104 ロレンティア土産
「ケイバン、魚食べたくない?」
「なんだ、帰ってくるなり“魚”なんて……。ロレンティアで美味いもんでも見つけたのか?“バヌー“を捕まえに行ったんじゃないのか?」
大陸協会の執務室にいきなりやって来たサモンの一言に、困り顔でケイバンは応えた。
“バヌー“を捕まえに行くと出て行ったきり、サモンがロレンティアを出る時に連絡を寄越したくらいだ。
まあ、ニケやシスターズのおかげでいつでも連絡は取れるのだが、なければないでもどかしいものである。
そして帰ってくるなり別の話題が挨拶であった。
「ああ、“バヌー“は持ち帰ったさ。たださ、久しぶりに潮の香りを嗅いだせいで故郷を思い出しちゃったよ」
「だが、あいにくとここは大陸の中央だ。魚となると川魚ぐらいだぞ」
「そうだろうね。街の食堂でも魚料理はないもんね」
サモンはそう言いながらニケに合図し、テーブルの上に二つの箱を転送させた。
テーブルの上に突然現れた物体にケイバンはさして驚きもせずに問いかけた。
「なんだ、これは?」
「魚じゃないけどね。海の幸さ」
サモンは箱を開け、ケイバンがのぞき込む。
そこには氷漬けになった“スピッド(槍貝)”と“ツァイ(三角貝)”が入っていた。
サモンがロレンティアで購入したものだ。
「“スピッド(槍貝)”に“ツァイ(三角貝)”か。久しぶりに見たな」
海に面した町や村などではさして珍しくはない。
一般的な食材である。
ロレンティアでも食事の時にスープで提供されていた。
元傭兵でもあったケイバンであれば、知っているのも当然であろう。
「まあ、持って帰ってきたのはこれだけなんだけどさ。パスタなんかに混ぜて食べるとうまいんだよ。ケイバンもどう?」
「ああ、まずはサモンが毒見をしてからだな。その後頂こう」
氷漬けとはいえ遠く離れたロレンィア産の貝である。
ケイバンとはいえさすがに躊躇した。
「毒見とはひどいな。氷漬けにしてあるから新鮮そのものだよ」
サモンは不満たらたらそう言うと、ニケに仕舞うよう(転送)指示をした。
その様子を見ながらケイバンは体制を変え、当初の目的であった話題を再度問いかける。
「ところで、“バヌー“と”ケイジュ”の数は揃いそうなのか?」
「ん~、“バヌー“を10頭以上は確保したんだけどさ、”ケイジュ”のほうは冒険者ギルド任せだからどうかなあ」
結果としては“バヌー“を13頭確保できたが、”ケイジュ”のほうはまだ時間がかかる様子であることを伝えた。
「ん、冒険者任せなら時間がかかるのは仕方ないが、“バヌー“を13頭も確保できたのなら御の字じゃないか」
「雄が6頭、雌が7頭だね。とりあえずはこれで十分かな。あとは放牧して増やせばいいんだけどね。そこらへんはマルティナと相談するよ」
そう、サモンの予定ではこの後マルティナの所に行って、相談を行う予定であった。
牧場の敷地を確保してくれている手筈なので、その下見や牧場の建設手配をすることになるだろう。
「しかし、よくもそんなに連れ帰って来れたな。だから遅れたのか」
「ああ、元々は1頭だったんだけど、トラブルがあって、そのついでにぶんどってきたんだ」
「ぶんどってきた? トラブル?」
ケイバンが目を細めて聞き返す。
サモンは悪びれもせずにロレンティアの件を簡単に説明した。
さすがにケイバンも話を聞き終えた頃には頭を抱えていた。
「おいおい、ロレンティアは帝国領だぞ。皇帝と懇意にしているからといって公爵領で揉め事なんて起こしたら、また何か見返りを求められるぞ」
これまでにも要求とは言えないが、要望を聞き入れてきた経緯がある。
となれば、ロレンティアの件は外交問題にも匹敵する騒ぎであるため、何らかの対応を求めてくるのは、ケイバンでなくても当然のように思われた。
だがすでに、サモンのほうで過剰すぎるぐらいの提案をしてきているのだ。
「いや、もうすでに約束しちゃったし」
サモンはロレンティアの港の改修を提案していることを伝えた。
「今度はよりによってラフ・グラン帝国か。まあ、お前さんにとってはどうとでもなるんだろうが、グラール公の立場がないだろう……」
これまでであればロレンティアを統治しているグラール公に対して、ラフ・グラン帝国側から何らかの抗議、もしくは威圧行動の可能性があった。
ひいては国同士の交渉にまで発展するレベルの騒ぎであったはずだ。
ラフ・グラン帝国側からすればそれを望んでいた気配もした。
しかし、サモンが相手の虚栄心を利用して個人レベルの騒ぎに収めたのだ。
しかもそれに乗じてサモンは、グラール公がラフ・グラン帝国側から突き付けられていた要望までも肩代わりしようとしているのだ。
「まあ、何か言ってくるのであればその時に考えるさ。それに港の改修さえしてしまえば、手を出しにくいんじゃないかな」
これまでのサモンの行動から考えれば、大がかりになることがケイバンには予想できた。
なので、ケイバンも冗談のつもりで盛ってみた。
いやむしろ牽制のためだったのかもしれない。
「そうだな。ついでに要塞化でもいたらどうだ」
「ああ、そのつもりだよ。要塞とまでは考えていないけれど」
やはり、ケイバンの予想はハズレていなかった。
「おいおい、お前さんの土地でもないところで、あまり目立つことをせんでくれよな。ただでさえ聖王国に造ったトンネルのおかげで、いろいろな要望が来るんだから」
トンネルを作って以降、物流の流れが変わり、その話は大きな話題となっていた。
そのためか、“あそこに掘ってくれ”、“あそこに橋をかけろ”だの多くの陳情が、なぜかケイバンの下に届けられるようになっていた。
“俺に言わずにサモンに言え”とケイバンは言いたくなるのだが、その本人もいないため、ケイバンが代わって断っていた。
「それは申し訳ないね。ただニヨン村の周辺や街道は俺にとっては重要だからさ。あまり騒ぎを起こしてもらいたくはないのさ」
そうあくまでもトンネルの件はラテックスの運搬のためである。
それと怪しげな動きを見せる西方教会やレン・シャファル伯爵領主への牽制のためでもある。
善意の行動ではない。
「それとロレンティアの件がどう絡むんだ?」
ケイバンの疑問も当然であるが、サモンは“カルス・レーク”の件に絡んでくることを説明した。
サモンはロレンティアに滞在時に、沖に停泊しているラフ・グラン帝国側の船舶をニケに監視させていた。
その間、小型の船で瀬取りをしている様子を掴んでいた。
ロレンティアの脇を流れる“リ・ニーザ川”の向こうは聖王国領だ。
小型の船は、その聖王国両側に沿岸から夜陰に紛れて往復していたのである。
さらに運ばれる荷物に銀や塩が含まれていたことは、シスターを派遣して確認してある。
どうやら以前ほどではないが、少しずつ運んでいるようであった。
そのため “カルス・レーク”の件には、ラフ・グラン帝国側の何者かが絡んでいるとサモンは推測したのである。
「そうか、やはりラフ・グランが絡んできているのか。そっちのほうがいい土産だな。……そうなると聖王国のほうも本格的にキナくさくなりそうだな」
このような話、ケイバンも嫌いではない。
「ああ、シュナイト(聖王国第1皇子)とユーディー(聖王国“パル・ポタス”領主)がうまくやることを期待するよ」
王位継承に絡んだ動きでシュナイトの周りも慌ただしい。
ユーディーのほうも大森林とのわだかまりを捨て去り、聖王国へのさらなる忠誠を掲げ、大きな力となるだろう。
サモンの言葉は、おそらくこれから聖王国内に大きな変化が訪れることを予感させる言葉だった。
「そうだな。そういえば、そのシュナイト王子からも相談がしたいから来てくれと何度も催促が来ていたぞ」
「そうか。じゃあ、ニヨンに立ち寄るついでにシュナイトにも会って来るよ」
そう言ってサモンは部屋を後にした。




