116 渉外部発足
仕事や病気等により、長い間お休みさせていただきましたが、またぼつぼつ再開させていただきます。
定期的にとはいきませんが、よろしくお願いします。
朝、その静かな空気を突き破るように、怒号が轟いた。
大森林中央拠点の一角、族長ケイバンの執務室。
「なんで俺の部屋に紙の山があるんだああああ!!」
ミリスが思わず耳を押さえ、クリスは「また始まった」とでも言うように肩を落とした。
執務室の床には、昨日サモンのもとに届いた書簡が広がっている。
領主からの招待状、商会からの独占契約申請、帝国の視察依頼、聖王国からの照会、なかには教会の怪しげな書状まで。
それらが束のまま、床の半分を埋め尽くしていた。
ケイバンは怒涛の勢いで叫び続ける。
「見ろ! このありさまを!」
クリスが困った顔で言い訳をした。
「……執務机に乗り切らなかったらしくて。ニケ様が“水平な広い場所が必要です”と判断された結果……」
ケイバンは天を仰ぎ、拳を握りしめた。
「なんで俺の部屋なんだよ!!ここは書類置き場じゃない!!」
ミリスは苦笑している。
「ここの床がいちばん広いから、じゃないかしら……」
「だからって俺の床に置くな!」
…………
ほどなくして、サモンが執務室へ呼び出された。
彼は入室するなり、床の書類を見て顔を引きつらせる。
「……多いな。これは……なんだ?」
ケイバンが紙の山を指で指す。
「全部“お前宛て”の依頼だ!!毎日こんな量を抱えて、倒れる気か!!自分の限界も見えねぇのか!」
サモンは肩をすぼめた。
「……すまん」
ニケは横で深々と頭を下げる。
「私の判断で一時的にここへ……。サモン様には書類を積み上げる場所がなかったのです」
ケイバンは荒く息を吐いた。
「ニケ、お前は悪くない。悪いのはサモンだ」
サモンは反論できず、黙っている。
少し落ち着いたのか、ケイバンは紙束の間を行き来しながら言った。
「……いいか、サモン。お前が全部やろうとするから、こうなるんだ」
サモンは視線を落としたまま聞いている。
「一人でできる範囲なんて決まってる。できなくなるほど広げたなら──“人を増やせ”。組織でやれ。今の大森林はもう、お前一人で背負える規模じゃない」
サモンはゆっくり顔を上げた。
「……人を増やす。つまり……誰かに任せる、ということか」
「そうだ。個人じゃなく、“大森林としての窓口”を作れ。これ以上、個人サモンに依存してたら破綻するぞ」
ミリスは静かに頷く。
「ケイバンの言うとおりよ。これだけ外との関係が増えた今、組織が必要だと思うわ」
クリスも一歩前に出た。
「……ちょっと多いよね。最近。こっちにも振ってもらってもいいのに」
サモンは短く息を呑んだ。
ケイバンは手を叩いた。
「クリス、族長を呼べ。マルティナ、それに鍛冶師ギルドのマリオ──できる限り全員だ ──できる限り全員だ」
…………
やがて主要メンバーが執務室に集まる。
マリオは大柄な体を揺らしながら入室し、溜息をつく。
「まったく……火床より紙のほうが熱いとはな」
入室したマルティナは、床の光景を見て目を丸くした。
「まあ……これはまた豪快ねえ」
「笑いごとじゃない!」
ケイバンが吠える。
「これは全部サモン宛てのものだ。ここに持ち込まれるのも困るが、整理されずにそのまま放置されるのはもっとまずい」
族長たちも黙り込む。
サモン本人は気恥ずかしそうに頭をかいた。
「……いや、まあ……」
「“まあ”じゃねぇ!」
ケイバンは机に拳を置き、全員に向けて言う。
「外からの依頼が増えすぎている。帝国、聖王国、商会、教会。サモンはその全部に対応しようとしているが、それはもう無理だ」
ミリスが穏やかに言葉を添える。
「わたくしたちの問題でもありますね。大森林全体の価値が高まっている分、外との交渉にも力をつけていかないと」
ケイバンはうなずいた。
「だから“渉外部”を作る。外からの細かい依頼は全部そこで一次処理し、最終判断だけサモンに回す」
クリスが表情を引き締める。
「窓口を一本化すれば、対応の品質も安定しますしね。サモンさんを通さずに乱暴に突っ込んでくる使者も防げます」
ケイバンがマルティナのほうに向く。
「マルティナ。そっちで誰か見繕ってくれないか。エルフ側から」
マルティナは微笑みながら言う。
「そうですね。心当たりがないわけではないから、人材は私のところから派遣できますよ。外の世界をよく知る者、調整役に向いた者が何人かおりますので」
「そういってもらえると助かる。エルフ自治区から二名、学校からも数名で頼みたい」
「承りましたわ」
マルティナは胸に手を当てて答えた。
…………
それから数日後。
書類の山は……増えていた。
ケイバンはもう怒る気力もなく、半ば諦め顔でマルティナに言った。
「……で、人選はどうなった?」
マルティナが名簿を広げる。
「まず、外交経験豊かなレア=フィルウェン。外界経験豊富で警護もこなせるダラン=フォルトゥス。そして学校から──フェルナ、グリット、ユノ、ハルト。以上六名を渉外部専属として推薦しましょう」
クリスは丁寧に頭を下げる。
「ありがとうございます。彼らがいれば、渉外部として十分に機能するでしょう」
「まあ、初めは慣れないところもあるでしょうけれど、すぐに慣れるでしょう。ところで誰が指示役?」
“あっ”とその場にいる者たちが声を上げた。
ケイバンがばつが悪そうに頭をかきながら
「クリス、当面お前に頼めるか。今までも似たようなことしているわけだし」
「……ん、そうだね。これまでの延長だと思ってやればいいんだしね。仲間もできることだし」
サモンは感嘆したように言った。
「……いやあ、助かるよ。これでケイバンに怒鳴られなくなる」
全員がサモンに呆れた目を向け、これ以上仕事を増やすなと願った。
さらにケイバンは腕を組んで全員を見渡す。
「さて──人は決まった。次は“渉外部をどこに置くか”だ」
候補として挙がるのは、
・冒険者ギルド
・エルフ自治区
・大森林中央棟
だが、どれも決め手に欠ける。
その中でミリスが静かに挙手した。
「大陸協会の管理棟の隣に、簡易棟を増設するのはいかがでしょう?公平性が保て、どの一族からもアクセスしやすい場所です」
マルティナも同意する。
「たしかに、ここなら外からの客も案内しやすいわね」
ケイバンがサモンへ視線を向ける。
「どうする?そうなると部屋が足りないと思うが……」
サモンは短く頷いた。
「ここ(管理棟)なら俺も動きやすいし、ここ(ケイバンの執務室)にも近いしな。問題ない。そうしよう」
こうして決まった“渉外部”の居場所。
また、ついでにということで、サモンの執務室と公式な会談場所にも使える広めの会議場が、増設されることとなった。
ケイバンは深く息を吸い込み、全員に向けて宣言した。
「よし──!この場をもって“渉外部”の発足を正式に決定する!」
部屋に静かなざわめきが広がる。
ミリスはほほ笑み、マルティナは満足げにうなずき、クリスは静かに拳を握った。
サモンは紙の山を見下ろし、小さく笑った。
「……少しは、片付きそうだな」
ニケが優しく言葉を添える。
「はい、司令。今後この山がなくなるのですね」
ケイバンは鼻で笑いながら付け加えた。
「全部は減らん。だが……半分は消えるだろう。お前はお前のすべきことに集中しろ」
サモンは深く頷いた。
こうして大森林は──組織外交の時代へと進み始めた。




