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107 工房建設開始とミーアの願い

「さあ、そろそろ“ニ・ヨン村”ですわ」


馬車から外を眺めていたミーアが嬉しそうに顔を綻ばせた。


「ああ、そのようだね」


サモンも時折GPSで確認していたのでもちろん知ってはいたが、そのことをあえて告げる必要はない。


シュナイトと面会し、その後アン・ガミルにてミーアと合流し、シャニッサからカルス・レークに抜ける山道“を経て、前日までカルス・レークのダルマシオ伯爵の歓待を受けていた。

山道はサモンが空けたトンネル、“リ・ニーザの穴”のある道で、“リ・ニーザ新道”と今は呼ばれているようだ。


面会したダルマシオ伯爵とは、約束通りニ・ヨン村に建てる工房の契約書やその他の合意書を提示し、正式な契約を結んだ。

その後、例の西方教会の動きや王宮などに関する情報交換を行った。

西方教会についてはあの一件以来大人しいようで、ダルマシオ伯爵の推測では別ルートに変えたのではとのことだった。


それと王宮についてはレン・シャファル領主やサン・ムリア大公領主などの西方教会派閥の領主がこぞって“大森林”糾弾の嘆願を願い出ているらしいとのことだった。


やはり公路のバイパス化が効いているようで、商人達の流れに変化が起きているようだった。

また、ユーディーことパル・ポタス公爵領主が王宮へも参内するようになり、新たな緊張感が漂い始めたことなどを伝えられた。

そのあたりはサモンもシュナイトから聞き及んではいたので特に驚くことではないが、辺境に近いカルス・レークまで聞こえていることに、ユーディーの影響力を感じずにはいられなかった。


そしてその翌日、陽も落ちかかる頃ニ・ヨン村へと一行はたどり着いたところだった。

そのまますぐにミーアの案内で、村長に挨拶に行く。

村長とはすでに幾度かミーアが交渉してきたこともあり、温かく向かい入れてくれた。

ミーアのおかげで村長とも工房に関することは合意もしており、その場では簡単な挨拶だけであった。

もちろん宿泊も進められたが、村のはずれで野営をすることを告げ、翌日予定地の視察と仮小屋の建設の許可だけはもらった。


翌日すぐに一行は、予定地であるフランの木が群生する“エクルの森”傍まで足を伸ばした。

もちろん村長も一緒だ。

“エクルの森”と呼ばれる場所はミリスやミーアから聞かされたとおり魔獣の気配が感じられず、その静けさはかえって違和感があって不気味なほどだ。


ひとまず村長の案内で森に入り、すぐにフランの木を拝むことができた。

その姿は現代でいう“バオバブの木”と似ている。

“バオバブの木”を細く小さくしたような木であった。

それが大きな木々にまぎれて所々に群生していた。

話に聞いていた通りそれぞれの木々にはいくつものひっかき傷のようなものがある。


「これが本当に村の特産になるんですかの?」


フランの木を興味深げに眺めるサモンに村長は問いかけた。

サモンはその問いに振り向いてにこやかに答える。


「それは保証するよ。ただだからといって無闇に採取しないでほしいんだ。そこは森を一番知っている村の人達が判断してほしい。森が壊れないよう君達がコントロールするんだ。」


「よろしいので?」


「ああ、伯爵とも話はついているし、全部ミーアのエイワード商会を通してこちらが全部買い取るよ」


サモンはそう言ってミーアに視線を送った。

ミーアはこれに応えるかのように言葉を続けた。


「ええ、その言葉に間違いはございませんわ。ただお話ししたようにフランの木が増えるよう、その栽培方法も考えてもらうようお願いいたしますね」


これは今後事業が軌道に乗った場合、材料となるフランの木が枯れるなどを想定し、森が守られるよう配慮した提案だ。

ラテックスの生産量は大森林の独自技術なので、大森林の下でコントロールできるが、嫌忌薬はこの世界でも十分に生産可能な技術レベルのものであるため、広まる可能性がある。

そうなると材料が足りなくなる可能性もあるため、あらかじめ備えておく必要があったのだ。

そうしたことも踏まえて工房の設立から運営方法まで、事前にミーアから村長に伝えてある。


「はい。そこんところはすでに村の者にも言い含めておるんで、大丈夫じゃと思いますん」


そんな立ち話もしながら工房設置場所へと移動する。

場所は来た道から外れるが、村と森の中間地点ぐらいの所であり、今は草が生い茂っている場所だった。

村の周辺の土地は基本的に平野部なので、示された場所もこれに漏れなく平らな場所であった。

これならばさほど手を入れずに工房を建てられるとの判断だったのだろう。


早速、サモンは競技場建設時と同様に数体のシスターズを呼び出すことにした。


ニケは特に何の反応も示さなかったが、“ニケ”の言葉に瞬く間に白い体躯にマントを羽織ったシスターズが姿を現した。

その先頭には胸に“タルサ”と読み取れる名札を付けた個体だ。


ミーアやシスレィなどはすでに驚きもしないが、村長だけは腰を抜かして尻もちをついていた。


“魔人様じゃ、魔人様じゃ“とアワアワする村長に、おもわず慌てたミーアが手を差し伸べ、なんとか宥めすかす。

その合間にサモンは指示を飛ばす。


「予定通り始めてくれ。機材の搬入まで済ませていいぞ」


「了解です」


サモンの言葉にタルサ達は頷き、すぐに行動を開始した。

タルサ達は草が生い茂る工房予定地に飛び込み、それ散っていった。

そしてしばらくするとその草藪の中に3mほどの高さの白い壁が現れた。

これは競技場建設時と同様に建設風景が見えないようにする幕だ。

シスターズや次々と転送されてくる資材などで住民の不安を煽らないための配慮だ。


それでも村長が魔人と宣うシスターズだけでなく、果てしなく続きそうな白い壁が突然現れれたのだ。

先ほどまでアワアワしていた村長だったが、今では完全にフリーズし目を見開いてしまっていた。


「さて、これで明日にはあらかた箱はできるだろう。あとは順次そちらで手配してもらえるかな?」


サモンはミーアに今後について話しかけた。

今後についてとは、工房の建設が終わり次第ラテックスや嫌忌薬の製造機による試験運転や工房の運用についてだ。

試験運転については、実際に機械を使用してのラテックスや嫌忌薬の加工と製造であり、その後調整を経て実際の操業となるわけだ。

工房の運用については人や金の流れなどとなる。

とりわけ資金については伯爵、大森林(スティール商会)、エイワード商会の合弁会社のようなものだ。


「はい、村長と話しながら準備を進めますわ。ところでそちらの……、マリオ親方でしたっけ? 指導に来られる方は?」


「いや、たぶん弟子の誰かだと思うよ。機械の使い方は、うちの工房の者なら誰でもいいと思うよ。まあ、それでもそれなりの奴が来ると思うけどね」


採集、加工については村の者が実務を担当することになり、これを組織化する必要があった。

当然村の人にとってそのような組織の立ち上げは経験に乏しく不慣れなため、当面は大森林やエイワード商会による指導によって徐々に慣らしていく予定である。

半年もすれば村人も慣れてすべてを任せられることになるだろう。


「じゃあ、実際試験運転に入るのはその方が来てからということになりますから、それまでに人を雇っておけばいいですよね?」


「ああ、それで構わないと思うよ。……あと、今回に合わせてうちの学校からも何人か出そうと思っているんだ」


サモンはもう一つの企み、いや、試してみたいことがあった。

それが現在育成中であるドース達や生徒の中から習熟してきた者達を外に出してどのような反応があるかということだ。

読書き算術ができればそれだけで優秀な働き手となるこの世界だ。

ミーアはサモンの言葉を聞き、明るい顔を向ける。


「え、じゃあ、そろそろ……?」


「ああ、そろそろ生徒の中に使い物になりそうな者も出始めているらしいからね。だから良い機会かなと思ってさ、ここでね」


以前優秀な生徒を送ってもらう約束に期待をしていたミーアだったが、サモンの“ここでね”との一言でミーアの顔は険しくなった。


「え~、こちらにも回してもらえる約束だったじゃないですか」


「え、あ、ああ……。まあ、まだ使い物になるかどうかわからないからさ。これが最終試験みたいなものさ」


拗ねたミーアの言葉にサモンも以前の約束を思い出したようで、慌てて言い訳を口にした。

どのみちいくら優秀な生徒でも実際に現場に出て力を発揮できなければ意味がない。

新しい環境への適応能力なども必要である。

そうしたことをあらかじめ確認できるようなプログラムの必要性を感じていたので、職業訓練がてら外の世界での試用を目論んだのであった。


そんなことを掻い摘んでミーアに説明すると、“う~ん”と唸りながらも納得したようで、ようやく機嫌が戻った。


「じゃあ、結果が良ければその方を回してくださいね」


「ああ、本人が良いと言えばね」


こればかりは本人の意思次第なのでどうにもならないことである。

サモンとしてもエイワード商会を希望してもらい、この工房付になってもらうことがベストではあると思うが、今は願うしかない。


「そんなぁ~」


ミーアはサモンの腕に必死にしがみつき、目を潤ませて懇願した。


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