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101/122

101 喝采

「取り込んでいるところ悪いな、そいつの上役に用があってきた。で、どいつが上役だ?」


不機嫌さを露わにしたはっきりと通る声で、サモンは尋ねた。

その声に皆が振り向く。


トライトン(水夫長)が転がっているサッチモとサモンを交互に見て、怒気を発した。


「おめえ、うちの水夫に何をした?」


「何をした? そんなことはどうでもいい、お前がこいつの上役か?」


「どうでもよくないんだよ、うちの大事な働き手なんだ、ちゃんとケジメはつけてもらうぞ」


トライトンは自分がその上役だということを暗に含め、さらにサモンを脅しにかかった。


「ケジメだ? 寝言はこくなよ。ケジメを取りに来たのはこっちのほうだ。人の獲物を横取りしようとしたんだからな」


サモンは道すがらサッチモから“昨日入ったバヌーを問答無用に取り上げてこい”と指示を受けたと吐いていた。

これはサモンからしてみれば強盗と同様である。

ならば強盗の親玉からその責を取ってもらうということは、当然の理屈であった。


「はぁ~ん、ひょっとしてお前が昨日“バヌー”を連れて街に入った奴か? この街に入った“バヌー”はすべて俺らに卸されるんだ。その手間を省いただけだろうが」


「そんな契約に覚えはないんだがな。まあ、細かいことはどうでもいいさ、取るべきものはきっちり取り立ててやる。俺はスティール商会の“アカシ”だ。スティール商会として商会の荷物を襲った者に要求する。お前らの荷物を丸ごと寄越せ」


それまで突如現れたサモンを見守っていた商人ギルドの職員は、サモンの言葉に目を大きく見開き凝視する。


だが、しばしの間が空いて周りの水夫達が笑い始めた。


“”プッ“”

“”わっはっはっ“”


トライトンだけは真顔になってスティール商会の名を思い出す。


「スティール商会だとぉ……。チッ」


トライトンは一度サッチモに目をやり、舌打ちをする。

そう、トライトンだけは人伝にスティール商会の名前だけは知っていた。

今やこの大陸の戦に楔を打ち込み終結に導いた勢力”鋼の大森林“のことを。

そこから生まれた商会の名を。

そしてそこには守護者たるマント姿の強者がいることを噂に聞いていたのだ。

だからこそ、そのマント姿の物を連れた男の挙げた商会名に僅かながら不安が過り、わずかながらの思考停止を招いた。


次にサモンから発せられた言葉が、暴発を招く。


「ああ、そうだ。うちの商品に手を出した以上。未遂とはいえ、ケジメは取らせてもらう」


サモンの言葉が終わるか否や水夫の中から3人ほどが駆け出し、襲いかかってきた。

トライトンが声を掛けるには遅すぎた。


「どこの商会だろうが、上等だぁ。てめぇこそ荷物を置いていけぇ」


水夫はそれぞれ怒号を上げながら引っ掻き棒を振り上げて突進した。

しかし3人同時に襲いかかり、引っ掻き棒がサモンに振り下ろされるタイミングで、いつものようにニケが瞬時に弾き飛ばして防ぎきった。

そしてその流れのまま3人は弾け飛ぶ。

ほんのわずかな時間だった。


それを見ていた商人ギルドの職員は唖然とし、またしてもトライトンは見事なまでの応戦に状況のコントロールも忘れ、水夫達の統制をも忘れてしまった。

そのため次の瞬間水夫達は怒気を露わにし、一斉に駆け出していった。


「ニケ、殺すな。海に叩き落せ」


「了解です」


サモンの指示とニケの無機質な音声が静かに交わされた。


すぐに水夫達は、蹴飛ばされ、投げ飛ばされ、体当てによって次々と海へと弾き飛ばされていった。

その数15人ほど。

ほんの数秒の出来事だ。

残るはトライトンと両脇にいる者だけとなった。


その両脇の者達もトライトンの指示を待っている様子であった。

恐らく水夫とは違った服装からも護衛のようなものなのであろう。

すでに両脇の者達の剣は抜かれていた。

だが、その切っ先はサモンには向けられず、下を向いたままである。

おそらく少しでも上に向ければ、他の水夫と同じ運命を辿ることは理解しているのであろう。

だからトライトンも未だに口を開かないのであろう。

ただ薄っすらとその額に汗が滲むだけだった。


いつしか港の周りからもこの大騒ぎに見物人が集まりだしていた。

ここへきてはさすがのトライトンも後悔をした。

だが雲のように湧き出した野次馬達を前にしては、トライトンも引くに引けなくなっていた。

その頃には、先ほど蹴り落されていた水夫達が、そばに停泊していた自分達の船まで何とか泳ぎ着いていたころだ。

それを横目に確認しながら叫ぶ。


「お前ら、俺達にこんなことをしてただで済むとは思うなよ!」


なんともお決まりの捨て台詞過ぎる。

もちろん自分達が、ロレンティアの交易に大きく影響していることへの自負から出た言葉ではあるのだろう。

そしてトライトンは、護衛を引き連れ自分達の船に引き上げようとした。


「おい、何勝手に幕引きしてるんだ。お前はすでに俺に喧嘩を売ったんだ。最後まで筋通せよ」


サモンが静かに言い放つ。

その言葉と同時にニケが腕を船のほうへと伸ばす。

ニケの指先から赤い閃光が放たれ、スッと横に薙いだ。

その動きの後すぐに光の当たった船が斜めに割れ、何か潰れるような鈍い音と共に徐々に沈みだした。

その光景にトライトンは唖然とし、周りの観衆も静かになった。

沈みゆく船から流出した漂流物に先ほどの水夫達が我先にと懸命に掴まる光景が、滑稽に見えた。


「な、な、な……」


さしものトライトンも逃げ場である船を失い動転したのだろう。

言葉にもならない声を発し、やがてトライトンは震えだし、そのまま膝を着いた。

それなりに大きめの船を一瞬にして沈められたら、自分のしでかしたことの大きさに気づいたのだ。

その様子を見てサモンは、トライトンへと近寄り、サモンは冷たく言い放つ。


「迷惑料代わりにお前の所の“バヌー”はもらっておく。文句があるなら“大森林”まで来い」


「くぅ、う、う……」


サモンの言葉に応えることもなく、トライトンは下を向いて嗚咽していた。


その時、街の中心部のほうから声とともに一団が駆けてきた。


「アカシ様~!」


スターリアであった。

その後ろには衛兵なのであろう、槍を持った者が数十人追従していた。


「はぁはぁ、アカシ様、ご無事でしたか?」


「ああ、ご覧の通りだ」


スターリアの言葉に傍にうな垂れているトライトンを見せる。


「宿の者から知らせがあり、急いで駆けつけてきました」


「もう終わったよ。ちょっと力ずくだけどね。ちょっと港が削れたけどね」


サモンが指さした方向には港の縁が抉れた箇所があった。


「え、えっ~。どうやったらこうなるんですか~」


「いや、船を斬ったら勢いでね、ニケが……」


先ほどまでとは打って変わってにこやかに、頭を掻きながらスターリアに状況を説明した。

“バヌー”を奪われそうになり、犯人を捕まえてその上役に怒鳴り込んで、揉めたことをそのまま伝えた。

その間スターリアと一緒に来た衛兵がトライトンをはじめ水夫達をお縄にしていた。

それを見た野次馬の中には、ゾフ商会やラフ・グラン(帝国)の関係者も多く、ヤジを飛ばす者や直に衛兵に文句を言うものもいた。

しかし、日頃ラフ・グラン(帝国)の者を良く思わないこの街の者も多くいたため騒ぎになりかけたが、今日は衛兵も強気に出たようで抑え込まれていた。


「一応わかりました。おそらく同じ説明をグラード公へも説明願うことになると思いますので、よろしいですね」


まあ、騒ぎになったことは事実であると自覚し、サモンは素直に従う。

それに港湾施設をわずかながら破壊した詫びもしなければならなかった。


「まあ、そうなるだろう……ね」


そう言ってスターリアに連れられ、領主グラード公の元へとドナドナされるサモンであった。

ただしこの街の者達の喝采を受けながら。


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