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109 港と牧場

ベイヤード商会に着いて会頭のサバスと面会すると、サモンは早速“バヌー”の件の確認と“ケイジュ”の件を依頼した。

“バヌー”の件については3日ほど前に大森林へと送り出したとのことだった。

そして最近のラフ・グラン(帝国)勢の動向を聞きながら港の改修の話に移った。


「それはよかった。じゃあ次はこっちの番だね。港の方……いいかな?」


「港? ……すぐに拡張されるのですか?」


「ああ、良ければ明日にでも……だけど?」


「明日? え、もう準備を?」


サバスはアレクサの競技場の建設が瞬く間に行われたことを聞いていたが、あれは陸上でのこと。

海の中に基礎が必要な港の拡張であればそれなりの期間を見込んでいたが、近くへ買い物に行くような気軽さを思わせるサモンの返答に驚きを隠せない。


「ああ、いつでもいけるよ。根回しは済んでいるよね」


「ええ、すでに改修を行うことはグラード公が触れを出しておりますので大丈夫ですが……」


以前打ち合わせた通り、港の改修をすることを街や港のまとめ役に伝えてはあった。

グラード公からもいつでも良いと許可ももらっていたので、問題はなかろうとサバスは考えてはいたが……。


「何か問題でも?」


「いえ、改修には作業員が大勢やってくるものとばかり……。町にそのような者が入ったという様子を聞き及びませんでしたので……」


「ああ、魔法を使うからね。なので驚かせないよう予定通り遮蔽するからね」


実際は魔法ではないが、説明が面倒なのでサモンは否定しない。

転送を転移魔法といえば言えなくもない。


「魔法ですか……。そのような魔法が……無知で申し訳ありません。確かにそのようにお聞きはしていましたが、全てを魔法で行うとは思いもよりませんでした」


「じゃあ、明日の朝から予定地に幕を張るからグラード公にも伝えておいてもらえるかな? 始まれば俺はイザハル村に向かうけど、戻ったら挨拶に寄らせてもらうよ」


「はい、お伝えします。お帰りは?」


サモンは1週間程度と答えて部屋を後にした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


次の日、夜が明けと共にサモン一行は、港の先端に陣取っていた。

夜が明ける前には何隻かの船が漁に出かけていったが、港の中にはまだいくつかの船が残っていた。

こちらの世界でも漁師は早いものなのだろう。

そのためか、港で行き交う人もそれなりにいた。

サモン達が港にやって来た時には、前回の騒動でインパクトを与えすぎたのか、遠巻きに固まっている者や、物陰に隠れる者までいる始末だ。

まあ、周りがそんな様子でもサモンは、港の先端から海を眺め、船がいないことを確認する。


「ニケ、始めてくれ」


サモンは小さきつぶやき、両手を広げて空を仰いでみせた。

これは特に意味はないのだが、魔法といった手前それらしいことをやったまでだ。

時には演出も必要だ。


「了解です」


サモンの指示にニケは応答し、サモンと同様に両手を広げて空を仰いでみせる。

当然これもただのポーズであり、事前に言い含めていたわけだが、それと同時に遮蔽用の白い壁が海から突き出す。

もちろんこれは魔法などではない、レイナエターナ(母船)からの転移させたものだ。

それは港の先端から順に沖までと続いていった。

その距離およそ100m。

その地点水深は20mになるとサモンは報告を聞いていた。

干潮時を考えても十分な深さである。

大型船であれば2隻ほどは係留できるはずだ。


ちなみにゼロからの作業ではない。

すでに事前調査や基礎部の設置などは、シスターズが実施済みである。

サモンも詳しいことまでは知らないが、おそらくタルサ達の仕事なのであろう。

報告は受けていたが、海底を削ってから基礎を設置し、その上に構造物を設置していくといった大まかな流れしか把握していない。

当然、構造物を設置する際には目張り用の白い壁と同様、レイナエターナ(母船)からの転送によって行われる。

なので、時間的にはそれほど掛からない筈である。

シスターズの仕事に間違いはないのだから。


一応、それらしい演出を終えて後ろを振り返ると、やはり遠巻きにではあるが人だかりができていた。

皆それぞれ茫然自失といった顔を向け、サモン達を見ている。

これまでにも見た反応だが、敢えて説明する必要はない。

サモンはそのまま街のほうへと歩き出し、マリーゼに言葉を掛けた。


「じゃあ、後はよろしく」


サモンはこの後ビストール湖方面のツーラがいるイザハル村に行く予定だ。

同行者は、ニケはもちろん、モデナとチェシャだ。

マリーゼとメルモはロレンティアでお留守番となるのだが、サバスや街の人達との仲介や情報収集も指示してある。

その2人が頷くのを見届け、サモンはそのまま港を後にした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ロレンティアの街を出て、イザハル村へと馬車を進める。

前回から日にちも経っていないため外を流れる風景はさほど変わった様子もなく、相変わらず草木に囲まれた道を進むだけであった。

さすがに前のように徒歩ではないため、次の日にはイザハル村へと辿り着く。


早速ツーラの家に向かうと、外でツーラが鍬か何か農具を手入れしているところだった。


「よう、ツーラ! またお邪魔するよ」


「お、もう来やったかね」


ツーラはやや驚いた表情をするが、すぐに破顔して温かく迎えてくれた。


「ああ、ロレンティアにも用事があったからね。それに準備だけでもしておこうかと思って」


「おお、そうか。まあ、茶でも……」


一行は家に案内され、居間でそれぞれ茶のような飲み物を頂く。

現代でいうハーブティーのようなものだ。

以前泊まった時にも出されたが、ほのかに甘く酸味のあるレモンハーブのようなものだ。

”シセル“という野草を乾燥させたものだという。

なので、この辺では“シセル茶”と呼ぶらしい。


モデナ達も何度か旅先で口にしたことがあるようで、場所によって呼び方が違うらしい。

たとえば”セル茶”や”シエラ茶”、あるところでは”リモネ茶”などと言うらしく、その場所による草の呼び名が違うということだろう。

それによってこの話題は、そのようなハーブ系の茶が他にも数種類あり、各地方で飲まれているという話や食材の話にまで及んだ。

そのような話を小1時間ほどして和んだ後、サモン達はいよいよ牧場設置のために現地へと向かった。


案内された牧場の設置場所は、ツーラの家から歩いて3分ほどのわりと近い畑の一角だった。

ツーラが耕す畑の内、現在休ませている畑の一つらしい。

そのためか草がボウボウに生えていた。

広さは50m×70mほどだ。

これならば、試験的にやるのに丁度良い広さだとサモンは思った。


「へぇ~、丁度良いところが空いていたね」


「んだ、丁度これから耕そうと思ってたとこんだ」


「いいのかい?」


「よかよ、他にもあんだ」


やはり辺境、土地は耕せばいくらでもあるらしい。


では遠慮なくと、ニケに指示を出す。


「ニケ、始めてくれ」


「了解です」


サモンの指示に応答するとすぐに行動を開始した。

それはロレンティアの港のように特別な演出もなく、ニケはノーリアクションだ。

やや離れたところから突如として木杭が撃ち込まれていく。

高さにして1.5mほど。

それが次々と撃ち込まれるというか、土に刺さった状態で現れる。

実際には打ち込む箇所の土をどこかに転送し、代わりに杭を転送して置くという作業になるのだが、その作業はほとんど音がせず、傍目からは妙な光景である。

見慣れたモデナ達にとっては壮観な光景だが、やはり見慣れぬツーラにとっては別なのだろう。

口を開いて固まっていた。


ある程度ツーラから教えてもらった位置あたりでサモンが尋ねた。


「このあたりまでかな?」


そんなサモンの問いにも、ツーラはカクカク頷くだけだ。


一通り畑を囲み終えると、今度は牛舎兼倉庫の設置となる。

これもサモンはツーラに設置場所を訪ねるが、まだぎこちない様子のツーラはサモンが示した場所に頷くだけである。


いつでも移動はできるので、サモンがニケに指示をして牛舎兼倉庫を出現させる。

牛舎兼倉庫は丁度コンテナ2つ分ほどの大きさであった。

これであれば、4頭ほどは入れられるだろう。

あとは水場であった。

水は大森林の街中でも使われている手押しポンプタイプの井戸でいいだろうということで、これを設置。

時間にして1時間ほどであろう。

ツーラもさすがに後半は慣れてきたのか反応するようにはなったが、今度はサモンへの質問攻めとなったのだった。


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