112 出張の打診
ロレンティアのグラード公との面会4日後すでに帰路についていたサモン一行は、昼前にアレクサの街へと入っていた。
サモンはアレクサの協会に寄ることにした。
単なる思いつきだ。
街の所々に飾られたポスターなどを見れば2日後に試合があるようだ。
対戦カードは、フェヴィスキング(妖精の囁き)×テッケンギリニー(明けの兆し)となっている。
どうやら新たに加わったニューフェイスのようだ。
噂では、やはりアレクサの中で先達となるレッドオライオン(熱い星)が強いようだ。
勝負札のオッズもほぼ1.1対98.9となっているほどだ。
いい勝負になるのは当分先かもしれない。
まあ、中には判官贔屓な者もいて、そうした弱いチームの方を応援する者やスポンサーになったりする者もいるようだ。
ただ大森林から遠征チームが来るとレッドオライオン(熱い星)戦も6対4や4対6になったりもするので盛り上がっているようだ。
そんなわけで着いた先の競技場は人がいるわけでもなく、難なく競技場前まで馬車を着けることができた。
特に先触れをしていたわけではないので、協会の者がいるかもわからないが、とりあえず競技場に併設された協会事務所を訪れてみる。
中を覗くと職員数名が、せわしなく動いており、声を掛けて尋ねるとすぐに案内された。
見慣れた来賓室に通されるとすぐにナベンザ領主アルフォンソ・カルヴォ公爵の三女であり協会代表のイングリッドとポリーヌが姿を現し、挨拶をした。
「やあ、すまないね、試合前なのに突然で」
公爵のお嬢様らしく丁寧なお辞儀をして挨拶をする二人にサモンは声を掛けた。
イングリッドとポリーヌはそのまま顔を上げて、イングリッドがにこやかに応える。
「いえ、かまいませんよ。私ができることはそう多くありませんし、ポリーヌが動いてくれますので」
イングリッドが発した言葉に、恥ずかしそうにポリーヌは視線を落とした。
一応サモンも気にはしていたので、イングリッドの言葉はサモンの懸念を払拭しうるに値する言葉であったので満足そうに頷いた。
「それで、今日はどうされたのでしょうか?」
珍しく連絡もなしにサモンがやって来たのであるから当然の疑問だ。
しかし、当の本人も気まぐれに寄っただけなのだ。
構えられても困る。
「ああ、靴やボールは足りているかなって?」
当たり障りのない用件を口にした。
「ええ、ミリスさんとの連絡も取っていますので、その都度相談させていただいています。いくつかの試作品なども送っていただいてますので、感謝しております」
ミリスからはアレクサだけでなくシャニッサの協会とのやり取りを報告してはもらっている。
細かい内容までは覚えていないが、その都度用具類に関しては、マリオに相談して対応しているようだった。
「そりゃよかった。選手のほうからはどうかな?」
「そうですね……。こちらに来るクレームは今のところチームの練習時間の調整が多いですかね。あっ、多いといっても3,4回程度です。あとあるのは審判の判定が微妙に違うなどのクレームとかでしょうか。これはラインを割った割らないの話なので、見え方の問題になると思うのですが……」
「そうだねえ、選手からの見方とラインズマンの見方では多少違うからしょうがないよね。審判の判定も含めてサッカーだから。審判を信じてもらうしかないよね」
施設の使い勝手などであれば、ミリスからサモンへ連絡は来るはずだが、内部的なことや審判の関係だと報告はミリスどまりかもしれなかった。
しかも現在審判部のトップはシスターズのクライエスである。
何かクレームが入っても一刀両断されるだけだ。
いずれ人種のトップを据えるつもりではあるが、今はまだ審判も成長途中である。
すでにアレクサとシャニッサには6名の審判が配置されているが、その6名も実戦投入されたばかりであった。
大森林はこれまでどおりシスターズが受け持っているので、審判に立ち向かっていく者はいない。
審判に反抗的な態度を示せば即イエロー・レッドの判断が下されることになるからである。
そういった面では大森林のほうがやりにくいかもしれない。
まあ、しばらくの辛抱である。
「ええ、そうですよね。……それとこれは相談になるんですけれど、コーチの手配はまだかっていう話が多くあがっております」
そう、それが以前からの上がり続けている相談事だ。
以前はサモンも時間があれば相手をしていたのだが、最近はその時間もないため、掘っておいたのだが、新しいチームが各街で立ち上がる現状を考えれば何とかしなければいけない問題だった。
「2つの新しいチームからだよね。そうだねぇ……シャニッサからもいわれてるしなあ、……じゃあ、特別チームでも呼ぼうか?」
「特別チーム、ですか?」
「まあ、特別というか、ニケの同族だよ」
「は、え、ニケさんの同族? のチームですか?」
イングリッドとポリーヌの顔には“え~~”という疑問のよう表情が浮かんでいた。
確かにゴーレムのようなイメージのニケ達が、サッカーをするイメージは浮かばない。
それに面と向かえば恐怖が先に立つだろう。
だが、戦えと言っているわけではない。
「ああ、そうだよ。試合をするわけにはいかないけれど、座学するくらいならできるよ」
サモンはそう言って、ニケがコーチ役となって座学で教えることを提案した。
座学といってもニケには何より目の前で3Dのホログラムが作り出せる。
トレーニング方法や戦術までいくらでも応用は効くのだ。
後は自分達で反復練習するだけである。
試しにニケにサッカーの概要をホログラムで出して説明してもらった。
するとイングリッドとポリーヌの目の前にサッカーコートのホログラムが浮かび、22人の選手が現れ、簡単な説明をニケにより受けた。
はじめは二人とも口を開けて驚いていたが、最終的には納得したようだ。
「そうですか、……ではそれでお願いします」
2人の了承を聞き終えるとサモンは言葉を発して二人の横を指さした。
「じゃあ……。これは“フェアギス”。ニケの妹との一人だ。今日から彼女を君達につける」
言葉と同時に、ニケと同じようなマント姿の一体が突然現れた。
それを見た2人は反射的に体を仰け反らせてわずかな瞬間固まった。
「つけるって?……」
その緊張が解けた後、“フェアギス”を指しながら疑問を投げた。
「ああ、連絡要員だ。まあ、必要はないかもしれないけど護衛も兼ねてさ。今後連絡を取りたければ彼女を呼んで連絡すればいい。彼女がコーチもするよ」
「呼ぶって? 名前をですか?」
「そうだよ。“フェアギス”ってね」
サモンは自慢げに答え、“フェアギス”も何かの返答のつもりなのか敬礼をした。
そんな動きにもまだビクつく二人を尻目に注意事項だけ伝える。
「普段は人がいるところでは姿を消しているからね。できるだけ人がいないところで呼び出してね」
「えっ、ええ、……そうですね。よろしくお願いいたしますね、“フェアギス”さん」
「了解」
そう言葉を残し、“フェアギス”が静かに見えなくなる。
「はははっ、まあ見えないけど近くにいるから気にしないでいいから」
「「え、ええ。はい、承知しました」」
一応、二人とも承知したようなので、ついでにサモンの気になっていることについて聞いてみた。
ポリーヌのことだ。
「それとポリーヌ。サッカー協会の業務は、だいたい把握できたかい?」
「あ~、はい。流れや仕組みなどの事務方はおおよそですが……」
実際ポリーヌが協会の職員となって動き出して2か月であるが、イングリッドの感想では公爵家の執事クラスの手際の良さとのこと。
気負いもあるだろうが、さすがに商会大手の支店長までなっただけはあるようだ。
当然イングリッドの片腕として動き回っていることも影響があるように思える。
だがそれだけではないのだろう。
例えば小さなことではあるが、運営のやり方などの改善点などを提案して効率化を図るなど、
積極的取り組んでいるそんな様子が、イングリッドの口から語られた。
そんな誉め言葉に恥ずかしそうにポリーヌが自己分析を漏らす。
「選手やチームのほうまではまだ把握しきれていません。すいません」
「いや、いいよ。ただ帝都の協会設立と布製品組合のほうもあるから、計画立ててやらないとうるさい皇帝がやってくるからね」
「は、はいぃ……」
ポリーヌ自身も当然気にしていたので、サモンから指摘されて声のトーンを落とした。
しかし、そこはイングリッドからの援護が入る。
「それについては私のほうでもサポートするつもりですので、ご安心ください。いずれにせよ、わたくしの父もチーム設立に手を挙げていますので、ある程度取りまとめを願えますから」
当然ポリーヌ一人で成し得る物でないことは、織り込み済みである。
ウォルケン皇帝が願い出たものなので、本人たちも率先して巻き込まれてもらわないと困るのだ。
競技場の建設予定地の確保や協会の組織作り、布製品組合に関係する者達への根回しや原料生産地の確保等々、ややこしいことが盛りだくさんなのである。
「ああ、それに言い出しっぺのウォルケン(皇帝)もいるんだから、顎で使っていいんじゃない。ただファイナ(綿花のような植物)だっけ? ファイナを栽培する丘陵地帯は開発する前に教えてね。一度下見くらいはしておきたいから。まあそのついでに競技場の建設予定地も。ウォルケン(皇帝)にも伝えといてね」
皇帝を“顎で使え”というサモンに苦笑しつつイングリッドは応えた。
「わかりました。いらしていただけるんですね、陛下もお喜びになると思います」
「あ、城には拠らないからね」
「フフフ、承知いたしましたわ」
こうして協会の事や南リーグのことを含めて雑談して、3か月後ぐらいを目途に、一度帝都カイエスに行く予定となるサモンであった。




