており、誰一人ついて来られない。

『まあ、たまには一人旅もいいか』

そう思ったサモンは、最低限の荷物だけ腰に下げ、大森林を後にした。


聖王国へ入ると途中の各所の町は、すでに祭典仕様に染まっていた。

アン・ガミルを経由して聖王都まで800キロ、1週間以上の長旅であった。

途中に立ち寄る街道沿い町では、臨時の露店が準備を始めだし、人と荷車がひっきりなしだ。

神像や護符を売る商人が腹の底から声を張り上げ、店先からは肉の匂いが香りたつ。


サモンは立ち止まり、神像に目を輝かせた。

「お、この神像……銀の粉を混ぜてるのかな? ラメ入りみたいでいいなこれ」


次の瞬間、焼き串の匂いにも釣られて足を向けかける。

「うまそう……一本くらい……」

「指令……」

しかしそのたびに、ニケから『寄り道しすぎると到着が遅れますが』と、ニケから注意を受けるサモンだった。


町では聖歌隊の練習声が響き、職人達が金銀の装飾を磨きながら慌ただしく往来している。

子供たちは棒を振り回しながら歌っていた。


「聖ブラームス様が空を渡る日~♪」

「ひかりの種が落ちてくるー!」


通り過ぎてきた町々でも耳にしてきたその清らかな声に、サモンは思わず微笑む。

「……平和でいいよね、こういうの」


数日後。

王国城下へ入った途端、サモンは圧倒される。

青と白の旗が空を彩り、 通りには布を張った屋根が連なり、 祭りの香辛料と香が入り混じる空気が流れている。


「わぁ……すご……」

森の光景とも、帝国の光景とも違う街並みに感嘆の声を上げる。


サモンは人波に流されながらも露店を見て歩く。

銀杯を模した飾りが軒先にぶら下がり、子供たちが小さな聖句札を配っている。


ふと、ニケから“ソル殿です“とささやかれ、すれ違う荷馬車の向こうから、軽い声が聞こえた。

「おう、奇遇じゃねえか」

「……ソル!?」


何の連絡もなかったソルが、いつも通りの顔で歩いてくる。

「いやあ、ちょっと妙なもん見ちまってな。お前も来てるだろーなって思ってよ」

「いやいや、なんでわかったの……?」

「勘だよ、勘」

その後ろには、もちろん姿を隠したカペラがついている。


音も気配もほとんどないが、ソルの背後に規則正しい“存在感”がある。

「ま、せっかくだからいい話聞かせてしてやるよ。どうせお前、一人で変なとこ突っ込んでいくだろ?」

「ソル、君の方がそういうの得意じゃない?」

「ほっとけ」

軽口を交わしながら、二人は聖王都の中心へ向かった。



第2部──フィアとユーディー


 王都中心区は、庶民街とは違い、豪奢な石壁と整った街並みが続く。

 巡礼者の波を抜け、装飾の施された門をくぐった先に──ユーディー(聖王国“パル・ポタス”領主 “ユーデリア・ブラウ・ニッツ”公爵)の屋敷があった。


 門番をとおして案内され扉が開き、フィアが嬉しそうに姿を見せる。

「サモン様! 本当に来てくださったのですね!」

「まあ、呼んでくれたしね。あと、ここの串焼きめっちゃうまいよ」

「食べ歩きして来たのですか……」

ユーディーは呆れたように眉を下げる。


「いや、ほら、屋台の匂いって反則じゃない?」


フィアは少し笑ってから、深く礼をした。

「でも、本当に嬉しいです。お会いしたかったのです」

「そう言われると照れるけど……来てよかったよ」

屋敷へ入り、ソルを紹介しながら応接室のほうへと案内される。

簡単に大陸協会設立の進捗状況や競技場の予定地などの話をし、ユーディーの方の聖王国リーグ及び製紙工房の情報交換を行った。


ひとしきり話をし終わると、フィアは“ところで”と本題を切り出した。

「今回の聖ブラームスの日の祭典、いろいろと妙な話を聞くようになってきまして……」


フィアによると噂レベルではあるのだが、一部の貴族が違和感を感じる交流や、銀と塩の異常買い占め、急な大聖堂の一部の修復などらしい。


「最近、王都の一部貴族の動きが妙なのです。祭典を前に、なぜか“夜会”や“教会への出入り”が急に増えて……その貴族に限って銀と塩の購入が増えているというのです」

また、大聖堂の修復は時折あるものの、大掛かりな工事は採点が近づくタイミングにしては妙だと感じている者がいるとのことだった。


おそらく貴族の動きについては、以前聞いたカインズ第2王子やパラス第3王子間であろうことは、サモンにも察しが付いた。

また、銀と塩と言えばニヨンの村、ダルマシオ伯爵領内で起こった密輸事件を想起させるものだった。

ついでユーディからも“教会内部の動きに妙なところがある”と報告を受けているとのことだった。

それは人事に関するものだといい。西方教会のアルド司教に近い司祭クラスの者の移動が最近多いとのことであった。聖王とにも移動になったものもいるらしい。

西方教会の怪しいものといえば、“エクサハラマ(六道聖)”の名をサモンは思い出した。

西方教会に良い思い出ではない、一気に暗雲が垂れこめてきた気分となった。

いずれにしても噂話レベルでは他国でもあるため、派手にニケやシスターズを動かすわけにもいかない。

話が煮詰まったところで、フィアが提案した。


「差し支えなければ、市場を少し歩きませんか? 王都巡りも兼ねて」

「そうだね、このままこうしていても仕方がないしな。街の様子も知っておきたいしね」


「どうせあちこちの店を覗きたいんだろ」

ソルが痛いところを突き、ユーディーが苦笑した。


こうして一同は、お忍び姿になったフィアとユーディーを連れて、王都市場へと繰り出した。



第3部──市場と噂


市場に足を踏み入れた瞬間、怒号が飛び交った。

「なんで銀杯がこんな値段なんだよ!」

「塩まで金貨かよ! どこの戦支度だ!」


 店主も客も声を張り上げている。

「だーかーら言ってんのよ、銀は王宮が買い占めてるって噂だよ!」

「塩まで高いんじゃ商売が回らねぇんだよ!」


フィアの表情が曇る。

「……供物の増加だけでは説明できません」


 ユーディーも険しい表情で一言。

「王都貴族のほうでも“妙な物流”があるとの噂が流れていたが……」


その時だ。

「……そういえば、祭典準備の責任者であるザラタン司祭様が、“気になることがある”とおっしゃっていました」

人混みを抜け、大市壁の手前へ差し掛かかり、フィアがそう言ったタイミングで──


「おや……これは鋼の大森林の皆さま」

白灰の法衣が揺れ、ザラタン司祭が現れた。


「実は、市場の物価高騰について調べていたところでして」


一同がそれぞれの挨拶を交わし、サモンは銀杯を手に取り、素直に言う。

「やっぱ高いよねえ……」

「ええ、常軌を逸しておりますな。まあ、毎年のことではあるんですが、今年は特に……。それになぜか、祭典準備区域で不自然な物資の出入りがあると報告を受けておりまして」

「不自然……?」

「銀と塩は大聖堂の倉庫に集まるはず。しかし帳簿の量と実際が一致しないのです」


フィアが息をのむ。

「横流し、あるいは……意図的な蓄積でしょうか?」

「その可能性は否定できません。そのため、これから大聖堂裏の倉庫の確認に向かうつもりでした。ご同行されますか?普段見ないような教会の内部も見られるかもしれませんよ」

ザラタン司祭は挑発ともとれる言葉を投げかける。


「行くしかねえだろ、こりゃ」

ソルが肩をすくめる。

「俺は観光の予定だったんだけどね……まあいいか」

サモンは苦笑した。

─────

大聖堂裏へ向かうには、祭典準備でごった返す中央通りを抜けなければならない。


・神官が巨大な神像を運び

・聖歌隊がリハーサルを続け

・金細工師が梯子を登り降りし

・荷馬車が絶え間なく物資を運ぶ


その様子を見て、フィアがつぶやく。

「準備が……いつもより慌ただしい気がします」


サモンも違和感を覚えた。

「市場の様子といい、何か急いでる感じだね……」


その違和感こそ、

後に訪れる“トラブル”の匂いであった。

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