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115 新天地への準備と新たな悩み

サモンは大森林に戻ってきてから2日ほど忙しく方々を回っていた。

ケイバンや各区長と街の問題などの取決めや、大陸協会の運営や今後予定された講習会の打ち合わせ等、留守にしていた分の埋め合わせすることとなった。

もちろん、スティジ・ハス(娼館)に通うことも忘れてはいない。

特にニ・ヨン村に派遣する義士や事務職の手配のため、マルティナやマリオと会い、選出された者達との面談や打ち合わせに追われていた。

工房の管理職としてマリオの弟子のサージを含めた3人は派遣され、事務職としては学校教諭のリセッタを頭に成人の生徒2人とドーズの仲間である2人が派遣されることになっている。

なかでも成人のトンバは、ミーアのエイワード商会に出向となる予定だ。

ドーズの仲間である2人、ブーとセレスは年齢的には若すぎるが、伸びしろや数字に強いということで選出されたようだ。

早めに経験を積ませようということであるようだ。


「では、設備関係はサモンのほうで送ってくれるということで良いんだな?」


マリオの問いは、ニ・ヨン村に送る予定のラテックスの加工機や嫌忌剤製造機の件である。

今サモンやマリオの他、学校の一角にある教室に10名ほどが集まっている。

主にニ・ヨン村に出向する者達やそれに関わる者達だ。


「ああ、それでいい。ミーアも向こうに行くはずだから、連絡してもらえれば届けるよう手配するよ」


「わかった。そういうことだ、キコ」


サモンの返答を受け、マリオが傍にいる髭のない少し若めのドワーフに話しかける。

キコはこの出向組の中で短期ではあるが工房長を任される。

今のところ、軌道に乗せるまでが任期となっている。

さすがに複雑な道具なだけに関わった者がいなければ、不具合が生じたときの対応に困るだろうということで、マリオの直弟子であるキコが選ばれたようだ。


「わかりました。組み立てはどうしますか?」


製造機などは大型なので一度分解して、設置先で組み立てるのかという問いだ。

おそらく時間的な問題を気にしたのだろう。

だが、そんなことはサモンにとっては些細なことだ。

転送すればいいだけの話だ。


「いや、シスターズがいるから場所さえ指示すれば大丈夫だよ」


「わかりました。じゃあ、それまでにこちらでメンテをしっかりしておけば、すぐにでもいけますね。マルケス、ターバ、いいな。点検だけでもやっておこう」


「「へい」」


キコの念押しに傍に控えていたこれも若めのドワーフが頷いた。

そのやり取りにマリオもいささか真剣に頷いていた。

そしてついでとばかりにキコが続ける。


「材料なんかの段取りはどうなりますか?」


「ああ、初めはミーアがやってくれるよ。だから向こうに行って、やりながらやりやすい方法を構築していくしかないかな。ニ・ヨンの村の人も加わるわけだから、向こうの人達とも話し合いながらね。」


何もかも初めて尽くしである。

しかも見知らぬ土地に工房を建てるのだから、自分達だけ良ければいいというわけにはいかない。

先方の村の住人達にも力を借りなければならないのだから、試行錯誤して模索していかなければならない。

これまではサッカーなどでは、「鋼の大森林の主」であるサモンが個人的に表に出てきたが、それはあくまでもサモンの、言ってしまえば「趣味」であった。

しかし、これは街対村、いわば「鋼の大森林」としての一大ミッションである。

切っ掛けはサモンかもしれないが、「鋼の大森林」として当たる対外的な行動はこれが初めてである。


話が一区切りついたところで、今度はマルティナの傍にいたリセッタが口を開く。


「私たちは、初めはミーアさんにお付きすればいいのでしょうか?」


リセッタはこの学校の教師の一人である。

立場的には出向組の事務方トップということらしい。

リセッタもキコと同様短期的な出向だ。

お目付け役のようなものらしい。


「初めはね。それぞれの作業の中で必要な物が出てくると思うから、順番にマニュアル化していけば良いさ。工房の中のことはキコに聞けばいいしね」


工房といっても組織には違いはないので仕入れや売り上げ、給料などの金銭的な管理に事務方として数名送り込むのだが、几帳だけが仕事ではない。

村の人との調整役や雇い入れた村人の教育などもしなければいけない。

これは商人になる者であれば学んでいかないといけない道である。

その意味でも丁度良い体験現場でもあるのだ。

リセッタなどは教師もしているだけに、人当たりや人前で話すことに長けている点でも安心して任せられるのだろう。


「わかりました。出発前までにできることから手を付けてみます」


そう言ってメモ帳なようなものに何やら書き込んでいた。

それを横目で見ながらサモンが思い出したように口を開く。


「一応派遣組にも連絡要員としてシスターズを付けるから。……名前は、“フーリ”だそうだ」


フーリは第3中隊施設化連隊のシスターズだ。

工房付のシスターズとしては適任であろう。

まあ、連絡係なので別に施設化連隊から出す必要はないのだが、要は気分なのであろう。


「ありがとうございます。心強いです」


リセッタの礼に頷きながら次に話をその隣にいた若いエルフに話を向けた。


「トンバのほうは、ミーアが村から離れたら一緒にそのまま商会に出向していいからね。その後はミーアの指示に従えばいいよ」


トンバはエルフ族の中でも子どものような存在らしいが、ただの人種から見れば立派な成人である。

歳は17~18ぐらいには見える。

生徒の中でも一番優秀で、エルフの中では珍しく商人志望らしい。

ミーアの駄々の生贄にされるわけだが、サモンとしてはスティール商会に引き抜きたいくらいである。

だが、外の世界にも興味があるらしく、本人の強い希望で仕方がないらしい。

おそらくあとでケイバンやミリスから嫌味の一つでももらうだろうと少し暗い気持ちになった。

そんなサモンの気持ちとは裏腹に、笑顔で返された。


「はい、ありがとうございます。精一杯頑張ります」


「頑張って来たんですもの、これからですよ」


これまで見守ってきたマルティナが嬉しそうに声援を送る。

続いてマルティナはトンバの並びにいる者達にも言葉を贈る。


「それとリセッタはいずれこっちに戻ることになるのだから、カセス、あなたが事務方の長となるんですよ。そのつもりで行きなさい」


トンバは、外見が人種に近い獣人だそうだ。

サモンは見たことはないが、尻に短い尻尾があるらしい。

外見はカセスと同い年くらいに見え、実年齢も同様のようだ。

そんな彼が将来的には工房の事務方トップとなる予定である。

彼も成績が優秀で、冒険者としての能力もそれなりに上を目指せるぐらいの腕っぷしもあることが理由のようだ。

まあ、見知らぬ土地では腕っぷしも必要だということなのだろう。


「はい、向こうの村の一員になるつもりで行ってきます」


マルティナの言葉に元気よく応え、さらにその横にいる者達、“ブー”“レセス”も続いて自分に言われたかのように応えた。


「「はい」」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


その日の夕方にはサモンも一段落終え、気晴らしに競技場へと足を運ぶ。

この日は試合もなく、サッカーチームのスコークスキャバ(森の騎兵隊)が練習しているようだった。


唐突にグラウンドに姿を現したサモンに駆け寄ってきた人物に声を掛けた。


「やあ、調子はどうだい」


「やあ、ひさしぶりだね、サモン。俺自身は好調さ、チームは別だけどね」


サモンと同世代ぐらいに見える人種のアル・ランダは気軽に応えた。

アル・ランダはスコークスキャバ(森の騎兵隊)のキャプテンだ。

冒険者としては中堅クラスだと聞いている。


「聞いているよ、ダニエルの所が絶好調らしいね。ここんところ連敗だそうだね。しかも点が取れていない。負け方が悪いようだね」


月に何度か開かれる試合状況はケイバンやニケからも聞いている。

しかも

ダニエルというのは、「ジャデスフォッサ(翡翠の戦慄)」というチームのキャプテンだ。

現状では勝ち点が多いのは、「ジャデスフォッサ(翡翠の戦慄)」というエルフ族主体のチームとなっていた。

スポーツというジャンルは、やはり身体能力の高さがあるエルフ族との相性がいいのかもしれない。

しかし、スポーツというものはそれだけではない。

能力に胡坐をかいていれば足元をすくわれるのだ。

特に集団競技であるサッカーはそんなに甘くはないのである。


「なんだ知っているのか。こっちには寄りもしないのに」


「はは、やることが多くてね。しばらくは落ち着いていられないよ」


「まあ、そうだろうな。帝都や聖都にも作るって聞いたよ」


「なんだ、もうそんな話が出回っているのか」


「ああ、冒険者の古い馴染みから便りがあったりしてな、こっちに見に来るって奴もいるくらいだ」


いわゆる冒険者ネットワークのようなものがあるのだろう。

情報伝達事情が遅れているこの世界だが、そういう噂話などの伝達速度は思った以上に速い。


「へぇ~、まだ根回しの状態なんだけどなぁ」


詳しく聞いてみると皇帝から貴族連中に触れが回り、兵士や冒険者が声を掛けられているようだ。

青田買いというところだろう。


「観客の中にも身なりの良い連中が混ざっていたりもするからなあ。引き抜かれなければいいんだが……、その辺ちゃんと言い聞かせてもらいたいものだなあ」


「まさかなあ……、いや、あり得るかもしれないな。わかった、ありがとう。皇帝のほうにくぎを刺しておくよ」


腕の良い冒険者であれば、貴族や有力者に専属で雇われる者もいるので、ギルドから引き抜かれることもあるという。

なので、この世界の冒険者ギルドでも普通らしいし、現代のサッカー界でも引抜きなど当たり前だが、やられた方としては泣くに泣けないだろう。

世知辛いが、どこの世界でもマネーパワーは健在なのであった。

まあ、いずれはそうなっていくだろうが、正直今の段階で成長途中のチームから引き抜くことはやめてもらいたいと願うサモンであった。


早速アルの話を聞いたサモンは、早めに大陸全土の協会に向けた取組を始めなければと心に留めた。

結果、それは帝都行きを早める結果となる。


「そうしてもらえると助かるよ。せっかく育ったのに金で引き抜かれたらたまらないからなあ」


サモンはそう言いつつ、“ちょっとポリーヌに苦労してもらうか”と思ったのであった。



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