100 どいつが上役だ?
グラード公とサバスとの話し合いの翌日、スターリアが用意してくれた宿で朝食を取っていると外で騒ぎが起こっていた。
外を覗くと宿の者がいかつい男に絡まれている。
どうやらニケが盗聴したところ、外に繋いだ“バヌー”への言いがかりのようだ。
「こっちは急いでいるんだ、早くそいつを呼んで来い」
「そうは言われましてまだ、お休み中です。お時間をおいてからお越しください」
どうもサモンを出せと息巻いている様子。
さすがにスターリアが紹介しただけの宿だ。
お客を守ろうとする姿勢はすばらしいと他人事のように感心していた。
だがその努力も時には報われないこともある。
「お、おまちください!」
ついには宿の者が押しのけられ、いかつい男が宿の扉を開ける。
そのままズカズカと入ってくる姿が食堂からも見えた。
「おい、外の“バヌー”の持ち主を呼べ!」
男はカウンター越しに受付の者に怒鳴る。
カウンターの係りの者はアワアワしつつも首を横に振るだけで、言葉がなかなか出ない。
外の者ほどに気概が足りないようだ。
本来であれば多少なりとも外の者のように防波堤になるべきなのだが、こういうことは勢いがついた方がマウントを取れるというものだ。
仕方なくサモンが進み出る。
「おい、俺が“バヌー”の持ち主だが、何か用か?」
サモンの声に反応し、いかつい男はニタリとしながらサモンのほうへと近寄ってきた。
「そうか、お前さんが“バヌー”の持ち主か。あれはこちらのものだ。もらっていくぞ」
”プっ“
あまりにも唐突に面白いことを言うので、サモンは思わず吹き出してしまった。
そしてサモンはなぜかすっきりした表情で煽ってみせる。
「なんだ朝っぱらから酔っているのか。笑えない冗談だな。どうしてあれ(バヌー)がお前の物って理屈になるんだ。お前、バカだろ?」
心境としては怒りを通り越して、清々しい馬鹿具合にあきれ果てたという感じかもしれない。
しかし、身の程知らずないかつい男は怒気を孕んだ声を上げた。
「貴様! 誰に向かってそんな口をきいていると思っているんだ!」
そう言いながらサモンに近づき、胸倉でも掴もうとしたのか腕を伸ばした。
その瞬間、鈍い音とともに吹き飛ばされた。
もちろんお約束のニケの見事な迎撃だった。
ニケは俺の目の前で、某格ゲーの“鉄山靠”のような姿で静止していた。
その向こうには壁にぶち当たり、糸の切れた人形のような姿になった男がいた。
そんな体当たりをどこで覚えたんだと思いながらも、サモンは倒れた男に張り手をかました。
“ツツッ”
三回目の張り手で男は目を覚まし、痛みに声を漏らす。
だがサモンはかまわずに尋ねた。
「悪いな、相棒が手加減を知らなくて。だが良い経験になっただろ。口の利き方のな」
「お、お前、……こ、こんなことを……」
暴虐舞人の輩をセリフは聞き飽きたばかりとばかりにサモンは言葉を挟む。
「いいから、お前の名前は?あの冗談の理由を聞かせろ」
そう言い放つサモンの目には久しぶりに力が入っていた。
そんなサモンの目力に押されたのか、男は視線を外して答えた。
「サッチモ。……ゾフ商会のサッチモだ。……ロレンティアに入ってくる“バヌー”は俺達のところに来るはずだ。……それが昨日、“バヌー”を連れた奴がいると連絡が入った。だから引き取りに来ただけだ」
体の痛みに耐えながらなのだろう、サッチモは途切れ途切れに口を開いた。
サモンには到底理解できぬ理屈だ。
確かにラフ・グランの商会が一手に“バヌー”を買い漁っているとは聞いていた。
しかし、だからといって取引もない者の所有物まで自分達の物と勘違いしているとは、ずいぶん傲慢な者達である。
「そうか、お前では話にならんな。こちらの品物に手を出した以上、上の者と話をするとしよう。連れていってもらうぞ」
サモンはサッチモを立たせるようニケに指示を出す。
それまで不安な表情で見守っていたカウンターの者へ“壁の修理代だ”とばかりに金貨を投げ寄越して、外に出ていった。
外ではこちらもまた不安そうに見守っていた、宿の者もサモンが出てくるなり、頭を下げて道を譲った。
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その頃、港ではもう一つの騒ぎが起こっていた
港の岸壁、船から荷を下ろしている所で、大勢の人だかりができていた。
人だかりはいかつい男達の集団と少しこじゃれた集団である。
いかつい男達は恐らく水夫であろう。
だが先頭に立つのは、他の者よりもその装飾品から一団を束ねる者ということが見て取れる。
一方、こじゃれた集団は清潔感のあるシャツなどを着こんでいることから、いかにも力仕事には向いていない事務方の者達だった。
その事務方の一人、スヌーンが強い口調で訴える。
スヌーンはロレンティア商業ギルドの職員だ。
「なんで“バヌー”の数が揃わないからといってこっちが違約金を払わなきゃならないんだ」
「そんなの当り前だ! こっちは事前に決められた通りのものを用意している。すでに“バヌー”の行先も決まっているんだ。もしもすればその取引自体がご和算になる可能性だってあるんだぞ。その際の損金を全部被ってくれるのか。その分損金代わりに安くしろって言ってるんだ。ありがたく思え」
水夫の先頭に立つトライトンが威圧的に答えた。
トライトンはゾフ商会所属のゼラーナ号の水夫長だ。
ここでの問題は、商業ギルドが“バヌー”の取引におけるゾフ商会側の要求量を満たせなかったということらしい。
それ自体にはスヌーンも申し訳なく思っていたのだが、これまでにも同じことは起こってはいたし、季節や年によって供給量にブレが生じるのは合意であったはずなのだ。
「ふざけるな、これまでだって揃った分で取引してきたじゃないか。何を今さら……」
「これまではこちらの温情だったのがわからなかったのか? ふん、これだから南方の商人は、甘いんだ。こちらは決められた物を収めてるんだ。そっちも決められた物を揃えるのが理屈だろう。いつもの半数しか出せないならそれなりの保証をするのが道理だろ」
トライトンに責められ、スヌーンも同じ商人であるが故にお客のことを持ち出されればわからない訳でもない。
しかし、この場の話はそれだけではないのだった。
「それは……、だからといって他の品物まで値を上げることはないだろ!」
「それは仕方がないだろう。こちらの国でも最近値が上がってきているんだ」
「いくら上がっているとはいえ、“ボシャス”の油がどうして3倍もの値段になるんだ」
“ラフ・グラン(帝国)”からは主に生産に必要な鉱石や生活物資などを輸入しているが、特に“ボシャス”の油といわれる物を“ラフ・グラン(帝国)”に頼っていた。
“ボシャス”は現代でいえばクジラのような大型の生物で、その油を一般家庭で使われる蝋燭の原料としていたのである。
ロレンティアでは一部の街灯に魔石を利用した魔道具を利用していたが、一般には廉価な蝋燭を利用していた。
そのため原料である“ボシャス”の油が高値となれば、苦しむのは庶民であった。
そして“ボシャス”の油ほどではないが、他の物も一様に値を上げてきたのだ。
「仕入れがそうなっているんだ。それとも何か、こっちが損してでも今まで通りに売れということか?」
「いや……、そういうわけでは……」
スヌーンも確かに仕入れが上がったと言われればそれまでだが、それでもいきなり値を上げてくるのは理不尽の何物でもなかった。
しかし次の瞬間、“がっ”と、そこに声を上げて何かが転がり込んできた。
“”!“”
トライトンもスヌーンも思わず凝視する。
よく見ればいかつい男達と同じような風体の男が、視界の内に転がっていた。
そしてそこから少し離れたところに、冒険者のようなラフな格好の男とマントに身を包んだ異様な者が佇んでいた。
「取り込んでいるところ悪いな、そいつの上役に用があってきた。で、どいつが上役だ?」
その男、サモンが声を掛けた。
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