108 初心者の育成
工房を建て始めたその日は、傍に仮小屋を設置し、サモン達は一晩を明かした。
翌日、サモンはミーアに後の事を頼むとお昼前にはロレンティアへと旅立った。
サモン一行は3日ほど馬車に揺られ、途中の村々で休憩しながらロレンティアへと歩を進めた。
ニヨン村からロレンティアまでの風景は、同じような景色が続く。
遠くには低い山々の峰も見えるが、見渡す限り川か畑の風景だ。
時折すれ違う人や馬車も商人か農産物を積んだ荷車、地元の農民がほとんどであった。
そんな風景もロレンティアに近づくにつれて村の規模も大きくなり、行き交う人も多くなる。
やがてロレンティアの手前、“リ・ニーザ川”の聖王国側の畔に立つ砦、“フル・ファクス”という砦に辿り着いた。
この砦、大きくはないが一応国境を守る砦である。
規模でいえば遥かにロレンティアの方が大きいが、城壁で囲まれた城塞都市でもあった。
領主はバルン・ステロペス伯爵というらしい。
そのためロレンティアまでは、この“フル・ファクス砦”を通って“リ・ニーザ川”に掛かる橋を渡ることになる。
“リ・ニーザ川”も河口に近いこの付近は大河となっており、近くに掛かる橋はここだけのため、守りやすく攻め難い地形であるといえよう。
また、ロレンティアとの大きな違いは、 “フル・ファクス砦”が海からやや遡った場所に位置していることだ。
そのため大きな船は遡上できず、交易の中心は海に面したロレンティアとなっている歴史があった。
そんな“フル・ファクス砦”と“リ・ニーザ川”をさしてトラブルもなくサモン達は通過し、次の目標であったロレンティアに辿り着いた。
サモンは、ロレンティアに入ると早速モデナに命じて宿の手配をお願いする。
そしてチェシャが列から離れるのを見届け、残りのメンバーとそのまま冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドの扉を開けると、中の様子はそれなりの活気に満ちていた。
しかしサモンが一歩中に入るとその活気が打ち消され、皆の視線がサモン達に集まった。
いや、それ以上に後に続くモデナ達の威嚇ともとれる覇気に押されているのかもしれない。
ほかには、“おい、あれって” “あのマントに仮面は……” そんなつぶやきが聞こえるだけだ。
それは港で暴れたニケを覚えている者のつぶやきなのだろう。
そんな周りの反応に見向きもせず、サモン達は真っ直ぐ受付嬢のいるカウンターへと向かう。
「い、いらっしゃいませ。ほ、本日のご用件は?」
周りの反応に同調したのか受付嬢もいささか緊張しているようだった。
いつもながらの緩んだ顔のサモンは別として、モデナ達の覇気に戸惑っているのか、その声は少し上擦っていた。
しかし、かまわずサモンはのんびりとした口調で応えた。
「“ケイジュの捕獲”を依頼したアカシだけど、その後どうなったかな?」
受付嬢はサモンの応答に“ケイジュの捕獲”の依頼があったことを思い出し、慌てて依頼書を探し出し確認する。
その依頼書をサモンの口調により平常心へと戻ったのか営業スマイルを取り戻し、経過を告げた。
「え~と、お待ちしておりました。捕獲した分だけ買取でよろしいですよね。合計で23羽捕獲できてます」
「23羽か……。まだ足りないな」
やや不服そうにサモンはつぶやく。
不服そうなサモンの様子にわずかながら戸惑う受付嬢であった。
「確かにご依頼は30羽程度となっていましたが……、まだ必要なんですか?」
「ああ、欲を言えば100羽ぐらいかな」
当初は30羽程度もいればよいかと思っていたサモンであったが、時間もかけたたこともあり、それ以上を期待していたので思わずサモンも本音を漏らしてしまう。
言い方が一つ違えばとんでもないクレーマーである。
「え、100羽もですか? そうですねえ、季節が春先であれば群れていることもあるようですけれど、秋のこの時期になると散ってしまうようなので難しいかもしれませんね。どうします? 引き続き依頼を出されますか?」
「そうか、時期が悪かったか。……わかった、とりあえず捕獲分はベイヤード商会に送っておいてよ。それと依頼は引き続き頼むとするよ。もし捕獲できれば、同様にベイヤード商会に送ってね」
「わかりました」
すでにベイヤード商会とはバヌーの件で繋がりもあるため、同様に頼めばつつがなく事は運ぶだろう。
そんな打算からのお願いであった。
問題は思った以上に捕獲のペースが上がらなかったことである。
ならばやる気を起こさせることだ。
「あと、単価を引き上げようか?」
サモンとしては成金的思考のように思えたが、仕方のない提案であった。
「いえ、初心者向けにちょうど良い依頼ですので、急がないのであれば、そのままにしていただけませんか?」
「まあ、急いではないけど、のんびりしているわけでもないんだよね」
そう言ってサモンは代案を提案する。
確かにギルド側の言い分は理解できる。
初心者冒険者にとって初期の依頼というものは、街中の何でも屋的なものがほとんどである。
そんな中で、実際に獲物を狩る仕事を経験できる依頼というのは稀有であった。
そのため、ギルドとしても冒険者の育成に丁度良い依頼を失うことは避けたいところなのだろう。
だが、サモンのも都合がある。
そのためサモンは総量200羽までとし、追加で特別ボーナスを出すことを提案した。
それはあと1か月間で77羽の捕獲を達成し場合、倍額の特別ボーナス出すというものだ。
残りの100羽はそれまでどおりの額ということになる。
これならばギルドや冒険者にとっても不利益は生じない。
サモンにとっても“ケイジュ”が倍になったところで、小屋の増築をすればいいだけだ。
それに卵の需要がすぐに増えることは確信している。
少し打算的ではあるがサモンはそんな提案をしてみた。
このサモンの提案に受付嬢はしばらく席を外し、副ギルドマスターを連れて戻ってきた。
副ギルドマスターはサモン、アカシのことを承知していたようで、腰を低くして礼を述べ、この提案を承諾した。
ついでに今後の参考としてサモンはふとした疑問を尋ねてみた。
「ちなみに今回はどのあたりまで探しに行ったんだい?」
「え~、“フル・ファクス砦”の北西にある“バルンシャ高地”の辺りのようですね」
副ギルドマスターが報告書を見ながら答えた。
「“バルンシャ高地”ね。“ケイジュ”はそのあたりにしかいないの?」
「いえ、以前よりもだいぶ数は減ってきているようですが、“ピタラス山”の麓周辺にはまだいるようですよ」
副ギルドマスター曰く、季節によって餌となる草や虫の場所が異なるので、“ピタラス山”を中心に移動しているのだという。
“ピタラス山”自体もそれほど大きな山ではなく、大型の魔獣も存在しないため、冒険者にとっても比較的安全な領域なのだという。
ついでに“バヌー”のことも聞いてみたが、やはりその周辺ではすでに見られなくなって久しいとのことで、副ギルドマスターも残念がっていた。
なにはともあれ、サモンの提案を了承してくれたことによって“ケイジュ”の件も期待が持てるようになった。
話を終え、サモン一行がギルドを出ると、それまで聞き耳を立て静まり返っていたギルド内も再び騒がしくなる。
サモン達がドアを閉めると同時に、今のやり取りを聞き出そうとする輩が受付嬢へと群がっているのだろう。
だが、ベテランには悪いが初心者限定となっていることで、しばし恨み節が呟かれたのは言うまでもなかった。
サモンが外に出ると丁度チェシャも戻ってきており、合流して次なる目的地、ベイヤード商会へと足を向けた。
チェシャには以前スターリアが用意してくれた宿に行くように言い含めてあったが、どうやら無事に取れたらしい。
聞けばアカシの名前を告げると気持ちよく応対してくれたそうだ。
ただ気分よく話した口に何かのソースの跡が……。
途中で何か買い食いでもしたのだろう。
それに気づいたマリーゼにお小言を貰うこととなる。
そのお小言はベイヤード商会に着くまで続くのであった。




