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114 ソルの報告

「で、マルティナやコムタンに丸投げか」


応接セットの向かいで笑いながらケイバンが言った。

そうここはいつもの大陸協会の執務室。

牧場の世話を頼んできたばかりのサモンが、悪びれもなく足掻く。


「丸投げって人聞きが悪いな。委託だね、委託」


「物は言いようだな」


ケイバンが掌を振りながら、呆れかえる。

確かにサモンの言い分は屁理屈に聞こえた。


「別にかまわんでしょ、将来的には街の財産になるわけだし。食材も増えるし、女性陣の機嫌も良くなるんだから」


つまり私利私欲ではなく、街やみんなのためになることだから、街の者に手伝わせて何が悪いという言い分だ。

実際、上質なガラス製品や温室野菜などは、サモンが提案して街の特産になった経緯があるし、今後ラテックスなどもそうだろう。

いわばサモンは、プロデューサー的な立ち位置なのだ。

それに対価を求めたわけでもない。

利益はすべて関係した者達に還元されている。

まあ、いくばくかはサモンのギルドの口座に礼金という形で振り込まれているが……。

そんなことを踏まえるとあながちサモンの言い分も間違いではない。

ただケイバンが指摘したのは、サモンは物事を始めるのは良いが、次から次へと始めるためその後のフォローが出来ていないのではないかという懸念である。


「まあ、ミリス達の機嫌は別として。お前さんの言うとおりならば、街にとって食い物が増えることは良いことだが、その分西方の警部を強化しないといかんぞ」


「ああ、そこらへんはマルティナ達の領分だから、警戒範囲を少し広げておくようにしてもらえるよ」


これについてはあらかじめマルティナのほうからも申し出があり、エルフ族の協力が取付けてあった。


「そうか、マルティナ達が承知しているなら構わんが、ちゃんと見返りを用意してあるのか?」


「ああ、バターが好評だったから、それをね」


「バター? ん~、確か油の塊みたいなやつか?」


「ああ、そうだよ。エルフ達には好評だったんでね。魔獣の脂身より香りがいいからって」


マルティナにはこの牧場の件を切り出した時にバターを一塊渡してあったのだ。

どうもそれを料理に使った際に好評を得たらしい。

そういった意味でもエルフ達は協力的なのだ。


「ふ~ん、俺にはそんなに変わらんと思うがな。鼻の良いエルフ達には違うものなのかもしれんな」


ケイバンとしては傭兵歴も長いこともあり、見た目から油の塊のようなバターよりも、野性味あふれる肉汁のほうがそそられるのだが、これは趣向の範疇であろう。


「ああ、そうらしい。獣人にも好評らしいしね。生産が安定してくればすぐに広まるよ」


「しかし、1年以上先の話だろ?」


牧場にいるのは牝牛ばかりだが、仔を孕んでもいない状態である。

とてもその状態から乳が出るとは思えない。

ケイバンの指摘も当然であった。


「そうだねえ、だいたい1年半ってところかな。とにかく仔牛が生まれないといけないからね」


先にコムタンからも指摘され反省したばかりである。

それは間違っても口にせず、想定事項のような口ぶりでサモンは合わせた。


「まあ、始めたばかりだからじっくりとやっていくしかないか。ケイジュのほうもだろ?」


そう、ケイジュも同様に時間を掛けてやっていくしかない。

こちらは卵を産みやすくする条件などが朧気ながらにしかわかっていない。

だが、時間をかけて調整していけばうまくいくだろうという盲信に似たものはあった。

むしろ思った以上に数が揃わないことが悔やまれた。


「ああ、そっちもだね。まさかケイジュのほうが手に入れにくいとは思わなかったよ」


「そもそも、ケイジュが依頼に出されることは滅多にいないからな。新人には丁度良い依頼とはいえるがな。逆に目の前にいれば子どもでも捕まえられるからな。だからこそ割に合わん」


つまり自分で捕まえる分には丁度良い食材であって、人に頼んで捕まえるほどの価値はないということだ。


「そうみたいだね。依頼に出せば一気に集まると思っていたんだけどなあ。迂闊だったよ」


「なぁに、気長に増やせばいいだけだろ。どうせバヌーだって本格的に動くのは1年半後なんだろ。それまでに増やせるだけ増やせばいいさ」


「まあ、そうだね」


サモンとしてもこの話題は反省点も多く、気が滅入る話題だ。

そんなサモンの様子を察したのか、ケイバンが別の話題を切り出した。


「話は変わるが、ソルから連絡があった。シュナイト第1王子が聖都に戻ったそうだ。それとやはりラフ・グランの船がサン・ムリアで増えているらしい。それと“ロミナ・エーデル・シュタイン第2皇女”がサン・ムリアに2か月ほど滞在しているそうだ」


「ああ、シュナイトの件は本人からも聞いてるよ。襲撃未遂があったこともね。それ以来遠巻きにしているみたいだけれど。……第2皇女ねえ。やはり西方教会関係かな?」


シュナイトの動向はシスターズを介してサモンのほうでも把握している。

シュナイトの聖都帰還途中に待ち伏せていた賊らしき集団を人知れずシスターズのソニアが排除した場面があったのだ。

もちろんシュナイト自身には知らされていない。

それ以来、襲撃者らしい影は見当たらなくなった。

襲撃する前に的確に襲われたことをさすがに相手も警戒したようだ。

シャニッサの競技場式典以来2度目となる問答無用の襲撃者潰しである。

それで用心しないほうがおかしい。

ソニアの報告では依頼者は不明の事。

その辺は期待していなかったが、強力な守護者がシュナイト周辺を固めているということを顕示できたはずだ。


“ははっ、襲撃する前に潰される襲撃者も気の毒だな”とケイバンは思いつつ、代わりに第2皇女の動向に触れる。


「ほう、襲ってきたか。……ならあとは様子見ってとこだな。第2皇女のほうは、建前として視察と休暇だそうだ。長い視察だがな。それに来客も多いらしい」


「へぇ~、どんな顔ぶれなんだろ」


王位継承権の低い第2皇女がわざわざ動き出したことにサモンは興味を惹かれた。


「身元がはっきりしているのは、“サン・ムリア大公領主ユーバー・ファル・ネーメン”と周辺貴族だな。それと少ないが、西方教会だ」


「サン・ムリア大公領主と周辺貴族は当然として、西方教会はやはり司祭クラスの関係かな?」


王族の身分であるが故、貴族との付き合いは特段不思議ではない。

教会との付き合いもしかりだ。

ただ、わざわざ協会のほうから足を運ぶことが気になった。


「まあ、そうだろうな。ソルのほうでも物証はないが、間違いないようだ」


「その他は?」


「ああ、商人関係の者やどこからかの使者なんからしい。どちらかというとこちらの関係が多いそうだ。夜陰に紛れていることも多いから、まあ、怪しいな。そいつらの出先は色々らしいが、大元はフローシュ商会のサン・ムリア支店になるらしい」


「フローシュ商会ねぇ。ふうん、ソルも仕事してたんだ」


ソルにはシスターズのパウリーネを付けてはいるが、ソルがパウリーネを頼ることはほとんどない。

彼の身上なのか、彼らしいと言えばそうだが、そのため彼の情報はパウリーネ視点の報告しか上がってこず、詳細は時折ケイバン経由で報告が多い。

その分有益な情報が多いのだが。


「まあ、8割ほどは飲むか騒ぐかだがな。……それと西方教会で動いているのは、やはり別派閥のようだ。教皇の権力基盤は5年前から揺らいでいるらしい。まあ、ぶっちゃけ、お前のせいだ」


サモンも5年前の大戦以来、西方教会内で派閥争いが起きていることは承知している。

しかし、それをサモン自身のせいにされるのは筋違いである。


「え~、それは言いがかりでしょ。降りかかった火の粉を払っただけさ」


「まあ、俺達からいてみればそうだな。ま、いずれにせよ5年前が原因で派閥が別れ、その一部が何かしようとしているのは間違いなさそうだ」


「で、船からあがった積荷はどこに?」


先ほど聞きそびれた疑問をサモンは投げかけた。

おおよその見当はついているが、答え合わせだ。


「それがなあ、レン・シャファル東方のク・アッソスのダンジョンに運ばれているところまでは掴めたらしい。それが最新の報告だ」


“ク・アッソス”のダンジョンとは以前賑わっていた聖王国のダンジョンの一つである。

ダンジョンの主を教会の償還勇者が倒して以来廃校となっているはずであった。

ダンジョンは主が消えてしまえば魔素が薄まり、小物の魔獣しか生まれない。

おそらく魔素が満ちて復活するまでに100年単位の時間が掛かると言われている。


ソルの報告にさすがのケイバンもこれには意外だったようだった。

サモン自身もレン・シャファルの協会の地下あたりを想像していたのだが、まったくの盲点だった。


「ふ~ん、そうなんだ。続報が楽しみだね。こっちも来週、もう一度シャニッサに行ってくるよ。シュナイトと会う予定なんだ。おそらくフィアとユーディーも一緒だろう。そこで詳しい話が出るかもね」


サモンが以前シュナイトと話した時に“1か月後”という約束であった。

その“1か月後”は、あと1週間もすれば訪れる。

そのとおりであれば、そろそろシャニッサに向かうはずである。

フィアとユーディーとともに。

おそらく聖王国側のサッカー協会設立や製紙工房の進捗具合が聞けるだろうと思うが、まずはユーディー達のスポンサー達へのアドバイザー役をこなさないといけない。

サモンとしてもそのあたりは気が重い。

だがその際には、宮廷内部の話なども聞けるだろうとサモンは期待している。


「そりゃあ、難儀だな」


ケイバンは似合わない接待役を引き受け、ややけだるそうな様子のサモンを面白そうに揶揄した。


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