113 残念な一言
「やあ、マルティナ。待たせたね」
サモンが声を掛けたのは、エルフ族長兼第2区長マルティナである。
ここは学校にある彼女の執務室だ。
アレクサから戻りすぐにその足でマルティナの下へと足を運んだのだ。
「まあ、ずいぶんのんびりしていたこと」
マルティナは呆れたような口調で、手に取っていた書類を置き、部屋の中央にあるソファーをサモンに勧める。
「ケイジュが20羽ぐらいしか集まっていなかったよ」
それとともにロレンティアでのケイジュの捕獲状況をマルティナに伝える。
「それは残念ね。でも元気なケイジュが23羽、無事に届いているわ。バヌーはあなたが発ってから1週間後くらいだったかしら」
「そうか、よかった。じゃあ、飼育小屋に?」
「ええ。ああ、そうそう。専任はコムタンっていう獣人族の方よ。耕作用に飼っているからですって」
以前依頼していた管理人の話だ。
大森林でも耕作用に“バヌー”を飼っている者が何人かいる。
そのうちの一人のようだ。
「じゃあ、他の人も?」
「ええ、交代でやってくれるみたい。第2区(エルフ族地区)の者やうちの生徒も手伝いに駆り出すわ」
さらにマルティナはブロニカ(獣人族の族長兼街の自警団長)が方々に掛け合ってくれたことをつけ足す。
「ありがたいね。ブロニカにも礼を言っておいてよ。自警団に何か差し入れでも入れておくか」
「そうするといいわ」
一旦話が終わりかけたが、サモンが大事な用件を思い出す。
「じゃあ、早速、見てみたいな。あっ、そうだ。それとそろそろ生徒の中で外に出せそうなのいる?」
ニ・ヨン村の工場管理者の話とミーアの商会への丁稚奉公の話だ。
人柱とは言わない。
「ん、どこに?」
「ニ・ヨン村の事務方にと思ってさ。ただ一人は商会付きになるかも」
読書きソロバンを覚えたところで、実際に生かしていかなければ意味がない。
ましてや外の世界で揉まれてこそ良い経験を積めるのだと、引きこもりだった男が思う。
「外となると、そうねぇ……。聞いてみないとだけど、2・3人は心当たりがあるわ」
長い者であれば私塾をはじめてから2年以上は教育を受けている。
読書きソロバンなら人並みにできていてもおかしくはない。
それに年齢も子どもはもとより、成人もいる。
それぞれ仕事の合間に来るので成人の場合、学習時間はそれぞれだが熱心な者もいた。
そういった者を浮かべながらのマルティナの返答だった。
「2・3人ね。一人くらい商会にまわせるかな?」
「一人は確実に商会希望よ。事務方だけだったらドース君達でもいけるかも。冒険者もやっているんだし、他所で働くのもいい経験になるんじゃないかしら?」
サモンの質問に意外な名前が挙がってきた。
ドースはひと悶着あってシャニッサから連れてきた悪ガキグループの大将の名だ。
こちらに来てからまじめに更生の道を歩まされ、以前あった“ブランピル・マール(火吹き蟻)”の現場でも会っていた。
「へぇ~、シャニッサのガキ大将たちが仕上がってきてたんだ」
「手放しで大丈夫というわけではないけれど。簡単な文字の読書きぐらいはね。一桁の掛け算もできるし、後は誰か付けて現場で勉強していけばいいんじゃないかしら? まあ、本人達の意見も聞かないとだけれど」
マルティナの言い方は一見無責任なように聞こえるが、いずれはシャニッサに戻る子ども達であり、指導者を付けているので、この世界の基準でいえば十分保護されていると言えるだろう。
ましてやマルティナの考えでは、その中の年長者を思い浮かべているのだから。
「そうか、吸収が早いな。ならその線でいこうか」
「わかったわ。明日にでも聞いてみましょう」
「そうしてくれ。じゃあ、ちょっと牧場を見てくるよ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
サモンはニケと二人で街の外にある牧場へと移動する。
城壁の西門をくぐり、川を渡るとすぐに競馬場ほどの牧場が拡がる。
手前には平屋の横に長い建屋が横たわっていた。
建屋の手前のドアを開けて中に入る。
するとそこはテーブルと椅子が置いてあるだけの殺風景な部屋であった。
あえて言うなら待機所といったところかもしれない。その奥に2名の獣人がいた。
そして、2名の獣人は寛いでいたところ、サモンの顔を見るなり立ち上がって挨拶してきた。
「あ、サモンさんですね。はじめましになるんですかね、直にお会いするのありませんでしたので」
申し訳なさそうな声でそのうちの一人が話しかけた。
「え~と、君たちが?」
名前を聞くのを忘れていたサモンであった。
「コムタンと言います」
「ジネです」
2人がそれぞれ名乗り、軽く頭を下げた。
どうやら本業は農作業らしい。
ただコムタンのほうは自警団に非常任で所属しているらしい。
「ああ、コムタンとジネね。よろしく、サモンだ。君たちがここを管理してくれるのかい?」
「ええ、管理者は私になりますが、ジネや数名が交代で手伝ってくれています」
「うん、聞いているよ。慣れないかもしれないが、のんびりやっていこう」
「はい。ただバヌーのほうはなんとなくわかるんですけど、ケイジュの卵のほうはトンと要領がわからないのですが……」
この世界には乳製品が広まっていないことを考えれば、搾乳などの知識がないのはわかるし、鳥の卵を日常的に食べる習慣がないのもわかっているので、知識不足は織り込み済みだ。
バヌーのほうは子バヌーが乳を吸うのでイメージはできるのだろう。
「そうだろうね、バヌーはともかく、ケイジュのほうは僕もさっぱりだ」
「え、主も知らないんですか?」
「いや、まったく知らない訳ではなんだけど、知らないに近いね。ただうまくいけば毎日生むようになるよ。たぶん……」
「ははは、毎日ですか。それは忙しくなりそうですね」
卵へのイメージが悪いのか、2人はやや顔をこわばらせながらの返答だ。
おそらく日本人と外国人の生卵に対するイメージに近いのかもしれない。
そんな半信半疑な様子の2人をよそに、サモンは説明を続けた。
「え~っと、まずはケイジュをしずかで、うす暗くおちつける場所で育ててみてほしいんだ。あと掃除もしっかりとね。まずはそこからやってみようか」
これは現代の知識を聞きかじった知識だ。
これ以上は知らない。
「そうですか、預かったケイジュは今風通しの良い、明るい部屋なので調節しますね。牛のほうは、とりあえず種付けですかね」
「あっ、そうなるねえ。……できる?」
一瞬サモンの思考が固まった。
搾乳できる期間は子どもを産んでからだったのをすっかり失念していたのだ。
乾いた空気が流れたが、コムタンがのんびりと答えた。
「自然とできるんじゃないでしょうか」
この世界に人為的な種付けの技術はない。
当然の話だ。
ここではすべてを自然の摂理に任せるしかなかった。
「まあ、そうだろうねぇ」
もちろんサモンは期待していなかったが、最悪ニケの力を使って強引にでも進めることはできた。
だが今後この街で生産しようと思えばそれは握手だ。
やはり街の人達を頼って進めるほうが良いように思う。
そう思うサモンはあえて強引に進めようとはせず、ミリスやモデナに心の中で謝るのだった。
資料をまとめたサイトを更新しましたので、こちらを参考にしてください。
https://jijaneelroad.blogspot.com/




