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110 エル・ド・オゥーガー

その日サモン達はツーラの家で世話になることにし、食事などをしながらレクチャーした。

今日造った飼育場の使い方や“バヌー”を飼育したら何ができるかということを。

具体的に何ができるようになるのか、何をしなければならないのかだが。

できる物は当然、“バ乳(牛乳)”なわけだが、それはそのまま飲み物としての利用価値しかない。

しかし“バ乳”は利用範囲が広い食材である。

“チーズ”や“バター”などの加工食品が作れ、その多くが万人受けするものだ

これには実際に“蒸プリン”を食したモデナ達からのプレゼンテーションもあった。


「いいですか、“プリン”とは……スライムに一太刀入れるかの如く抵抗もなく、すくい上げれば今にも崩れ落ちそうなプルプルッとした感触が伝わり、口に入れればなめらかな口当たりとともに甘~く、わずかにほろ苦さを感じながらトロけていく、この世の物とは思えぬ崇高なものなのです。それの元となる“バ乳”や卵を手に入れやすくするためには、牧場を広め、ひいては“バ乳”を広めることは神からの天啓なのです」


ゼリーなら分かるが、“プリン”をスライムに例えるのもモデナらしいと言えばそうだが、たかが“プリン”にここまで秘めた情熱を持っていたとは、サモンも驚きだった。

だが神とプリンの因果関係はまったくない。

ツーラも少し引いている。

そんなツーラに向かって、サモンは手を振り、否定のジェスチャーをした。 


“いや、神様はそんなこと言っていないから”


そんなサモンの心を読んだのか、さらにモデナの目に力が籠められる。


「いえ、言わずともわかるのです。あの“プリン”を食した後の幸福感、高揚感。この世の全ての人が味わえることが必要なのです」


どうやらモデナは、“プリン教”でも始める気らしい。

その勢いはチェシャも加わって30分ほど続いたが、サモンのいい加減飽きたので具体的な話を進めていく。


「まあ、そんな“プリン”は最終目的なんだが、まずは“バ乳”の生産量を増やすのが目的だね。そのためにはツーラに試験的に数頭育成してもらって、頭数を増やしていくことが大事かな」


「おらでもできるかや?」


「ああ、ツーラのペースでやってもらえればいいよ。こっちでもやっていくから。お互いでやって情報交換できれば補え合えるだろ?」


場所が違えば飼育方法も多少変わるとは思われるが、基本的なことに大きな違いはないとサモンは信じている。

しかし、飼育方法のノウハウを蓄積するためにも情報交換は必要であった。

そのためにも定期的にスティール商会の者でも通わせるつもりである。


「んだな。まずはやってみんべ。ひょっとしたら村のモンも手伝ってくれるかもしれんしなあ」


「ああ、そうしてくれ。イケるとなれば村全体でやってもらってもいいよ。声を掛けてくれれば牧場を広げてもいいし」


「ああ、知らせるだ。それに“チーズ”とかいうのも食べてみてぇしなあ。そっこ(早速)、近いうちに“バヌー”さ、取りに行ってくんべ」


“チーズ”は、食事中にサモンが例としてあげた “バ乳”の活用例のうちの一つだ。

どうやら興味を引いたらしい。

ここイザハル村だけでなく周辺の村などで食べ物といえば、パンに野菜や狩ってきた獲物の肉ぐらいしかない。

そのため新しい食材、しかも自分の手で作りだせるとなれば、ツーラとしても期待は高まる。

しかも実際に仮とはいえ飼育場を作り、“チーズ”や“バター”などの具体例を示されれば興味が高まらずにはいられない。


まあ、元々この世界において加工食品などというものは、干し肉や酒など数えるほどしかないのが現状だ。

そういった点でいえば生産が軌道に乗れば商品になることは間違いない。

幸いにも交易拠点となるロレンティアにも近く、立地的にもイザハル村が生産拠点になる可能性は大きいとサモンは踏んでいた。


ただひとつサモンには懸念があった。

常にではあるが、サモンの周辺はニケによって探索されており、魔獣などの危険対象は排除されている。

前回“バヌー”を捕えに来た時や今回もそうだが、周辺にはそれなりに魔獣が多い場所があることがわかっていた。

もちろん村からは離れているが、“バヌー”を捕獲したビストール湖の北側にある“ピタラス山”や村から南にある山岳地帯などがそうである。


「なあ、ツーラ。“バヌー”を飼ったとして、この辺の魔獣は襲ってくることないのかい?」


これまでに村で大きな被害はないことは聞いていたが、一応確認のために聞いてみる。


「んにゃ、ねぇだね。この辺で怖ぇ魔獣つったら“ムガール山”の方に近づかねぇといんね」

「ムガール山?」


“ムガール山”とはツーラによると、村から遠く南に見える一番大きな山のことを言うようだ。

村からは深い森の向こうに深い山の連なりがあり、さらにその奥にあるらしい。

そう言われてみればサモンも旅の途中何度か見た記憶もあった。

だが、いつ見てもその頂は厚い雲に覆われて見えなかった気がする。

そこであることをサモンは思い出す。


“そういえば、レイナエターナでも探査できない場所があったな……”


サモンは5年前、大森林ができる前に母船であるレイナエターナによる大規模探査を行っていた。

もちろん魔素の流れを調べるためであるが、大陸中を調べたのだ。

まあ、それによって5年前の戦争に介入するに至ったわけだ。

しかしその探査中どうしても探査できない箇所が3つほどあったのだ。

結局、その周辺の魔素の流れも安定していたため後回しにしていたのだが、その一つが“ムガール山”とおおよそ合致した。

ニケにも紹介を依頼したところ、“合致”とのことだった。


「んだ。ここいらでもセルモ様がおられると言われちょる山やったい」


またサモン達も聞きなれない名前が出てきた。


「セルモ様?……ってなに?」


一瞬サモンは山ということで仙人か神を連想したが、聞き覚えのない名前だけに首を捻るだけだ

そんなサモンを見かねてモデナが尋ねた。


「あ、えっと……オスト・モス・セルモ(痾霧龍)様でしょうか?」


「ん、街のほうではそう言いよったな」


街の方でもそう呼ばれているということは、おそらくモデナの呼んだ名前が一般的な名称なのであろう。

サモンはゆっくりその名を繰り返した。


「オスト・モス・セルモ……様ね」


まだ呑み込めていないサモンのためにモデナが、オスト・モス・セルモについて説明した。


1 この世界には“エル・ド・オゥーガー(八大オゥーガー)”と呼ばれる8体の古き魔獣がいる。

2 アルト大陸には3体の“エル・ド・オゥーガー”がいて、そのうちの1体の名がオスト・モス・セルモであること。

3 残りが、ア・リケリア(轟閃龍)、リ・シェイン(暴焔龍)という名であること。

4 “エル・ド・オゥーガー”がすべての魔獣の祖であること。

5 “エル・ド・オゥーガー”は山に住み、その山に近ければ近いほど凶悪な魔獣がいること。

6 “エル・ド・オゥーガー”は強大な力を持ち、それゆえに崇拝され、中には信仰する者もいる。 等々


といった概要を教えてもらった。


そこでやっとサモンは思い出す。


“エル・ド・オゥーガーって、たしか……ケイバンから聞いたな”


そう、以前ケイバンが生まれた故郷の話を懐かしそうに話した時に聞いた呼称だった。

それにケイバン自身の剣技にもそんな名前がついていた記憶もあった。

ケイバンが懐かしみながらも悲しそうに話していたので、それ以上詳しい話は聞かなかったのだが……。


「たしか……ケイバンも“オゥーガー”って……」


サモンは小さくつぶやき、それに反応してモデナとチェシャも頷く。


「だば、ここからは離れとうし、湧いてこんね」


ツーラの記憶では、村周辺で大型の魔獣も見ることはないし、スタンピードも記憶にないらしい。

まったくもって平和な村であった。

それであればサモンの杞憂に終わった。


ただビストール湖より西に行くと山や森が近くなるため、襲われる村があるらしい。

過去にはスタンピードで壊滅した村もあるようだ。

一応対策はしているとはいえ、せっかく育てた“バヌー”が襲われたら苦労が水の泡である。

警戒するに越したことはない。


結局その多くは牧場についての話だったが、意外にも探査不能地域の要因が朧気に見えてきた場面もあり、サモンにとっては有意義な時間が過ごせた夜だった。


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