102 マウント合戦
港で一悶着を起こした後、懇願するスターリアに連れられ、領主グラード公の元へと訪れたサモンであった。
しかし、領主グラード公も責めるに責められず、今後の対策を協議した後、翌日にゾフ商会の者を呼んで話し合うこととなった。
そして翌日、城の会議室に再びサモンはグラード公、ベイヤード商会会頭のサバスとともに協議の場に腰を下ろしていた。
やがて最後にゾフ商会ゼラーナ号の艦長パニッシュとその副長であるエミシギが姿を現した。
挨拶もそこそこにパニッシュが口を開く。
「こちらは大事な水夫達を大勢けが人にさせられた上に船と積み荷まで沈められ、あまつさえ“バヌー”を寄越せと脅されたのですぞ。明らかにこちらが被害者で、そこのアカシ(サモン)という者が罪人ではありませんか! なぜに我らがグラード公の前に呼び出されなければなりませぬ」
トライトン同様に勢いだけは良い。
どうやらラフ・グランの連中は、自分の振りを顧みずにごねれば良いと思っているようだとサモンはあきれ返る。
その様子にグラード公だけでなく、同様に立ち会ったサバスもうんざりしている様子であった。
「ふむ、確かにお主の言い分が正しいのであればその通りかもしれぬな。だが、聞くところによるとそもそもの発端は、そちの配下がアカシ殿の“バヌー”を強奪しようとしたことと聞いているが?」
「それは配下の者が勘違いをして、そのような間違いを犯したにすぎません。そのような些細な事、謝罪をすれば済むことではないですか。何も港まで来て暴れまわり、私どもの船まで沈められる謂れはないと考えますが?」
「しかし、先に手を出したのはそちの水夫だと聞いておるが? それも数人がかりと聞いておる。如何か?」
「それはそこの者から手痛い仕打ちを受けた者が、目の前に転がされたためですよ。身内のひどい有様を見れば、逆上するのも致し方ないかと思いますが……」
「だからといって数人で襲いかかるのはな……。アカシ殿が身を守るのは当然ではないかな? それが行き過ぎたことであっても手を出したことには変わりはない」
「あくまでも非があるのは我が商会のほうであると……、そうおっしゃりたいのでしょうか?」
パニッシュは不快感を表す。
だがこれもパニッシュにとっては想定内のことであった。
「この件に関して聞き及ぶかぎりではただの商会同士の喧嘩であって、我が裁くような問題ではないように思えるが?」
「これはグラード公の領内で起きたことですぞ。しかもこちらは船を沈められ、積み荷まで脅し取られようとしているのです。立派な犯罪であってそれ相応の罰があってしかるべきでありませぬか?」
「ふむ、確かに領内の治安を治めるべき立場にある者としては、そちの言うことはもっともであるように思う。アカシ殿如何かな?」
さすがに領内の治安維持という建前を持ち出されては、グラード公としてもパニッシュの言い分にも耳を貸さないわけにはいかない。
ここまではパニッシュの思惑通りだった。
しかし思わぬ言葉が、サモンの口から飛び出した。
「はぁ、わかりました。お騒がせしたのは間違いないことなので……、その償いとして港の改修ということでどうでしょうか?」
“港の改修!”
いきなりたかが喧嘩の償いに、港の改修という不相応の言葉を耳にしたパニッシュが唖然とする。
パニッシュが横目にグラード公達を横目に見やると、満足そうに頷いていた。
それはあたかも事前に知っていたかのような様子であった。
「馬鹿な! たかが喧嘩でそんな大事業をするなんて、割に合わぬではないか!」
「ん? 罰を求めたのはそちであろう。どのような形にせよ罪を認めて真摯に償うことほど尊いものはないか? ところでそちはどのような償いをいたすのだ?」
すました表情でグラード公が問いただす。
“えっ!!”
グラード公の言葉に一瞬パニッシュは凍りついた。
この時、自分が乗せられていたことに気づいたのだ。
保身とマウントを取るためにサモンの非をまくし立てたが、その非を認められてしまえば一般的にいって喧嘩両成敗である。
つまり自分も罪に服し、なんらかの罰や償いを求められるのである。
領内における喧嘩などは普段裁かれないものなのだが、あえて罪とするのであれば程度の小さな騒乱罪となる。
その罰としては鞭打ち程度だが、サモンは敢えてそれ以上の償いを領主に対して提示したことになる。
普通に考えればそのようなことは無視して慣例通りの鞭打ちでかまわないのだが、パニッシュはラフ・グランを代表する商会の一員である。
そのような者がたかだか喧嘩の償いとはいえ、相手と対等なものを提示できないとなれば瞬く間に同業者の笑いものになるだろう。
これは別の見方をすれば愚かな競りのようなものであろう。
チキンレースといってもいい。
これが中途半端な大金を提示するのであれば、単にサモンの非が公に認められたということになるだろう。
しかし、それを上回る大規模事業の丸抱えとなれば、街にとっての大きな慈善事業となる。
これに対してパニッシュが普通の刑罰となれば、街の者の見方が当然変わってくるというものだ。
ひいてはこのロレンティアでのゾフ商会の地位が落ちるということであった。
そう、ここは大見得をきってでも“港の改修”と同等以上の償いを迫られていることを悟ったのだ。
とはいえ見栄のためにそのようなことは、いくら何でも商会の一商人には無理な話である。
「い、いえ……。幸いにもこちらに死人はおらず、先ほどの罪というのはあくまでも方便ですので……」
先ほどまでサモンの罪をまくし立てた勢いは失せ、パニッシュは力なく答えた。
だがなおもグラード公は意地悪く続ける。
「しかし、そちらは船も失い、荷も取られそうだと申しておったであろう」
「はぁ。積み荷だけでも見逃してもらえればと……。今後このようなことがないよう、部下達にも厳しくいたしたいと……」
乗せられたことに対する怒りは当然あった。
しかし、すでにサモンを公に罰する計略は失せ、今や自分達の地位も危ぶまれている状況を悟ったパニッシュは、被害を最小限にすることが精一杯であった。
そんなパニッシュの言葉を受け、グラード公はサモンに視線を送る。
サモンは両腕の肘をテーブルにつき、はっきりとした声で静かに口を開いた。
「ならばここからは商人同士の交渉だ。お前ら商会の荷物を丸ごと寄越せ。嫌だというのならこの大陸からお前の商会を叩き出す。見つけ次第駆逐してやる。船ごとね」
それはスティール商会からゾフ商会への宣戦布告とも取れる言葉であった。
口調は穏やかであったがパニッシュに向けられたその目は、パニッシュを戦慄させるには十分すぎるほどの冷たい目をしていた。
「「……」」
パニッシュは、この時すでに言いし得ぬサモンの力に呑まれていたといっていいだろう。
かといってパニッシュとしては返答に窮した。
サモンの護衛の力は聞いていたし、スティール商会、いや“鋼の大森林”勢力の力は十分すぎるほど知っていた。
そのスティール商会の者が、領主の眼前で堂々と宣言しているのである。
それが一層真実味を纏わせていた。
実際どのように自分達を大陸から叩き出し、船を沈めるのかはわからないが、事が大きくなれば国レベルの問題である。
たかだか商会の一商人としては大事過ぎた。
とはいえ、積み荷をすべて渡すこともパニッシュの意地が邪魔をした。
パニッシュの回答にグラード公やサバスが沈黙する中、再びサモンが口を開く。
「とはいえ、こちらも船を沈めたんだ。やりすぎたことは認めるよ。手持ちの“バヌー”を貰えればそれでいいよ」
“!”
“なぜ、バヌーなんだ“という思いもあったが、回答しかねたパニッシュにとっては天の声のようにも聞こえた。
だが冷静に考えればそれでもおかしいのは明らかだった。
しかし、今のパニッシュにとっては他の妙案がないため、天の声にしか聞こえなかった。
「わかりました」
これがしばし間をおいた後のパニッシュの回答だった。




