111 ひょんなおまけ
翌日、サモン一行はツーラと別れ、イザハル村を後にした。
昨晩はしっかりと話し合え、今後のこともざっくりとではあったが、理解してくれたのでサモンとしても満足だった。
そして一晩野宿し、翌日の昼にはロレンティアへと戻ることができた。
早速ベイヤード商会に赴き、会頭のサバスへの挨拶に向かう。
少し待たされたが、店の者がサバスを探し出して連れてきてくれた。
本来なら呼びつけられるような身分でもないのだろうが、店の者がどうしてもということで甘えさせてもらった。
「これはどうも、アカシ殿。お待たせしました。お早かったですな」
サバスは、運動が苦手そうな体型で息を切らせながら待合室に入ってきた。
「ああ、スムーズだったからね。少し早かったけどそのほうがいいかと思って来ちゃいました」
「なるほど、なるほど。お仕事が順調そうで何よりです。こちらの港の方も改修を早々と済ませていただいたようで、いろいろとお聞かせいただきたいことがあったところなんですよ」
「まあ、そうなりますかね。まあ……、わかりました」
「そうですか、よかった。それと甘えついでといっては何ですが、グラード公も同席させてもらえないでしょうか?」
「ええ、かまいませんよ。ご挨拶に伺うつもりだったし。一介の商人ですので、話を通していただけるのであれば願ったりかなったりです」
「はは、そうでしたな。スティール商会のアカシ殿」
そうしてサバスは今夜にでも宿の方へと連絡すると約束してくれ。
その場は別れた。
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「よくおいでいただけた、アカシ殿。こちらの都合に合わせていただいて、申し訳ない」
翌日、サモンはサバスと一緒に指定されたお昼前にグラード公の執務室に現れた。
サバスは約束通りグラード公との面会を取付け、宿の方へと連絡してきていた。
「いえ、もともと挨拶に予定だったので、会頭の申し出はありがたかったよ」
「いや、こちらのほうこそ。あのような港の改修までやってもらったのだから礼を言うのはこちらのほうだ」
そう言葉を返しながらグラード公が手を差し出す。
差し出された手をサモンも握り返した。
「そう言ってもらえるのなら、やった甲斐があったね」
すでに完成した様子は、シスターズ経由で報告されていた。
そして昨日あらめてサモンは、マリーゼとメルモとの合流がてら、港と視察に行ったのであった。
まあ、事前にわかってはいたが、継ぎ足された港の延長部分は真新しく真っ白い壁のようなものが伸びていた。
先端には塔も見える。
そんな真新しい様子も、サモン的には使い古された港の色とのギャップが、ちょっと残念にも思えた。
しかし、それでもマリーゼとメルモの話によると、機能的に壁の部分は防波堤にもなるし、上部は鋸壁(いわゆる城壁の上にある凸凹部分)もあるので、防御設備としての機能も持ち、港の人間側からすると大喜びだったようだ。
なにしろこれまで貧弱な港のせいで、まともな港湾施設も造れないのかと馬鹿にされ、利用料や税金も足元を見られる始末であったのだから。
「ふむ、おかげでラフ・グランの商人どもの鼻を明かせることができたわい。のう、サバス」
グラード公が傍にある椅子を勧めながらサバスを見る。
そのうっ憤を晴らしたかのようなこのセリフには、サバスも明るい表情で応えた。
「はい、公爵閣下。港にも大型船が着けられるようになり、商業ギルドや港の者達もこれで奴らに大きな顔をさせることないと意気込んでいました」
「そうだのう。これで対等な交易に持ち込めるな。奴らにもこれで強気に出ることはなくなるだろう。ようやっと陛下にも報告できるわい」
グラード公の大層な喜びように満足したサモンだったが、後半のセリフにはあの人物を思い出して暗い気持ちになった。
ヴァンクローネ帝国のウォルケン・ブルフ皇帝だ。
“ああ、皇帝に報告するのね……忘れてたわ”
このことを知ったウォルケンが次に会った時に、どんなおねだりをするしてくるか……。
「ところで本当にあれ(港)の代金はかまわないのか? 詫びというには件の騒ぎに見合わないものだが……」
「まあ、詫びなのでこちらの気持ちとでも思ってもらえればいいかなと……」
「そうか、好意というのであればありがたくいただこう。それと先端にある塔や壁は城壁のようなものと思ってよろしいのか?」
まあ、目立つ部分でもあるし、気になっていたようだ。
「ええ、まあ、一番は高波除けですが、防御にも使えるようにしてあるし」
「おお、これで帝都やナベンザの港にも引けを取らなくなったのう、サバス」
「仰せのとおりで。それにロレンティアでも大型船を造ることができるようになりました」
サバスの言葉にグラード公も噛締めるように頷く。
大型船を港に着けることができないため、地元の者も諦めていた大型船の運用をこれからはできるようになるのだ。
大型船なので建造技術はこれからになるだろうが、念願の道が開けたというのは大きいのだろう。
大型船を運用できるということは、この世界では大きな力を持つことになる。
交易都市であるならなおさらだ。
「ああ、ようやくである。感謝しきれませんぞ、アカシ殿」
「あははっ、まあ、こちらは造っただけだからあとは自由に使ってもらえればいいよ」
「存分に利用させていただきますぞ。しかし、これだけのことをしてもらった以上、こちらのほうとしても何か礼をせねばいけないところなのだが……」
「いや、特にお気遣いなく。交易の発展のためですから。それにラフ・グランへの牽制になるのではないかと思うけど……」
“オブトレファー西方教会”と手を結び、“グラール聖王国”で暗躍していることが明確になりつつある現状、サモンとしても楔を打ち込んではおきたい。
何よりも大陸が安定してき始めた今、原料から商品やサービスまでのつながりと普及が、永続的な大陸の安定化が可能となるのだ。
そのためにもラフ・グラン帝国の介入は最小限としておきたいのが、サモンの本音だった。
“介入は最小限”というのは、もちろんラフ・グラン帝国も広い意味では“サプライチェーン”に含まれるからだ。
よって現段階でラフ・グラン帝国の排除を願っているわけではないのだ。
「ただお願いといっては何だけど、ビストール湖方面に向かう手前にイザハル村というのがあるんだけど……そこの巡回をしてもらえないかな?」
「イザハル村? ふむ、確かにビストール湖周辺には村が点在するが、あの辺りは”エイワス子爵領か“マクーニモフ伯爵領”であったはずだな……。しかし、なぜそのような辺鄙な……、というか地方に巡回を?」
「まあ、新しい事業の協力者が出来たもんでね。魔獣の襲撃はないらしいけど念のため用心できればなと」
魔獣だけではなく、スターリアとの旅の時も好まざる者と出会ったので、そのような者が徘徊していないとも限らない。
そのための用心である。
そんなことをサモンは簡単に説明した。
「あいわかった。街道沿いの魔獣の襲撃は少ないとは理解しているが、賊の出現は度々耳にしておるからな。”エイワス子爵領か“マクーニモフ伯爵領”にも伝え、それぞれで街道警備の強化を図るよう進めよう。それで良いかの?」
「ええ、可能な範囲でしてもらえれば」
ツーラの話を聞いた限りでは、村の治安もそれほど悪いわけではなかった。
だが今後牧場が成功し、加工品まで出来るようになればイザハル村も生産拠点となり、魔獣よりも賊に狙われる可能性もある。
今はそれほど重要ではないが、今後のことを考えれば、村や街道の治安維持も必要になってくるのだろうなとサモンは朧気に思っていたところであった。
結果、将来的に港の改修は良い投資になったのだった。
また、グラード公にとってもどちらかといえば大きな借りが出来たようなものなので、何も礼ができないというのも対外的にもどこか座りが悪い様子だった。
巡回であれば兵士の教練にも丁度良い。
なのでサモンの提案には大いに安堵し、快く引き受けたのだった。
こうしてお互い満足といえる会合の後、サモンとサバス一行は城を後にしたのだった。




