第98話 幕間:神断の罪杯《カオス・グレイル》
――“葬黎殿”。
それは神秘的でありながら、どこか禍々しさも内包している天空神殿。
一歩でも立ち入れば、たちまち気でも狂ってしまいそうな程の威圧感を放っている。そもそも大前提からして、この天空神殿に常人が立ち入ることなど出来るはずもないのだが――。
一方、青年――ゼイン・クリュメノスは、そんな神殿を堂々と闊歩していた。目的地は、最深部に聳える“臥竜の祀壇”。
その場所では既に九名ほどの男女が佇んでおり、最後の一人であるゼインを待ち構えていた。
「――激闘から数日、随分と機嫌が良さそうですね、“神灼の征者”」
「ふん、貴様こそ手土産への小細工は済んだのか? “罪滅の魔女”」
開口一番、“神灼の裁者”――とゼインを呼んだのは大柄な女性。
“罪滅の魔女”――アンブローン・フェイ。
かつてアースガルズ帝国の宰相にまで上り詰め、アレクサンドリアン・ラ・アースガルズが率いた政権を陰で操っていた張本人。
「ええ、成果は上々。弱国ミズガルズを革新へと導いた未知なる技術。興味深いですわ」
「随分と骨のない勇者だったがな」
ゼインは興味なさ気に鼻を鳴らす。知的好奇心に駆られて興奮気味なアンブローンとは、対照的な反応だった。そんな二人の視線の先にあるのは、“人間の脳”。アンブローンが持つ容器の中で培養液に浸かっている。
それが誰の脳で、何故この場所に辿り着いたのかについては、最早考察の余地はないだろう。ゼインの存在と“小細工”という彼の言葉が全てを物語っている。
「へぇ、その勇者様を生け捕りにできなかったくせにデカい口を叩くじゃねぇか。組織を取り仕切る“三天柱”さんよぉ!」
「“偽眼器”……紛い物の力しか持たぬ分際で、よく吼えるものだ。“七地柱”の面汚しが……」
「あァ!? 元々、テメェらが上扱いなのは納得いかなかったんだ! その眼も狩ってやろうか!?」
「本当によく回る口だな。だが所詮は弱さの裏返し。憐れなものだ」
我関せずのゼインに対し、“偽眼”と呼ばれた大柄な男性が激高する。
一触即発。
剣呑な空気が立ち込める中、今度は“愛溺の盃”と呼ばれる女性が言葉を紡ぐ。
「でも実際、貴方が生け捕りにし損なうなんて異常なことよ。そんなに強かったの? コレ?」
「思わぬ横槍が入っただけだ。まあ大層な能力を持っていたのだとしても、肝心の使い手は木偶だったがな」
「だったら、どうして?」
「聖剣の皇女と元勇者、魔眼保有者が二人。いくら“解放者”である貴方でも、纏めて相手取るのは容易ではないでしょう。ガイア大陸でも、相当の使い手たちですから……」
「なるほど、それは喜ぶべきなのかしら?」
「“資質”の有無は未知数ですが、“叛逆眼”と“天召眼”をあれほどの精度で扱えるともなれば、可能性はなくはない……といったところでしょうか?」
“愛溺の盃”と呼ばれる女性に対し、アンブローンは肩を竦めながら答える。
敵の強さを喜ぶという彼らの真意は闇の中。
「“叛逆眼”……保持者の多くは、魔法が使えぬ忌子として処理される。“天召眼”……他の魔眼よりピーキーであり、保持者の大半は能力に呑まれて死滅する。故に担い手は希少。特に後者は……」
「流石、“永劫の座”……物知りといったところね」
ゼインの隣に立ち、“永劫の座”と呼ばれたのは白い少女。
感情の無い声音で淡々と言葉を紡ぐ。
「まあ何にせよ……現時点、彼らの重要性は、他の魔眼保持者よりも高い。そうでなくとも、それなりに厄介な相手であることには変わりありません。その内の二人には、私も手痛い目に合わされていますし……」
「表舞台から引きずり降ろされたんだっけなァ! 宰相殿よぉ!」
道化としては一流だったアレクサンドリアンを思い出しながら、アンブローンは再び肩を竦める。
「そう、ニヴルヘイムの……。皇獣を含めて、あの国は色々と抱え過ぎかも……。それにアルフヘイム王の隠密行動に加えて、アースガルズを含めた軍事同盟……ちょっと目障りな感じね」
「ミズガルズもヨトゥンヘイムに吸収されている」
「皆ちょっとやりすぎよね。私たち“神断の罪杯”の名に傷が付いちゃうわ」
同じ場所で佇む一団ながら、集まった男女には協調性など微塵も見受けられない。この光景を見て、仲間や同士――なんて言葉が出て来る者はいないだろう。
そんな彼らがこうして集っている真相についても闇の中。
ただ一つ断言出来るのは――程度の差こそあれ、この場にいる誰もが大陸有数の戦士であるということだけだった。
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