第96話 魔眼を持つ者たち
“ミズガルズ動乱”から二日――。
そして今は、皆が寝静まっている早朝時――かつて過ごした景色を眼下に、宮殿のテラスで黄昏ていると、朝日に照らされたブロンドの長髪が視界の端に映り込む。
「あら、早いのね」
「エゼルミア陛下? 護衛もつけずにこんなところに……」
「王は誰しも孤独なものよ。心当たりはあるでしょう?」
「……否定はしません。でも、何かあってからでは遅い。特に今は……」
「いつどこで、どんな危険が待ち受けているか分からない。それなら、ヴァンが守ってくれればいいでしょう? 一人だったらこんなところに来なかったわ」
「全く……」
顔に似合わず豪胆。それでいて、どこか繊細でもある。
セラと似ている――というのが、正直な感想だった。
二人がよく衝突しているのも、悪い言い方をすれば同族嫌悪、良い言い方をすれば、喧嘩するほど仲が良いということなんだろう。普段はギスギスしていても、戦闘では完璧な連携を取っている辺りからして間違いないはず。
出会い方が違えば、互いに庇護対象ではない対等な相手――“友達”として過ごしていた未来もあったのかもしれないと思わされるほどに。
まあ今は、“敵”でないことに感謝するべきなのかもしれないが――。
「――こんな穏やかな時間がいつまで続くか分からない。せめて今は、風に当たっていたい。そういう気分なの。貴方は違うの?」
「ええ、そうですね。一度に色んなことが起こり過ぎましたから……」
これまで起こったこと。
これからの未来に訪れる混沌の時代。
陛下の言う通り、気持ちの整理が追い付いていないというのは、正直なところだった。
「魔眼の真髄、ね。私たちは魔眼のことを、どこまで理解しているのかしら?」
そんな傍ら、陛下は目元を覆うバイザーを外し、紫紺の光を放つ両眼を外気に晒す。
「多分、何も……。ただ、力がある。それだけで此処まで来てしまった。どうして俺たちに宿ったのか、魔眼の源流は何なのか……。この力の行く末も分からない」
ゼイン・クリュメノスの瞳から感じた凄まじいまでの戦慄。
恐らく、魔眼の進化であり、何らかの覚醒状態。アレが奴の“無限眼”のみに相当する形態なのか、俺の“叛逆眼”、エゼルミア陛下の“天召眼”にも発現するのかは分からない。
ただ、俺と奴の眼は共鳴した。
陛下も何か感じての現状だろうし、奴も俺たちを同胞と呼んでいた。
何かが起ころうとしている。
いや、誰かが起こそうとしている。俺たちの理解を超えたナニカを――。
「……ところで、いつまでそうしてるつもりなんですか?」
「うーん、そういう気分だから?」
とはいえ、それは答えの出ない問い。
今は腕にへばり付いて、しな垂れかかって来るお姉様をどうにかしなければと、ジト目を向けるが効果はない。むしろ距離が近づいてしまって逆効果だった。
だが陛下の返しによって、そんな辟易は消し飛ぶこととなる。
「一応、俺は敵国の将なんですけど?」
「それは背徳的で魅力的だけど、これからそうじゃなくなるんだから別にいいでしょう?」
「陛下……?」
「よっぽどのことがなければね」
もう少し日が出た後に行われるのは、ニヴルヘイム、アルフヘイム、アースガルズの三国による首脳会談。
議題は勿論、一連の事態についてとその対策案。
だが事態に向き合う最適解は、既に出ているも同然だった。
アースガルズは規模と資産。
アルフヘイムは魔法技術と神話の情報。
ニヴルヘイムは突出した単体戦力。
“三国同盟”が締結されれば、間違いなく他国への抑止力となり得るはず。
でもそれは、メリットばかりじゃない。ついこの間まで敵対していた国同士が今日から味方になる――なんてのは、容易なことじゃないからだ。
特に人間とエルフという種族の壁があるのだから尚更――。
後はお互いがどこまで歩み寄れるのか、というのが最大の焦点になるのは言うまでもなく、破談の可能性も多分にあると思っていた正直なところだ。
「不吉な予感がするの。対抗策は持っておいた方がいい。混沌の渦に呑み込まれたくないのなら……」
「陛下の口からその言葉が聞けて良かった。少なくとも、今はこれしかできない。俺もそう思います」
だがここまでの会話を通して、少なくともセラと陛下の間で交渉が決裂することはないと確信できた。後はアースガルズの問題だが、アルフヘイムの面々を連れ込んだ負い目を差し引いても、この国には色々と貸しがある。どっかの馬鹿が大国としての主導権を握ろうとでもしなければ、同盟は成立するだろう。
それが今できる最善。行く先が見えないなら、一つ一つ問題を潰していくしかないということ。
「それに今後、私たちは間違いなく狙われる。数が少ない魔眼を持つ者同士なのだから、連携は取れるようにしておくべきね」
「そう、ですね。一人ではできることに限りがありますから……」
魔眼狩り――言うなれば、かつて歴史にあったとされる魔女狩りと何ら変わりない。
それと似たような事件がニヴルヘイムで起こったのは記憶に新しいだろう。つまり民衆の疑心暗鬼を加速させない為には、第二、第三のアルバート・ロエルが生まれる要因を潰していく必要がある。それぞれの視点と情報、戦力が多いに越したことはないということ。
こちらとしても願ったりな提案だった。
「全く、姿が見えないと思ってみれば……」
「ヴァン……」
「エゼルミア陛下! 貴方はご自分のお立場を……!」
そうこうしていると、見覚えのある面々が姿を見せる。前方の三人は額に青筋を浮かべているが、事今回に関しては弁解の余地がない。
ただ魔眼保持者が敵として現れて刃を交えた後も、いつも通りの対応をしてくれていることについては感謝するべきなのかもしれない。そんなことを思いながら叱責を受け入れていると、思わぬ物が視界に入って来た。
今もアイリスが腰に携えている三本目の剣。
聖剣――“プルトガング”の存在が――。
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