第94話 禁忌魔眼・解放
「耳障りな声だ。少し黙っていろ」
「は、ぎっ……ぐお、ぁっ、あああっっ!?」
突如現れた魔眼保持者。
誰もが驚愕に身を固くする。
「おい、貴様。面妖な異空間の中に仕舞っている道具の類を全て献上しろ」
「は、はっ、ぁっ……“アイテムボックス”のこと……?」
「ほう、アレはそう呼ぶのか?」
「ふざけん……なッ!? どうして俺、が……ぎゃっ、いぅっ!?!?」
翔真の右腕から破砕音が鳴り響く。脂汗をかきながら絶叫している奴の姿を見て、何人かが目を逸らした。
「反論は許さん。俺は全て献上せよと言ったはずだが?」
その背後で尊大な口調をしているのは、俺よりも少し年上に見える少年――もしくは青年。
青いメッシュが入った真紅の髪と同色の瞳。
そして瞳に浮かび上がるのは、刃が渦を巻く様な形状をした紅蓮の紋様。
暴君の如き荒々しさを感じるが、粗暴ではない。どこか高潔さすら漂わせて佇んでいた。
「取り立てては、この奇妙な空間を解除してもらおうか」
「は……は、はひっ……!」
直後、俺たちを蝕んでいた奇妙な感覚が消失した。それは魔力の結合が通常通りに戻ったことを意味している。
目まぐるしく変わる事態から、振り落とされそうなのは変わらずだが――。
「……ヴァン!?」
ただ一つ分かるのは、あの万能の道具を奴に渡すわけにはいかないということ。
瞬間、荒れ果てた大地を疾駆した。
「痴れ者が! この俺に刃を向けるか!?」
俺が動き出したと同時、解放された翔真が地面に崩れ落ち、紅蓮の大剣が差し向けられる。
「――ッ!?」
“紅蓮”と“蒼穹”の魔眼――“聖剣”と“魔剣”が交錯。
破壊の波動が拡散し、凄まじいまでの反発作用で互いに押し戻された。
「今のは……」
「貴様……」
更に俺たちは地面を割る勢いで吹き飛んだばかりか、瞳を抑えながらその場で膝を付いてしまう。
「その瞳……力の増幅を司る我が“無限眼”と共鳴したというのか……」
「無限の力。虚無……力の滅却を司る“叛逆眼”と対になる能力……」
放出と吸収。
無限と虚無。
力を生み出す“無限眼”と力を喰らう“叛逆眼”。
さっきのは激突の際に互いの力が循環、暴発したということなのだろう。
気を抜けば、一瞬で消し飛ばされる。それを確信した瞬間、これまでの闘いと先の交錯で蓄積した魔力を全て攻撃に転用し、最強の一撃を放つ。
それと同時、奴の剣が紅蓮を纏いて迫り来た。
「“破滅衝く黎明の剣”――ッ!」
「“災禍轟く滅獄の冥皇”――ッ!!」
黒金と紅蓮――戦場の中心で二つの極大斬撃が激突。
俺たちは極光に身を灼かれながら再び弾かれ合うと、巨大なクレーターの中心で再び相対する。
「押し切れない、か……」
「この俺に傷を付けるとは……」
神獣種を貫いた一撃ですら相殺された。
痛み分けだったとはいえ、その事実が重たく圧し掛かる。ここから先は完全に未知の領域だった。
「……いくら同胞相手とはいえど、この俺が本気を出さねばならんとは!」
「本気……」
「“禁忌魔眼・解放”――ッ!!」
紅蓮の光に白銀が混じり、瞳の紋様が変質。
二色を宿した魔眼が顕現すると共に、奴の力が爆発的に膨れ上がる。
「これは……」
「“無限眼”の真髄。魔眼の真の力……」
奴が天に手をかざせば、特大の魔力球が出現。正しく紅蓮の太陽。
いくら力の放出を司る魔眼とはいえ、瞬間生成できる出力を遥かに超えている。全く未知の魔眼の力――特大の脅威を前に“レーヴァテイン”の切っ先を差し向けた。
だがその瞬間、俺が行動を起こすよりも早く、奴に対して魔法の光が降り注ぐ。
「状況は呑み込めませんが、これ以上の狼藉は看過できません!」
「あの瞳は、一体……」
「是非ともお話を聞かせて貰いたいものね!」
いくら奴が強かろうと、こちらの戦力も潤沢。
皆の援護が背中を支えてくれる。
「ちっ、水差しを……」
神灼、撃光。
奴は紅蓮の太陽を放ち、三条の光と激突させる。
瞬く光の中、エルフの近衛部隊が両サイドから襲撃。電撃特攻を仕掛けるが――。
「陛下の敵は我らの敵! 覚悟ッ!」
「目障りだ。退け……!」
「がぁ、っ!?」
力の放出――佇んでいるだけでありながら、力の波動によって一気に薙ぎ払われる。
彼らとて王の近衛兵に選ばれる実力者。アムラスに至っては、グレイブ並みの強さとみて間違いないだろう。でもそんな面々ですら歯が立たないどころか、戦いすら成立しない。
異常という言葉が陳腐に感じてしまうほどだ。
「有象無象が……」
「間に合え!」
倒れこんだ彼らに向け、紅蓮を纏った巨剣が振り下ろされる。
「――ッ!?」
三本の剣が交錯。
ギリギリのところで巨剣が止まる。
「貴様、それは……」
「ちょっとした拾い物だ」
俺の手にあるのは、赫黒の魔剣――“レーヴァテイン”。
そして、蒼金の聖剣――“デュランダル”。
本来相反し合う二振りの剣。
聖剣と魔剣の二刀流。
紅蓮を吸収しながら二つの剣に漆黒を纏わせ、暴力的な力を塞き止める。
「我が力に抗うか!」
「全部吹き飛ばされるわけにはいかないからな!」
拮抗は数秒、力任せに押し戻される。
だが、既に避難は完了した。奴と俺たち、対面に向かう会う形で戦況は真っ二つに分かたれている。
再びの膠着状態。
互いに剣呑な視線を交錯させ合うが――。
「……興が削がれた。終いだ」
突如として、奴の暴力的な殺気が四散していく。
同時に世界を灼き尽くさんばかりの極炎も引っ込められている。だが俺たちを襲う感情は、安堵ではなく困惑――。
「まさかこれだけ好き勝手にやって、素直に帰れるとお思いですか?」
「ふん、この道化が国元を離れていたのが悪い。本来、この国に来るべき局面ではないのだからな」
「狙いは、アースガルズではない。頭をどうするつもりだ?」
「いくら同胞の好みとはいえ、答える義理はないな」
奴の手には、翔真の首から上が収まっている。
先の斬撃激突の際、動けずに余波に巻き込まれていた翔真は、首から下の肉体を消失させていた。あの男のことなど気にする余裕もなく、完全に吹き飛んだものと思っていたが、存外頑丈であるようだ。無論、その命自体は消し飛んでいるのは言うまでもない。
これだけ時間が経っているのに再生しないということは、そういうことなのだろう。
「今は二人の同胞との出逢いに免じて、立ち去ってやる。またいずれ、相見えることもあるだろう」
「お前は……」
「――ゼイン・クリュメノスだ。力持つ者たちよ」
紅蓮の炎が瞬き、破壊の奔流に襲われる。
衝撃が止んだ直後、闘いの嵐も共に収束していた。
だが俺たちは知らなかった。
既にミズガルズ本国が陥落し、世界の均衡が崩れ始めていたことを――。
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