105 ときには根回しも必要
ケイバンの執務室を出た後、サモンはまず学校にいるはずのエルフ族長兼第2区長マルティナを訪ねた。
「あら、やっと帰って来たのね」
彼女は目を通していた書類を脇に、待ちわびたとでも言いたげなマルティナの第一声で迎えた。
「ああ、少し手間取ったよ。今の所“バヌー”だけで13頭だ。牧場予定地を決めておきたい。これから行けるかい?」
待たせたことを詫びてマルティナを誘い、以前話していた牧場予定地へと向かう。
場所は以前にも決めていたとおり、街の外の森林部分だ。
その一部を開拓して牧場を作ることになる。
予定地へと向かいながらマルティナにロレンティアの旅路について語る。
「まぁ、早速ラフ・グランとやりあってきたのね。ウォルケン皇帝に飛び火しなければいいけれど」
「そのあたりは大丈夫じゃないかな。一応商会同士の話となってるわけだし……」
「それならいいけれど、あそこは一応帝国よりも古い歴史があるから面子を潰されたと思うかもしれないわよ。……そうは言っても、あなたには関係ないでしょうけど」
「ああ、まったく関係ないね」
「ただ、関係が悪化してシュリム草(ハーブの一種)が入ってこなくなるのは困るわね」
マルティナのいうシュリム草とは香草の一種で、お茶や香辛料になるものらしい。
エルフの生活に欠かせないものらしいが、特にラフ・グラン固有のものではなく、近くの森にも生えている野草とのことだ。
そのためラフ・グラン産がなくとも不便はないのだが、香りの強さなどの特徴からラフ・グラン産の物が上質であるとされているらしい。
その他にもラフ・グラン産の物が上質とされているものは多くあり、交易相手として優遇されていることがマルティナの口から説明された。
もちろんそのあたりのことは、スターリアからも雑談交じりに聞いてはいたので把握はしていた。
しかし、実際足元(自分の街)にも顧客がいたことに、サモンはラフ・グランの手足の長さを感じたのだった。
「ところで飼育員の件、ブロニカ(獣人族の族長兼街の自警団長)には伝えてもらったかな?」
「ええ、何人か獣人族の中から見繕ってくれるらしいわ。うちの生徒も使ってもいいわよね」
「もちろんかまわないよ。ただ管理人をまだ決めていないんだよね。……君で良ければ君がいいけど、学校もあるしね。誰かいるかな?」
「そうねえ、ブロニカは自警団長だし、一旦は私が預かることにして……。商品化するのでしょう? だったら商会の方で管理してもらうほうが早いんじゃないかしら? 別に後から管理人を立ててもいいわけだし」
「そうだね。そう言ってもらえると助かるよ」
「ええ、かまわないわ。それに動物の世話に慣れた人がいるかもしれないし」
「まあ、そのあたりは任せるよ」
そんな話をしながら街を出てすぐそばの森の中へとたどり着く。
まだ、多くの木々が生え茂り、手も入っていない森だ。
サモンは何気にニケに視線を送ると、ニケの前にモニターが現れ、映像が映し出される。
そこには街を真上から見た映像で、街の外に赤い点が点滅していた。
「ここが今いる場所だけど、おおむね畑と同じ面積ぐらいでいいかな?」
街は“鋼の大森林”の象徴であり、サモンの住処でもある“テラスパシ”(鋼の宮殿)を中心とした作りとなっている。
その“テラスパシ”(鋼の宮殿)の西側は畑やエルフ族の森が広がっており、城壁や川を挟んで森が広がっていた。
赤い点はその川を挟んだ森で点滅しているので、サモンを指しているのだろう。
その画面を不思議がりもせずマルティナが口を開く。
「そうね、特に何かに利用している場所でもないし、ここなら居住区からも離れているから問題と思うわ」
「そう言ってくれると思ったよ」
この場所にした意図を汲み取ってくれたマルティナに、サモンは笑みを浮かべて応えた。
しかも遠慮なしにマルティナが注文を加えててくる。
「ただ専用の通路なんかが欲しいわね」
もちろんサモンも万一のために避難路代わりの専用通路を設けようと考えていたが、そのあたりも抜かりなく提案してくれるところが、マルティナの良いところだ。
「ああ、もちろんだ。ニケ、始めてくれ」
するとサモンの合図とともに数体のシスターズが姿を現した。
中にはやはり敷設化連隊のタルサの名札が見える。
タルサ達は姿を現したかと思うと早々と散っていった。
すでにやるべきことはサモンかニケにより共有化されているのであろう。
やがてすぐに木が倒れる音がしだした。
「さて、これで3・4日もすれば牧場が出来ているよ。一週間もすればベイヤード商会から残りの“バヌー“が届けられると思うけど、それまであの娘のことはよろしくね」
サモンは連れ帰った“バヌー”を学校の前に繋いだままだったので、その世話も頼んだ。
「何よ、また外出するの? 仕方ないわね、わかったわ。管理者の選定も含めてケイバンやブロニカとも相談しておくわ」
すぐにサモンが発つ様子にマルティナも不満顔だが、新たな街の産業の兆しに胸を躍らせているのだろう、あきらめ顔で承知した。
「そうしてもらえると助かるよ」
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サモンとマルティナはそのまま街に戻ったところで別れ、サモンは鍛冶師ギルド長兼第3区長マリオのもとに向かう。
ラテックスなどの生産状況を直接聞くためだ。
「なんだ、随分顔を見せないと思えば、旅に出てたんだってな」
サモンが工房を覗き込むと、マリオが額の汗を拭いながら屈託のない笑みを浮かべて挨拶を返してきた。
「まあね、ロレンティアの方まで足を伸ばしてきたよ」
「ロレンティアか。あそこはラフ・グランから良い火酒が入ってくるんだがな。持ってきたか?」
“ラフ・グランの火酒?”
特に酒にこだわりのないサモンにとっては、思いもよらぬマリオの問いだった。
酒好きのドワーフならではの問いだが、この世界の酒と呼ばれる飲み物は穀物(トウモロコシ・じゃがいも・米・麦・豆に似た穀物)を原料とし、糖化・蒸留などの過程を経て純度の高いアルコールに変えていくようだ。
もっともそれに地域や場所ごとに香草(ハーブ等)を加えて特色を出すのが一般的であった。
“ラフ・グランの火酒”は、特に寒い地方が多いラフ・グラン特有のアルコール度の高いお酒のことをいう。
しかし度数の低い酒が主流であるここアルト大陸においては、ドワーフの好物であるといえた。
「いや、そこまで気が回らなかったよ。またすぐに行くからその時は持ってくるよ」
「なあに、気にするな。ひょっとしたらと思っただけだ。それで今日は何だ? 何か目新しいものでも見つけたか?」
「いや、特に急ぐものはないよ。検討中の物はあるけどね。それは近いうちにまとまったら相談するよ。今日は嫌忌薬とラテックスの件さ」
「おう、嫌忌薬とラテックスか。それぞれの仕様は決まったし、製造具も仕上げてあるぞ。見ていくか?」
「ああ、見せてくれ」
そう言ってマリオは、工房とは別棟の方へサモンを案内した。
別棟は試験工房と看板が掲げられた大きな工房である。
入るとそこには様々な大小の道具が、所狭しと積み上げられていた。
そしてその奥に進んだ所にさらに大掛かりな塊が2つ並んでいた。
一つは現代でいう印刷機のような横に長い機械で、もう一つは四角い箱のような機械であった。
サモンがその機会に目を向けたとたん、早速視界に文字が浮かび上がる。
“対象A クリアランスA- 対象B クリアランスA”
ニケからの査定情報だった。
これはニケ達に繋がる中枢管理システムが、目的を達成しうるか否かを判断する指標の一つであった。
つまり出来が良いか、悪いかである。
評価として“A”ということであれば、“問題なく目的を達成できる”ものとの判断になり、“A-”であれば“問題なく目的を達成できるが改良の余地あり“ということらしい。
「さすがマリオ親方だね。良く出来てるよ」
サモンにとって仕組みは詳しくわからないが、中枢管理システムの分析能力は信じるに値する。
それを信じて功労者を労う。
何度か試験をしているようで、装置にも使用感はある。
装置とはいってもこの世界の技術レベルだ。
電気もないこの世界での機会となるとさすがに全自動運転とまではいかない。
途中途中に人の手が必ず入る。
しかし、重いものを運んだり、同じ分量にするなど人の手を省く装置などはこの世界では発明されておらず、動力による装置の運用は風車(水車)による脱穀ぐらいなものである。
作業の自動化に関してはその程度のレベルなので、マリオにとってもやりがいのある仕事だったらしい。
マリオも胸を張って説明するので、試験結果も良好であることがうかがえた。
「ああ、そう言ってもらえればやった甲斐があるってものだ。いつ向こうに持っていく?」
「そうだなあ、これからニヨン村に行って工房を建ててくるからそれからだね。ロレンティアにも足伸ばすし、2週間後ぐらいかな」
シャニッサのシュナイト、アン・ガミルのミーア、カルス・レークのダルマシオ伯爵とニヨン村、そしてロレンティアと寄るところは多いが、やることはある程度は時間が読める内容である。
それほどかからないとサモンは考えていた。
「そうかそうか、わかった。じゃあ、もう少し弄る時間はありそうだな」
「悪いね、苦労を掛けるよ」
「ああ、そのかわり……」
「火酒ね」
そう言ってサモンは他の装置の進行具合などを2・3件聞いて試験工房を後にした。




